乱入でバトル!!




「うおー。暑ィ」
ナキヒトは軒下のベンチで真夏の空を見上げた。白い雲が太陽をうまーく避けるようにして流れていく。朝から一瞬たりとも太陽の顔を見ない時はない。
「風がないのは辛いですねえ」
軒下の反対側では日傘を差したミズガシが呟く。この気温では今日のニュースに「最高記録」のテロップが出るに違いない。
実家が地獄の魔王にはなんてことのない暑さだが、ジリジリと照り付ける日光には辟易する。紫外線どうのではなくて、単に眩しいのが苦手。太陽のない地獄では経験したことのない日差しには、何度生死を繰り返そうとも慣れなかった。モグラであった。
「四季がハッキリしすぎてるのも考えもんだ・・・・」
日差しさえ避けられれば涼しい顔のミズガシはともかく、アスファルトの照り返しに足元から顔をあぶられて、ナキヒトは汗だくになっていた。
「梅雨明けが遅かった分、急に暑くなりましたからね。そう言えば北海道には梅雨がないらしいですよ。梅雨前線が北上しないからだとか」
「マジか!!北海道に移住しよう。道民になろう。高床式住居を建てて豪雪に耐えるんだ」
「短絡的ですね・・・・熊と鮭しかいないですよ」
「お前もな。あーあ、故郷の北に帰りてえ」
「テキトーなこと言ってないで下さいよ」
「ナキヒトさま~。アイスとクレープどっちがいいですか~?」
二人がダラダラしていると、アイスクリームとクレープを両手に持ったシロツメが店から出てきた。いつもの鎌に比べたらかわいいものだが、フレア裾のワンピースの方がもっと怖かった。似合う似合わないの問題を凌駕している。
「よくこんなくそ暑い時に食えるな」
「アイスですよ、アイス。暑い時こそですよ!!冷たいものは暑い時に!」
熱弁するシロツメ、並々ならぬ。力がこもっている。
「じゃあミズガシさまはアイスをどうぞ~」
「ありがとうございます。コーンが潰れてるんですけど・・・・」
「あらウッカリ」
力がこもりすぎてワッフルコーンがメキメキいっていた。これをどうしろと。ミズガシは一人で途方に暮れた。持つとこが壊れたアイスほど食べにくいものはない。
「ナキヒトさまもこの前から暑い暑いって、なんにも食べてないじゃないですか。体に毒ですよ。アイスくらい食べたらいいじゃないですか。これ、中にアイス入ってますよ」
「食わんでも死なねえよ」
「そんなことを言わずに。はいアーンして!!」
「がー!!やめー!!」
むりやり口に突っ込まれた。力が余って背後の壁に頭をぶつける。店の中にいた客がなんだろうと振り返ると、壁がへこんでいた。ここまで力押しの餌付けも珍しい。
「それにしても、こんな天気ではやる気が出ませんね」
早くも溶けてきたアイスに四苦八苦しながらミズガシが言う。天頂に達した太陽は今まさに絶好調だった。
同じ敷地内にある駐車場を行く客も見るからに暑そうな顔でへばっている。車の窓が全部閉まっているところを見ると、エアコンをかけっぱなしらしい。窓を開けても焦げるような空気では熱風にしかならない。ミズガシには心地よい温度だが世間は参ってしまう。
「ああー、南半球に行きてえ」
「またそういうことを言う。あがいたってムダですよ」
クレープをかじりながらナキヒトは恨めしい顔で駐車場を眺めた。アスファルトで蜃気楼が揺らめいている。
「南極の方がまだマシだ」
「ペンギンとシロクマしかいませんよ」
「南極にシロクマいたか?」
「ちょっと南まで行って氷取ってきましょうか?氷山の一角辺りを削って~」
「シロツメ、いくらなんでも怒られますよ」
「シロクマにですか?」
「うげっ、これチーズ入りじゃねーか」
「こんなところにいたんですか」
三人がどーでもいい話をしていると、別の方からアサヌマが歩いてくるのが見えた。手にはコンビニの袋をぶら下げている。ナキヒトは食べ終わった手を払い煙草をくわえた。
「こんなところにいたんだよ。なんかあったのか」
「暑い以外なにもありませんよ。たぶん茹だってると思って、差し入れですけど」
