墓場でバトル!!




八月の中日、ナキヒトとミズガシが人気のない土地の一角で争って、よそのうちの墓石や卒塔婆を薙ぎ倒したり燃やしたて人様に怒られていた、ある日のこと。
「そう言えば今日は墓参りの日だったな・・・・」
ナキヒトは独り言を言いながら道を歩いていた。人気がないのは珍しいと思っていたが、理由は墓場だからで、それでも本日は朝から墓参りで人がちらほら見えた。勢い余って墓石を薙ぎ倒したのはまずかった。読経していたお坊さんに「祟られろ!!」と怒られた。
今の墓場と言えば、寺の近くか町外れの共同墓地、もしくは町中に点在している。割と場所を選ばずの土地柄である。
ナキヒトとミズガシは町外れにいたはずだが、いつの間にか場所を離れ、ナキヒトは一人で小さな山のふもとを歩いている。周りに林はあるが開けた場所。
見れば、さらに人気のなくなったそこにも墓石の集まりがあった。一年に何度かしか訪れないながらも、砂利道だが整備されているルートが分かる。両脇は草が刈られている。
辺りからはセミの声がこだまして聞こえる。林から落ちる黒々とした影がくっきりと映え、真昼間の日差しが容赦なく降り注ぐ。林の影もナキヒトの歩く道までは届かない。しかし山にいるせいか空気はすっきりと冷えていた。
ナキヒトは四方を囲む林を見渡し、山頂を見上げた。
「迷った気もするが・・・・まあいいか」
ミズガシとはぐれた。さようなら魔王。
山の斜面を下れば車道に出るだろうと思いつつ、あまり深く悩まず砂利を踏む。アスファルトの照り返しがない分、ここのが涼しい。
セミの声ばかりで人の声はない。林の奥は薄暗く静かだった。林の手前に並ぶ墓石にはもう誰かが訪れたらしく、掃除の跡と花やお供え物が見えた。人家の乏しい周辺だが、昔から有る先祖代々のものなのだろう。
持っていたカタナを腰に差し、シャツの袖で汗を拭う。風にさらされてウソのように体が冷える。
と、ナキヒトは立ち止まった。砂利を踏む足音が消え、セミの声の中に別の音が混じるのが聞こえた。別の足音が近付いてきた。
「・・・・?」
ミズガシかとも思ったが、足音は頼りなくたどたどしい。横手を振り向くと、林の中から人影が近付いてくる。人がいた。
「おにいちゃん、ぼくのお母さん見なかった?」
「なんだボウズ、迷子か?」
4、5歳くらいの男の子がナキヒトを見付け、さっと走ってきた。泣きそうなところを見ると、親とはぐれて心細かったらしい。墓参りに来た家族連れだろうと思った。
走り寄ってきた子供は人を見付けたことで安心したのか、砂利道まで全速力でやってくる。ナキヒトは溜め息を吐いた。よもやこんな墓場で人に会うとは思わなかった。ミズガシだったら咄嗟に斬りかかってる。
「なんでこんなところにいるんだ」
人を見付けたとは言え、子供は知らない人間を前にしてそわそわしていた。それからおずおずと林を指差す。
「あっちに花があったから、おじいちゃんとおばあちゃんにあげようと思って・・・・おはかに」
子供は手折った赤い花を一本持っていた。彼岸花であった。死者に手向ける花だが、おそらく子供心にも墓に供える種類だと分かったようだ。
「それで置いていかれたのか。しょーがねーな、どっから来たのか分かるか?」
「あっちの方。車から歩いてきたから」
今度は反対側を指差す。山に入るところに車道があったので、砂利道を戻ればすぐに出られる。
「じゃあ行くか。離れんなよ」
「待って。これ、おはかにあげてから行く」
子供は一番近くの墓石に走り寄り、花差しに持っていた彼岸花を入れた。他の花はダリアや菊だが、そこに一本だけ別の花が混じる。それから小さな手を合わせ、何事か呟く。
ナキヒトはその様子を後ろから見た。供え物の側には仏用の菓子に混じり、駄菓子や子供の玩具が置かれている。
「おにいちゃん、おまたせ」
すぐに戻ってきた子供を見やり、ナキヒトは腕を上げて墓石を指差した。その先にはミニカーが数個、何かのカードやシールが束であった。
「あれ、お前のじゃないのか?持ってこなくていいのか」
「ぼくの宝物だから、おじいちゃんとおばあちゃんにあげるの」
「そうか?」
そんなものか?とナキヒトは思った。子供にしてみれば、供え物だからと言って手放していいものか。自分には覚えがないが、一般的には違うだろうと思った。今時は分からない。
「うん。おじいちゃんが買ってくれたやつだから」
「ああ、そうか。それじゃ行くぞ」
合点する。それなら置いてきてもいいんだろう。ナキヒトは子供を先に行かせ、その後から歩き出す。後ろを歩かせて、目を離した隙にいなくなったらまたことになる。
砂利を踏む音が二つになった。ナキヒトは足元の子供を見下ろして尋ねる。
「誰と来たんだ?」
「お母さんとお父さん。おじいちゃんとおばあちゃんがこの前死んじゃったから、みんなでお参りにきたんだ」
「そうか」
「それでね、来年になったら小学校に行くからランドセルも買ってもらったの。黒いやつ」
「お前いくつだ?」
「ぼく六才。おにいちゃんは?」
「さあなァ・・・・」
ナキヒトが子供と他愛のない会話を続けている頃、一方ミズガシは。



