車道でバトル!!
と、ある小学校。
「みんな並んでー。今日は交通ルールを勉強しますよ」
『はーい』
先生の号令でピヨピヨ騒いでいた一年生が歩道に並ぶ。普通なら体育館かグラウンドでやるところを、今日は交通量の少ない道まで出てきていた。
「今日は警察官の方に来てもらったので、みんなよく聞くこと。はい、挨拶」
『お巡りさんこんにちは!』
「はい、どーも。こんにちはー。今日はみなさんに横断歩道を渡る時、どうすればいいのか覚えてもらいましょう」
集団は横断歩道の前に固まる。車道の信号機は青だが、車は通っていない。警察官は信号機を指差して言う。
「車の信号が青の時は、みんなは通れるかな?」
『通れませーん』
「はい、そうですね。あっちの信号機が赤になって車が止まって、横断歩道の信号機が青になったら渡りましょう。この約束と交通ルール、みんなは守れるかな?」
『はーい!』
一年生が揃って返事をしていると、そこへ通行人が通りかかった。
「みなさんお揃いで。何か?」
「おやミズガシさん、こんにちは。今日は一年生の交通安全教室なんですよ」
ミズガシが一人で歩いてきた。並んでいた一年生が振り向き、『こんにちはー』と群がってくる。
「わー魔王だ!」
「今日はなにするのー」
「今日はもやさないのー?」
「いろいろこわさないのー?」
「うっ、子供達の無邪気な質疑に心がえぐられる・・・・」
ミズガシは呻いて顔をそらした。どこかで目撃されていたらしい。故意でないとは言え、割と有名な破壊活動の前例の数々を思い出して言葉に詰まった。
「はいはい、みんなちゃんと並んで。すいませんミズガシさん、失礼なことを」
担任が叱ると子供達はピヨピヨ言いながら元の列に戻る。ミズガシは引きつった笑みで「大丈夫です」と答えた。今のは軽く神経に堪えた。
「申し訳ないです、まだ何も分からない子供なので・・・・」
「いえ、気にしてませんよ。物怖じしないのは良いことです」
「すみません。年端の行かない言動に免じて子供達を燃やしたりしないで下さい」
「いや、だから燃やしたりしませんって」
ギョッとした顔で担任を振り向くミズガシ。そんなことしない。魔王はそんなことしない。ミズガシはアスファルトに座り込むところだった。常識と言うか、良心は持っている。自分が疑われてるのかと思うと心に刺さる。濡れ衣とも言い切れないけれど。
そもそも、そんなことを積極的にしているのはもう一人、勇者の方だ。同じく故意でないとは言え、ミズガシの所業よりも確実に被害が大きい。余波がものすごい。
この前はふざけて打った野球の硬球がトラック(の荷台)を吹っ飛ばした、狙いを外して市役所の揚げ旗のポールをへし折った、挙げ句に倒れたポールが通行人を直撃しそうになって、焦った。とうとう殺人事件!かと思ったところはアサヌマとシロツメが慌ててフォローして事なきを得た、ワケでもないが、ともかく死傷者ゼロで済んだ。
それに比べたら自分はちょっと街路樹を燃やしたり、度重なる熱疲労でアスファルトにヒビを入れたり、通りかかった警察に怒られたり、割とかわいいもんである。・・・・その程度。
「やっぱりダメだァ!!ナキヒト並!!」
今度こそ道路に突っ伏した。過去の思い出と惨状を並べ立てたところで、自分もナキヒトとあんまり変わりないんじゃなかと思い当たった。自分で古傷を抉ってしまった。
「どうしたのー」
「どっかいたいの?」
「なんでもありません、そっとしといて下さい・・・・」
端っこにいた子供がしゃがみ込んで顔を覗いてくる。ミズガシの周りだけドヨッと重い雰囲気が立ち込める。子供に見せてはいいもんではない過去の所業、今度からは自重しよう・・・・
「ではみなさん、注目ー。横断歩道を渡る時は、ちゃんと右と左を見てからにしましょう。どうしてか分かりますか?」
『車がくると危ないから!』
「その通りですね、ちゃんと分かりますねー。右を見て左を見て、もう一度右を見てから渡ります」