シロツメがパッと立ち上がり、仲間を得たりと話を持ちかける。
「ちょうどよかったアサヌマ!これから南に行くんだけど一緒に行かない?」
「ええ?こんな暑い時に?」
「南は南でも南極よ。氷山の一角を削りに行かない?」
「それはさすがにマズイ・・・・怒られるぞ」
「シロクマに?」
「シロクマに?」
話は通じていなかった。氷山の一角と言えども、海中には莫大な質量を隠している。下手に一部たりとも欠ければあっという間に沈み、山がバランスを崩して海の流れに異常を来たす。そこら一帯に大規模な渦潮が起き、潮流が他の氷山をも押し流し、タダでは済まない。ペンギンとか、沈む。
「氷なんかでわざわざ南極に行かなくてもいいだろ」
なんでそういう話になったのか大方見当は付くが、とりあえずアサヌマはシロツメに指摘した。
「普通の氷じゃイヤなの~。南極!絶対南極!!世界に一つだけの氷がほしいの!」
「なんかで聞いたことあるけど、そういう氷山の氷ってミネラルウォーターかなんかの原料に使われてるらしいぞ。ミネラル豊富とかで」
「そうなの?でも凍ってるのがいいの。だから南極に行こうよ」
クーラーボックスまで持ち出してきて押しを通すシロツメ。イヤなことになったなあと思いつつ、やはりこの暑さでは南極に行きたいという気持ちは分かる。だからって実際に行こうとする神経は分からない。
部下の喧騒をよそに、ナキヒトは火の点いていない煙草をくわえたまま太陽を睨んだ。
「この際、異常気象でもいいから雪でも降らねえかな」
「そういう恐ろしいことを。地軸でもずれない限り起きませんよ、そんなこと」
「よし、ずらそう!!世界の中心で暴れればどうにかなると信じて!」
「信じてもなりませんから!!まあまあ落ち着いて。一服して」
部下も上司も同じレベルの頭だった。ナキヒトも本気で言っているワケではないが、本気ならやってやれないこともない。
「冬があるからこそ夏がありがたいと思うんですよ。一年に一度と思えば醍醐味があるものだと」
「お前、言うことがいちいち古いよ」
「よし、燃やしましょう。これくらい暑けりゃ夏の暑さなんてどうでもよくなるでしょう」
「あつ、熱い!!熱いっつーの!!」
ミズガシは指先に点した炎をナキヒトの鼻先に近付ける。目が怖い。魔王を怒らせると後が怖い。
地獄の炎は熱を持たないけれど、変質させた火は確実に千度を超過していた。ナキヒトの目の前で髪の毛の先が焦げた。その手を掴んで煙草に押しやる。
「春と秋と冬は頑張るから、夏だけは休ませてくんねーかな」
「そんなうまいハナシがあるワケないでしょーが」
二人共、年中を通して暑さも寒さもよっぽどのことがない限り関係ないが、現状の見た目からして暑苦しい最中、ナキヒトは神経をやられていた。視覚から得る不快が勝る。そういう状態だった。
ナキヒトが息を吐くと、反対に火種の先から立ち上った煙が揺れた。風がないのに、かき消されるようにして吹き飛ばされる。不自然に散らされた副流煙を不審に思い、ナキヒトは今一度空を仰いだ。
確かに風はあった。夏の粘っこい空気をかき乱すのではなく、気圧の差さえ伴って切り込んできた一陣の冷風。あまりの冷たさにナキヒトは鳥肌を感じた。肌を撫でるのではなく、神経に直接障る冷気。夏にあるものではない。
煙草の火種を掠めて白いものが降ってきた。夏の日ではわたごみくらいにしか思えない、容易に信じられないものが辺りにチラつく。
「お久しぶりです、ナキヒトさま」
雪でも降ればいいなとは言ったが、まさか本当に降ってくるとは。思わず止まったナキヒトの目の前に影が差した。ギョッとしたミズガシが日傘を傾けて声を見上げる。
「同じくミズガシさま、お元気そうで」
影は一瞬だけ滞空した後、言葉と共にアスファルトに両足を着けた。視線を揃えた女の声が膝を折って地面に傅く。
夏の気温を覆した雪と寒風が女の周りにわだかまり、近くを通りかかった車のガラスを曇らせ、店の壁に雪を吹きつけ、アスファルトに霜を降ろす。それも一瞬のことで、すぐに熱に負けて現実は夏に戻った。夢のような一瞬に、誰もが目を疑った。