「すいませんすいません、ホントにもう。まさかお宅のお墓だったとは露知らず・・・・」
「いやいや、いいんですよ。あそこは分家の墓でして、直して頂いたことですし」
知らない人の先祖代々の墓石を焦がして平謝りしていた。相手の老人もこれまた腰を低くしてミズガシを宥める。どっちが謝っているのか分からない。
「魔王さんに墓石を焼いてもらったとあれば、従兄弟も喜ぶことでしょう」
「いやいや、それは喜ばないでしょ」
「キャンプファイアーの好きな従兄弟でした。私の結婚式の余興で口から火を噴いたり、盆正月はところ構わず火を噴いたりして・・・・」
「その人、大丈夫でしたか?いろいろと」
「死に際の言葉が、土葬は嫌だ、火葬にしてくれ、でした」
「マジすか」
故人をしのぶ話ではない。しのぶどころの話じゃないと思った。熱すぎる従兄弟のエピソード、ファイヤー。
もしも自分の墓を燃やされたりしたらミズガシだって怒りたい。もうかれこれいくつ存在しているか分からないし、墓石の代わりに記念碑や遺跡に指定された箇所もある。でもそれとこれとは別ね。魔王でも、お墓は大事にしてね。
「おかげ様で、いい具合に焼き目が付きました。従兄弟と墓石が喜んでいます」
寛容な老人にの言葉に冷や汗をかいた。ダテに年を食っていない。老人は再び頭を下げて挨拶をする。
「私達はこれで失礼します」
「行きましょうか」
隣りにいた年配の女性が頷く。老人はゆっくりとした会釈を繰り返し、それから帽子をかぶり直した。老夫婦は連れ立って砂利道を歩き出すが、老人の足では険しい道のりであった。
「あの、この先に行くんですか?」
ミズガシは思わず声をかけた。一見して緩やかな坂道だが、歩いていくと急斜になる。どう見ても二人の足では辛い。
「ええ。この先に我が家の墓があるんです」
妻の方が答える。彼女は日傘を傾けて山の頂を見上げる。確かに道は続いているが、両脇を固める林が薄暗い。真昼間とは言え、あまり気持ちのいい道のりではない。
ミズガシの意図を悟り、彼女はシワを深くして笑った。
「大丈夫ですよ、何も頂上まで行くわけではないので。すぐそこの先ですから」
「そうですか?差し出がましい限りですが、私もご一緒に・・・・」
人様宅の墓石を傷付けた身としては、ここでハイそうですかと別れるのも気が引ける。このやせた二人が無事に山を登って、下りるくらいまでは見届けた方がいいと思った。
老人はミズガシの言葉に微笑み、水桶を提げた手を少し上げてみせた。
「お心遣いありがとうございます。死んだ親父も魔王さんに墓石を焼いてもらえれば喜ぶかと」
「そういうこと前提なんですか?焼きませんよ?」
「人数は多いほうがいいです。若い方が一緒に来て下さるなら心強い、ぜひお願いします」
「こう見えて私、結構年寄りなんですよ。焼きませんからね?」
「すみませんね、魔王さん。お義父さんも賑やかな方が喜びます。火事場とキャンプファイヤーの好きな人でしたので」
「はあ。それじゃお邪魔します。何度も言いますが、焼きませんよ?」
そういうことで(どういうことで)、ミズガシは老夫婦と一緒に行くことにした。
夫人の言った通り、墓はすぐ近くにあった。坂道を少し進み、林に入ったところにいくつかの墓石が間隔を置いて並んでいる。先祖代々のものらしく、墓石の隣にある石版にいくつもの戒名が列席する。
老人は柄杓で水桶から水を取り、墓石の上からゆっくり流す。林の影はそこまで届かず、直射日光を浴びていた墓石は湯気を立てた。
「親父、喜んでくれ。魔王さんが来て下さったよ。今日はありがたい日だ。魔王さん、どうぞお願いします」
「燃やしませんよ?お父さん、部外者が失礼します。火遊びも大概にして下さいね」
どうぞと言われても。死者に鞭打つようなマネはしない。ミズガシは老人の後ろで合掌した。すると夫人は「あら、」と声を上げた。
「お父さん、あの子が来てくれたようですよ」
「おや、嬉しいことだ。あの子の宝物なのにな」
夫妻は顔を見合わせて笑う。ミズガシが墓石を覗き込むと、そこには子供のものと思しき玩具が供えてあった。原色で彩られたミニカーがいくつか、カードとシールの束が墓石の前に並ぶ。
「どなたの物ですか?」
「私達の孫です。一番上の息子の子供でして」
「そうですか」
騒がしいセミの声にかき消されそうな老人の答えに、ミズガシは答えるも疑問に思った。
自分達が来た時、すでに墓には供え物があった。おそらく親族の誰かが先に来たのだろう。しかし子供が宝物と言う大事な品物を、よりによって墓に置いていくものだろうか?
見れば、ミニカーやカード類は随分と使い込まれた古い跡があった。そこまで大事なものなら自分で持っておくものではないか。自分にはそんな覚えはないが、一般的には違うだろうと思った。今時は分からない。
「優しいお孫さんですね」
それだけ言うと、夫人は穏やかな表情で答えた。
「ええ、優しい子なんです。随分と私達に懐いてくれましたわ。まだ幼稚園ですけれど」
「子供の今はやりは分かりませんが、誕生日の贈り物には大層喜んでいました。来年まで使わないのにランドセルも今から背負って喜んで」
「来年入学ですか?」
「はい。・・・・私達は、見ることができませんけれど」
「・・・・?」
突然打って変わり、寂しそうな物言いにミズガシは心の中で首を傾げた。見ることができないとは?この老夫妻は孫とは離れたところに住んでいるのだろうか。
辺りに響き渡るセミの声の中、不意に沈黙が落ちた。ミズガシは乾いた喉につばを飲み込む。
来年、小学校に入学する孫の姿を見ることができない?人の家に探りを入れるワケではないが、それとは別に、ミズガシは冷たい予感に思い当たった。よもや、この二人は・・・・
そしてその頃、ナキヒトと男の子はと言うと。