相変わらず車通りのない道端で、警察官がお手本を見せる。子供達は自分の立ち位置で同じくマネをしている。警察官は頷いて道路を見渡す。
「そうそう、みんなえらいですね。それでは練習してみましょう」
「おい!!てめー見付けたぞミズガシ!!こんなとこで油売ってやがったな!」
と、いきなり怒声が割り込んできた。道路の反対側では肩を怒らせたナキヒトが立っている。見るからに険悪な様子。そこへ一年生が一斉に彼を指差す。
「勇者だー」
「今日はなにもしないの?」
「はかいこうさくしないの?」
「きられるぞー!」
「すいませんナキヒトさん、子供達のことなので斬り捨てたりしないで下さい」
「なっ・・・・そ、そんなことしねー!!」
道路の向こうから担任に物騒なことを言われて腰が引けた。勇者そんなことしない。自分がそんな風に見られていたかと思うと、何やら凶悪犯になった気分だった。
「ともかく、お前、なんでそんなとこにいるんだ」
こんなところで刃傷沙汰を起こすワケにはいかない、教育上として。鯉口を切りかけていたカタナを収め、ナキヒトは咳払いしてナキヒトを呼ぶ。
「そんなところってことはないでしょ。あなたこそ遅いんじゃないですか」
「は?俺はあっちの通りで待ってるつったろ。なんでここの通りにいるんだよ」
その言い掛かりに、ミズガシは至極冷静に答えた。
「あなた、場所間違えてますよ・・・・通りを一本間違えてます」
「・・・・そうだったか?」
「そうですよ」
その冷めた物言いにナキヒトはふとまじめに考え込んだ。そう言われれば、そうだった気もする。自分で言っておきながら、自分で間違えた。
「いや、まず、ともかく!場所なんかどうでもいい!!ここで斬る!」
斬る!と一歩足を踏み出すナキヒト。今さら場所なんかどうでもいい。積年の戦いに決着をつける!
「あ。危ないですよナキヒトさん」 ゴ ガン!!
警察官が止めた次の瞬間、道を走ってきた車に思いっきりはねられた。ナキヒトが。注意一瞬、ケガ一生。そのフレーズをミズガシは思い出した。
「急に飛び出すとあの人みたいになっちゃいますからね、みなさん気を付けましょうね」
『はーい』
目の前の惨状を指差して言うミズガシに、一年生は素直に返事をする。ものすごい例だし、ものすごいタイミングで車が通りかかった。
「あーあ、何やってるんですか勇者さん!危ないですよ!!」
実際、へこんだのは車のフロント。被害者のはずのナキヒトはわずか離れた場所で転んでるだけだった。不注意だらけでもさすが勇者、尋常の比ではない。
しかも通りかかった車はパトカーだった。警官が慌てた様子で運転席から降りてくる。危ないの一言で片付けられない惨状に、彼はナキヒトとパトカーを見比べる。どちらかとゆーとへこんだフロントが気になっている。
「すみません、ご苦労様です」
「あ、ミズガシさん、ご苦労様です」
魔王に敬礼する警察官。別に奇妙な光景ではない。ミズガシはナキヒトを指して言う。
「この人、とりあえず自賠責には入ってるんで後で請求して下さい」
「これくらいなら大丈夫ですけど、さっき向こうの通りで通行止め起こしたんで、そっちの方が大変なんですよ。ダンプは引っくり返るし運送トラックから冷凍マグロがバラけるし、もう現場は上へ下への大騒動ですよ。無傷なのは勇者さんくらいです」
「それも容赦なく。キッチリ弁償させて下さい。ちょっとくらい痛い目見ないと分からないんですから」
パトカーはここまでナキヒトを追っかけてきたらしい。無傷とは言うが、まさにここで実害を被った。
よもや交通止めになるほどとは。どうりでここの道が静かだったワケである。散乱した冷凍マグロが痛々しい。よもやこんな路上で果てるとはさぞかし無念だったろう。せめて市場まで辿り着きたかった。それでこそ食用マグロの本望。
まさかそんなカラクリだったと誰が思うだろう、しかしミズガシは冷静に物事を見据えた。
「ナキヒト、いつまで死んだフリしてるんですか。電車に轢かれても生きてるクセに」
「フリじゃねえ!フツーに痛ェんだよ!!テメー轢かれたことあんのか!」