「! お前は!!」
この途方もなく現実離れした事態にいち早く反応したのはシロツメ。後ろ手に大鎌を取り出すと、立ち上がった女に狙い違わず切っ先を差し向ける。女は首に刃物を突きつけられたまま微笑んだ。
「あら。相変わらず血気盛んですのね、下っ端」
「戯れ言を抜かすな、北の天使!!」
雪よりも冷たく酷薄な空気が張り詰める。突然現れた女とシロツメの間には髪の毛の先ほども入り込む隙はなかった。その緊張に負け、熱い空気にあぶられ冷やされたアスファルトに脆くもヒビが走る。
「五百年ぶりの顔合わせよ。もう少し歓迎して頂けないかしら?」
女は鎌の切っ先に手をかけて軽く押し戻す。シロツメは即座に刃を女の後ろ首に回し、低い声で言い返す。
「歓迎だと?歓迎ならばたっぷりとしてやる。細切りと千切り、好きな方を選べ」
「だから相変わらずと言うの。ナキヒトさまが凍結されるワケだわ。あなたにそこまで毛嫌いされる謂れはないわよ」
「黙れ。世界のどちら・・・にも付かぬ日和見主義、神の使い」
「主の使いに刃向かうことは主に刃向かうことよ。魂から滅ぼされたいのかしら」
「越権行為だ。やってみろ」
「やめろシロツメ。お前こそ退け」
そこへナキヒトの声が割り込んだ。標的を取り上げられたシロツメは鎌をそのままに反論する。
「しかしナキヒトさま!こんな輩を庇い立てする必要はありませんよ」
「俺が退けつってんだ。何しに来たのか聞くくらいしろ」
「・・・・分かりました」
上司の命令には逆らえない。しぶしぶ鎌を引くシロツメ。女は笑みを絶やさず始終を見ていた。まるでその笑顔が自分の使命だとでも言う様なスタンスに苛立ちを覚えるのは少なからずシロツメだけではなかった。
「それで、北の天使。お前が出張ってきた理由はなんだ」
凍り付いた前髪の一本を指で弾き、ナキヒトは北の天使と呼んだ女を見た。彼女が前にいるとかすかに冷気が漂ってきたが、涼しいとは思えなかった。
「冷たいことを仰いますね。用事がなければ来てはいけませんか?」
「用があるから来たんだろ。お前らの在る理由が他にあるか?」
「確かに有り得ませんわ」
女が素早く背中の羽をしまうと、辺りに細かい霧が飛んだ。北から冷気を背負ってきたらしい。周りの通行人は突然の冷たい風に気を取られて見ていない。彼女は真っ白に抜けるような手で口元を押さえて笑う。
彼女の顔立ちはシロツメによく似ていたが、絶やすことを知らない微笑みが人形のように作り物めいた様相を呈する。良く言えば完璧な容姿ではあったが悪く言えば、描かれた平面的な美しさであった。一度見たら忘れられない美も一瞬後には記憶に残らず忘れてしまう。そんな特徴のない美人画を目の当たりにしているようだった。まったくこの世に在り得たものではない。人は彼女達を天使を呼んだ。
「前置きはともかく、先に用事を済ませたらどうですか」
ミズガシは日傘に張り付いた粉雪を払い落とし、再び黒いそれをかぶる。神に使われる者が降りてきたからには、神が自分達に用事があるということ。
神は滅多に姿を現さない。その代わりに天使を使って地上に啓示なり警告を与える。神と地上の中間的な役割を果たすが、その自身に何かを起こす力は持たない。死んだ人間を天国に送ることも助けの手を差し伸べることも一切なく、単なるメッセンジャーとしての働きをこなすしかの能がない。
つい先日、北極から来た神と顔を合わせたばかりで、今度は一体なんだろうと疑り深くなる。ナキヒトとミズガシは無言で目配せをした。取立てこれと言って見咎められるマネはしていない、ハズだ。
「ミズガシさまも冷たいことを。久方ぶりの逢瀬ですもの、少しばかりの無駄口も大目に見て頂きたいですわ」
「アリカ。何も私達とひと悶着起こしに来たワケではないでしょう。用を済ませたら速やかにお帰りになることをお勧めしますが」
「ミズガシさまの言う通りですわ!さっさと北極へ帰れー!!」