「それでね、おじいちゃんがものすごいレアカードをくれたんだよ?さっきのおにいちゃんに見せればよかったなあ。ケンちゃんもあれ持ってないんだ」
友達のケンちゃんのことは知らないが、男の子はナキヒトの反応もイザ知らず、一人で喋り続ける。
「ねえ、もう一回戻ってもいい?あれナオくんに見せようかなあ」
「せこいこと言うな。もう供えたんだろ」
「でもぼくの宝物なんだ。おじいちゃんにも見せてあげるんだ。でも、やっぱりもったないかも・・・・」
子供は後ろを振り返りながらナキヒトのシャツを掴む。つられて振り返るが、斜面に沈んだ墓石はもう見えなかった。砂利道も随分進んだが、林の山道はまだ終わりが見えない。
ここまで入り込んだ覚えはないが、そろそろ出てもいい頃だ。子供もそう感じたらしく、裾を掴む力が一層強くなる。不安なのだ。
セミの声は弱まることを知らず、アブラゼミの金切り声が山全体に響き渡って聞こえる。誰かが邪魔をしている・・・・。邪推だがそう思わずにいられなかった。
震える声が足元から聞こえる。
「おにいちゃん。こわい・・・・」
「そうだな。お前の母ちゃんも探してるだろ」
「あのね、山のところまで車で来たんだよ。そこで待ってるかも・・・・やだよ、はやくかえりたい」
「走るぞ」
ナキヒトは子供の体を脇に抱え、砂利を蹴って走り出した。子供の消え入りそうな悲鳴がセミの声を割る。ナキヒトの突発的な行動に、不安が恐怖にすり替わったのだ。
走り出した途端、砂利道の終わりはすぐそこに見えた。