そうそうあるもんではない。ナキヒトは道路の上で起き上がりミズガシの言葉に噛み付く。ミズガシは当たり前の顔で答えた。
「あなたみたいに不注意じゃありませんからね」
「俺だって不注意だったワケじゃねーよ。普通に歩いてたら周りが勝手に事故った」
「なんで道を歩いてるだけで大事故なんですか!?ほら、謝る!!俺がこの世でもっともタチの悪い人間なんですと認めなさい!!悪人!!」
「てめえそこまで言うかァアアア」
「いや、いつものことなんで、そんなに頭を下げないで下さい」
日常茶飯事でも困るのでは。ミズガシに頭を掴まれてむりやり最敬礼させられるナキヒト。アスファルトに首がめり込む勢いだ。魔王の腕力も常人の比ではない。
とりあえず収拾はついたので、パトカーは元来た道を戻っていった。ナキヒト一人に関わっているバアイではない、ホントに。車道に冷凍マグロが散乱している状況をなんとかしなくては。
それを見送り、ミズガシはやれやれと溜め息を吐く。ナキヒトは首を鳴らして押さえ付けられていた頭を取り戻した。
「まったく、これからは信号が青になったら渡ることですね。小学生でも知ってますよ」
「いや、俺は青になってから渡ったぞ」
「ホントですか。怪しいですね・・・・」
「車道の」
「歩道の!!この首もぎ取ってやりましょうか!」
「痛い痛い痛い!!いくらなんでも死ぬ!」
ありえぬ言い分に、再びナキヒトの首をホールドするナキヒト。魔王の腕力はやはり尋常ではない。まず、車道から離れてからやった方が。
「わー。どっちもがんばれー!」
「まきこまれるぞー」
「にげろー!」
「こらっ、見ちゃいけません」
ギャラリーの一年生が盛り上がる側で担任が視界を遮る。教育者として正しい方向だ。首をもぎ取られるシチュエーションなんて小さい内から見るものではない。
「だからここまで来といて轢かれたりするんですよ!歩行者の信号が青になったら渡れつってんですよ!!なんで車の信号機見てるんですかッ!!」
「いちいち信号見てノロノロ歩いてられるか!あー痛い痛い!!すいませんごめんなさい!」
首を絞められて魔王に平謝りする勇者。ありえん。力任せに一般常識を教え込まれている。
「俺にも言い分は!なかなか信号が変わらなかったら、ムシするだろう!!」
まるっきり劣勢のナキヒトはミズガシの腕を叩き、なおも言い訳する。しかしミズガシは降参のタップにも怯まない。
「車が来たら渡らない!来なかったら渡る!!それくらい見極める!!」
「それでいいのか!」
それじゃダメだろう。魔王の言い分にも穴がある。だから轢かれたりする人間がいると。挙げ句の果てには交通止めだ。
「ここの信号だってさっきから全然変わらねーぞ!ムシするしかねーだろ!!」
「みなさーん、注目ー。それではここの横断歩道を渡ってみましょう」
嫌な盛り上がりを見せる側で、警察官が教室を再開していた。魔王と勇者の泥沼バトルを目の当たりしておきながら、なかなかの猛者。
「ここの信号機は押しボタン式なので、ここのボタンを押して、信号機を青にしてから渡りましょう。何もしないで待っててもダメですからね、覚えておきましょう」
『はーい』
「そういうオチか!!」
「はいオチた!!分かったらさっさと落ちなさい!!」
「落ちる落ちる!降参!!」
そういうカラクリであった。結局、待っていようがムシしようが、現状は変わらなかったワケである。結局、ナキヒトの骨折り損。
「それから勇者さんと魔王さんを見かけたらそこの道は通らないこと。危ないですからね。みんな分かったかなー」
『わかりましたー!』
「子供は素直でよいですね。あなたも今度から交通ルールは守りましょうね」
「割に合わねえ!!」
頚動脈を極められてダウンする一歩手前のナキヒトの目の前で、ようやく歩行者用の信号機が青に変わった。身を以て思い知らされたが、確かに割に合わない授業料であった。
次の日からナキヒトはバス移動に変えたとか。バス通の勇者・・・・
(2006/5/30)