「シロツメもいちいち怒るのはよしなさい」
再び大鎌を取り出すシロツメを宥めるミズガシ。今度はますます気温が上がる。こう着状態にも似た中で熱気が勢いを増した。そこだけサウナのような地獄になった。
「大方、もう少しおとなしくやれ・・って言いに来たんだろうが」
「いいえ、とんでもない・・・・」
飽和状態の湿気に火種を消され、ナキヒトは吸い差しを足元に投げながら言う。ミズガシにアリカと呼ばれた女は陶器のような肌を規則正しく歪め、涼しい声音で答える。
「お二人にはもっと、気兼ねなくハデにやってほしいものですわ」
アリカは蜃気楼になぶられる辺りを見渡しながら、薄い上着から伸びる両腕で熱気をかき抱いた。
「どうやらお二人共、今の世はやりにくようですし。何に気兼ねをなさいます?この腐り切った地上はいっそ焼き払ってしまった方が世界のためだとお思いになりませんか?世界もそれを望んでおられる」
「それはお前の・・・意見か?」
二本目をくわえたナキヒトに眇めれられ、アリカは笑みのまま自分の肩に回した両腕を脇に戻す。
「いいえ。わたくしに意思はありません。主の御心のままに。一般論ですわ」
「とんだ一般論だな」
「あなたはそうお思いではないと」
「俺にも、どうこう言う口はない。そうじゃないか?」
「・・・・過ぎた口にご容赦を」
アリカは表情を変えずに姿勢を正した。ナキヒトはそれ以上何も言わず煙草を噛んだ。まさに天使の微笑みで浄化強行を論ずる様子は、何もアリカに限ったことではない。
天使は神の言葉を繰り返すエコーに過ぎない存在。自分達の言葉に責任を持たず、その存在にすら責任を持たず、常にあやふやで確固たる位置を示す。働き蟻でさえ己の働きに意義を見出しているというのに、天使はまるで意思を持った写し鏡の影のように振舞い続ける。その虚像に人間は美しさや慈悲を見出して、あたかも特別な啓示を受け取ったと勘違いして惑わされる。
「そうですわ。閣下よりお届け物を預かってきましたの」
今の自分の発言をコロッと忘れ、アリカは明るい声で手を叩く。
閣下の名に、ナキヒトとミズガシは身を強張らせた。何ヶ月か前に散々痛め付けられた記憶が思い出され、夏の熱気に吹き荒ぶ寒気を感じた。
二人の様子に気付いているのかいないのか、本人はどこからか取り出したクーラーボックスを地面に置き、金具を弾いてフタを開ける。中から流れ出した冷気は熱気と混じってつむじを巻いた。
「はいどーぞ。北極直送、閣下の手作りアイスクリームですよ」
「用事ってそれかい・・・・」
アリカはニッコリ笑い、パッケージに入ったアイスクリームを出して寄越す。フィルムに「ジャージー乳牛の搾り立てミルク130%使用」と書いてある。北極に牛は、いないだろう。
「今年も暑いですからね、お二人共参ってるだろうと閣下が仰いまして、お届けに上がりました」
「あの方の手作りですか」
「そうですとも!さあミズガシさまもおひとつご賞味を」
「さっき食べたばっかりなんですけど・・・・ご遠慮したい」
さあ!と差し出されるが、さすがに連続で二個はきついと思った。それでなくてもアリカの出現だけで十分冷えた。
「そうですか?ではナキヒトさまいかがですか?氷点下120度で凍らせてきました。はいアーンして下さい」
「そりゃすげえな、どうもありがとう。って食えるか!!」
どうぞ!と差し出されたドライアイス並のアイスクリームを受け取り、ナキヒトはフィルムを剥ぎ取り、隣りにいたシロツメの口に突っ込んだ。素早い流れ作業。アイスで釘が打てます。
「おいしい!!まさに神の逸品!」
「そして褒めるのか」
「フフフ、当たり前ですわ。ジャージー州から直輸入した乳牛の百頭を北極で飼育し、極寒を生き抜いた最後の一頭からの搾り立てですもの」
「かわいそうな牛のハナシですね」
アイスクリームに感動するシロツメと怖い顛末を自慢するアリカ。ナキヒトとミズガシはたかがアイスに払われた犠牲の大きさにおののいた。その過程で死に絶えた残り九十九頭が哀れすぎる。