「あの、お孫さんは、どこにお住まいで・・・・?」
ミズガシが消え入るような声で問うと、老人はわずかに目を見開き、なんてことのない風に答えた。
「え?ああ、うちにいますけれど?今日は友達と宿題をすると言って、まあ遊びに出かけてますよ。それが何か?」
「え?ああ、そう、なんですか?いや、なんでもないです」
恥ずかしいハナシ、実はミズガシ、この二人が彼岸入りで帰ってきた幽霊なんじゃないかと疑っていた。それで、入学式を見られないとか何とか言ってるもんだと。勘繰り過ぎた。
「すみません、失礼なことを。私はてっきり、お二人がその・・・・幽霊なんではないかと勘違いしまして」
素直に白状したミズガシの言葉に二人は顔を見合わせ、弾かれたように笑い出した。
やはり自分の勘違いだった。急に恥ずかしくなったミズガシは言葉もなかった。老人は笑いを収め、苦笑気味に言葉を返した。
「いやいや、こちらこそ失礼しました。孫は健在ですよ。もう高校生で、毎日遊びまわっていますよ」
「本当にもう落ち着きのない子なんですよ。魔王さんを見習ってほしいくらいです」
「そ、そうなんですか。・・・・え?」
つられて苦笑いを返したミズガシだが、次には笑みが凍り付いた。
この二人はさっき、孫は来年小学校に入学すると言っていたはず。それがどうして高校生にすり替わる?聞き間違いではない。
「あの・・・・お孫さん、来年に小学校へ上がるはず、では?そうですよね?」
その問いに老人はふと笑いを消し、寂しそうに言葉を続けた。
「ええ、それも含め失礼しました」



「あれがお前が乗ってきた車か?」
「そうだよ、あの赤い車だよ。ぼくね、ナンバーおぼえてるんだ!すごいでしょ?」
ナキヒトは立ち止まり、山道の入り口に停めてある乗用車を見た。子供は間違いなくその赤い車を指差している。子供が口にした番号も間違いない。
しかし、車内は無人だった。それは不思議に思わない、自分の子供がいなくなった時にそこで立ち往生している親も珍しい。おそらく林の中を探しているのだろう。
子供を地面に降ろし、ナキヒトは赤い車に歩み寄った。車内はきれいに片付き、後部座席にはチャイルドシートが据えられている。やはりこれはこの子の乗ってきた車だろうと思った。
「・・・・お母さんとお父さん、いないや」
先ほどの得意げな声とは打って変わり、不安げな様子で車に近付く子供。足りない身長で手を伸ばし後部座席のドアを開ける。
「おい、」
「お父さんがね、ここをはなれちゃいけないって言ってたんだ。ぼく、ここにいないと」
子供は指定席であろうチャイルドシートに座り込み、中からドアを閉めようとする。ナキヒトは咄嗟にドアを掴んだが、子供とは思えないほどの力で引きずられ負けてしまう。バン、と鈍く重い音が腹に響く。
「ありがとうおにいちゃん。ぼくここで待ってるね。おにいちゃんはおうちにかえってもいいよ?」
ナキヒトはさらにドアを掴み引っ張ったが、びくともしない。勇者の剛腕に対し、金属の軋みが激しく抗う。どうしても開かない。
男の子は車内に座り込み、真っ直ぐ前を見たまま、もうナキヒトを見ようとはしなかった。