アリカの持ってきたお手製アイスクリームを完食したシロツメは、悔しいながらも満足げな顔で口元を拭った。ヨダレが出てる。
「さすが極北の閣下・・・・並の腕前ではありませんね」
「もちろんのこと。並の既製品と比べてもらっては困りますわ」
「アイスに罪はないとゆーことで、北の天使。ここは私も引き下がりましょう!!」
「和解完了!!わたくし天使ですもの、平和を歓迎しますわ」
「シェイクハンズ!!」
がっちり握手を交わすシロツメとアリカ。平和も結構だが、後者もさっきまで焼き滅ぼすなどと言っていたクチで身代わりが早い。
「ところでシロツメ、あなたもよくそんなものを食べられましたね・・・・」
マイナス世界から持ってこられたアイスクリームなんてドライアイス並、ミズガシはちょっと恐ろしいことを尋ねてみた。
「私、歯は丈夫なんです」
「歯の問題ですか?」
「一見柔軟性に欠けているものの、口に入れた瞬間にフワッととろける舌触り!さすがジャージー乳牛、侮れません。」
「さすがに最後まで生き残ったジャージー乳牛・・・・」
牛の問題でもない。
「あのー、オレも一応アイス持ってきたんですけど食べますか?」
一方、ちょっと忘れられていたアサヌマがビニール袋を差し出す。ナキヒトがそれを受け取り中身を見ると、コーヒーフロートとイチゴフロートが入っていた。
「おおー、これだコレ。こういうかき氷のが食いたかったんだよな」
「ナキヒトさん、それドライアイスです」
ガリガリとドライアイスの塊をかじるナキヒト。食い付きの点が明らかに逸れている。北極のドライアイスは食べられなくても、こっちは好き。
ちなみにドライアイスの味は酸味の混じった苦味です。マネしないで下さい危険です。
「ナキヒト、それ炭酸ガスの塊ですよ・・・・よく食べますね」
「冷えてて割とうまいぞ」
「ヤケドしますよ」
その様子を見たシロツメとアリカの目が光る。自分達のオススメが、ドライアイスに負けたのか。
「ナキヒトさま!!ドライアイスがなんですか!?毒ですよそんなもの!!」
「ナキヒトさま!!氷が好きならいくらでも持ってきますよ!!そんなものっ」
「そーですよ!!そんなもの素手で圧縮生成できますよ!!」
「素手で!?いくらなんでもムリだろう!!」 ←アサヌマ
慌ててアサヌマが止めるが、シロツメは固くこぶしを握る。その指の間から冷気なのか熱気なのか分からない湯気が立ち上り、ゾッとした。
「できたわよ、ホラ」
「うおおお、ホントにできてる」
「わたくしだってできましたわよ」
「なんの自慢大会だ!!」
両側から手の平を差し出され、アサヌマは絶句した。勝手は違うが、子供が夏休みにケンちゃんこれ見てみろよ17センチ台のヘラクレス(かぶとむし)だぜ、と見せ合ってるよーなもの。
二人はアサヌマを挟み、ギッと鋭い視線をかち合わせた。
「マネしないでもらいたい北の天使!!私の方が先だから!」
「そんな力任せの野蛮なマネ、先にやったのはそっちですわよ!!見かけ倒しですわね、女性の姿を取っておきながら!!」
「二番煎じがエラソーなクチを!!ナキヒトさまに色目使ったってムダムダ!そっちこそ女だ天使だとか言っておきながら生殖活動もできないクセに!」
「あなただって同じことでしょーが!できもしないことを!!」
「そんなことはない!!できますよねナキヒトさま!?」
「ここのドライアイスうまいな。どこの店だ?」
『聞いておられない!!』
二人の喧騒をよそに、ナキヒトはドライアイスの美味うんぬんを語っている。食べ物じゃないのに。
「ナキヒトさまー!!聞いて下さいよ!!」
「できないつっただろ。お前ら和解したんじゃなかったのか」
シロツメとアリカの生々しい会話に、ナキヒトはドライアイスを舐めながら素っ気なく答えた。ナキヒトが魂から精製したシロツメは女でも男でもない。心持はともかく肉体的にはジェンダーレスである。