「私も、あの子がまだ生きているものと、今でも思ってしまうんですよ・・・・」
「お父さん・・・・」
夫人は日傘をたたみ、老人の肩に手を当てる。それからミズガシを見た。
「すみません、勘違いさせてしまって。高校生の孫は二番目の息子の子供です。一番目の息子の子供は去年、交通事故で亡くなりました」
「孫を車で待たせて路上駐車しているところへ、後ろから来た車が追突したんでです。それで裕樹は・・・・ついあの子と混同して、こんなお話を聞かせてしまって」
「そうでしたか、すみません。私こそ辛いことを思い出させてしまいました」
重い話にミズガシは謝った。この二人は孫を偲ぶためにここを訪れたのだ。自分こそ立ち入りすぎた。
「いいえ、大丈夫です」
老夫婦は再び微笑んだ。その視線は墓に並ぶミニカー達に向けられていた。その横に置かれた駄菓子は透けるパッケージの中で腐れ落ちていた。ミニカーは真っ赤な錆で覆われていた。
だとすると。ミズガシは言い得ようのないものを感じた。
「嬉しいことで、どうやら、あの子が帰ってきてくれたようです」



「ナキヒト、そんなところで何をしてるんですか」
「なんだ、ミズガシか・・・・」
もう少し留まると言う老夫妻を残し、ミズガシは一人で砂利道を辿ってきた。もう山道を抜けるというところでナキヒトを見付け、声をかける。
ナキヒトは車道と砂利道の狭間に立っていた。覇気のない声でミズガシを振り返る。
「あなたもここにいたんですね。聞いて下さいよ、さっき、とんでもないもの見たんですよ」
「俺もだ」
「? で、何をしてるんですか。世の中には廃屋とか廃車マニアって人がいるって聞いたことあるんですが、あなたにそんな趣味があったとは」
「そう見えるか?」
ミズガシは溜め息を吐く。ナキヒトは錆び付いた車のドアの取っ手を掴んでいた。まさか本当に変わった趣味を持っているとは思わないが、それくらいにナキヒトの姿は奇妙に見えた。
言われて、ナキヒトはようやく手を離す。弾かれた取っ手はバチンと音を立て、わずかに錆を撒き散らした。錆は茶色に変色していたが、本体のボディは白い色だった。だからこそ余計に錆が目立っている。相当に古いものだと分かる。車内の物品は散らかり、座席には埃が溜まり、後部座席ではスプリングが飛び出している。ナンバーは取り外され、もちろん人は乗っていない。
「ひどいですね、ここに捨てられたんですかね。不法投棄。誰がやったのか」
その声をもかき消すほどセミの声が騒がしい。耳鳴りさえ聞こえる。ナキヒトは思い出した。こんなにもうるさい中、子供の声はハッキリと聞こえた。
年代物の車種を見やり、ミズガシは人気のない林を見渡した。誰が乗り捨てたのか知らないが、誰も片付けようとはしないらしい。ナキヒトは指を擦り合わせて錆を払う。
「燃やしてやれよ」
「ここで、ですか?危ないですよ」
「やってやれよ」
そう言われても、木々の密集するここではできない。ミズガシはナキヒトの顔を見たが、何も考えていないように思えた。
「いいんですか?」
「いいんだよ。送り火だ」
それだけ言い、ナキヒトは煙草を取り出して火を点けた。紫煙が立ち上り、林の隙間から吹いてきた風に揺らめく。鳥肌が立った。墓場に立ち入るべきではなかった。
ミズガシは肩をすくめ、こぶしを握った。次には白い廃車はあっという間に燃えて、木々に燃え移る前に融解したかと思うと、すぐさま気化してしまった。跡には何も残らなかった。黒い焼け焦げが地面に残るばかりだった。これでいいはずだった。
「ナキヒト、それ。どこかに擦ったんですか?汚いですね」
「あ?なんだ・・・・」


ナキヒトのシャツの裾には人が握ったようなシワが寄り、茶色の錆がこびり付いていた。





(2006/8/16)

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