ちなみにナキヒトもまったく常人ではないのでドライアイスを食用にすることくらいワケはない。その乱れた食生活、ミズガシは死んだ目で見ている。明らかに奇行である。
「こんな天使と和解してたまりますか!気の迷いです!!だったらできるよーにして下さい!!」
「何を今さら。それでもいいならイチから作り直すしかないぞ。まあ、そうなったらお前はお前じゃなくなるけどな。己のアイデンテティを捨ててまでして、なお別人になることをお前は望むのか?」
「くっ・・・・そこまでナキヒトさまに言わしめられては立つ瀬がありません。諦めます~」
「なんだかうまい風にまとめましたね。ドライアイス食ってるくせに」
「うるせェー。お前も食えドライアイス」
「そんなもの勧めないで下さい。悪食ですね。ちょ、うそ、ギャー!!」
むりやりドライアイスを食わされるミズガシ。死にはしないが絵ヅラ的に避けたい。こっちも大変なことになっていたが、あっちも大変なことになっていた。
「ドライアイスなんかよりこっちの方が絶対おいしいですわ!!閣下の手作りを拒否なされるとは図が高い!」
「ナキヒトさまになんてクチを!!その首すっ飛ばす!!」
「わたくしの意は主の意!!一般論ですわ!ま、あなたにお料理なんてできないでしょうけどねホホホ」
「語尾で笑われた!!セレブりやがってー!!自分で作ったワケでもないのにエラソーなことを言うなと!!」
「二人共、シロツメもアリカもやめろよ」
ヒートアップしているところへアサヌマが割って入る。持っていたアイスが余波で、溶けた。
「止めないでアサヌマ!ドントストップミー!!」
「なんで英語。天使に絡むと後で面倒だぞ」
「アサヌマさんは分かっておられる。あなたもたまには頭を働かせてみてはいかがかしら?」
「ぬぬ!!アサヌマ、なんとか言ってやりなさいよ!」
「なんとかって・・・・」
このドロ沼に口を出すほどアサヌマも命知らずではない。が、ふと思い当たる節があった。アリカに向き合う。
「思い出したけど、この前、三十年くらい前だけど、差し入れで食わせてもらったケーキは苦かったぞ」
「むが!!バニラエッセンスを入れ過ぎましたわ・・・・」
「そういうレベルの苦味じゃなかった気もする・・・・」
アリカはがっくりと地面に座り込む。ショックを受けたのはこっちの方だ。何か別の薬味か、それこそクスリでも使ったんじゃないかと思うほどに。思い出して口を押さえるアサヌマ。一方ではシロツメが勝ち誇る。
「バカめ!過ぎた薬は毒とゆーことを知らなかったようだな!!」
「シロツメ、六百年前にお前に食わされた白身魚のフライ、泥臭かったぞ」
シロツメは地面に座り込んだ。アリカと揃ってショックを受けた。ちゃんと火を通したのに泥臭いとは。ある意味ものすごくできないワザ。
「どっちもどっちってコトだよ。そんなレベルの低い二人で争っても不毛だぞ」
シロツメとアリカは地面で目線を合わせて、頷いた。アスファルトに付いていたこぶしを握り、
『はいアーンして!!』
「むが!!?」
アサヌマの口めがけ、未だに握っていたドライアイスを喰らわせた。口封じされた。危険物を食わされたアサヌマは「逆ギレ・・・・?」と呟いて地面に崩れ落ちた。
「アリカ、勝負はこれからだ!過去の失敗はなかったことにゴニョゴニョ」
「和解完了!!わたくし平穏を望む天使ですもの、過去の遺物なんて忘れた方がゴニョゴニョ」
二人は再びがっちりと手を握り、語尾を濁した。目先の惨状をも全力で無視した。黒いフレンドシップが成立している足元では、アサヌマが。
「これでカキ氷作れねーかな」
「すぐに気化しますよ。あーあ、そろそろ里帰りしますかねえ。地獄の灼熱乾燥地獄が懐かしい」
その一方、別の傍らではナキヒトが危険な目論見をしている頃、ミズガシは帰郷の計画を立てていた。地獄の灼熱乾燥地獄。


いろいろなことを除けば、割と平穏な猛暑のある日だった。





(2006/8/15)

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