雪山でバトル!!
「確かに今年は暖冬だって言いますけどね、ここまでとは思いませんでした」
「そうだな」
勇者と魔王は雪山にいた。脈絡もなくいる。二人の足元は雪に覆われているが、針葉樹林の生い茂る山林は黒々としたまま、冬とは思えぬ様相を晒す。雪が積もれないでいるのだ。
足元の雪も地面から二十センチもない。踏めばへこむ。圧雪すれば苦もなく地面に近付いてしまう。
二人の他、辺りに人はいない。冬の雪山に誰もいないのは当たり前だが、異常な光景だった。シーズン中のスキー場に誰もいないとは、呆れかえる。雪不足で開業できない有様。今日も空は晴れ渡る。
麓から山頂まで伸びるリフトも動かず、もちろんロッジも営業していない、谷側に寄せられた圧雪車もエンジンを切られたまま居座る。熱を持たない無機物は冷えて、わずかに氷がこびりつく。最後に動いたのはいつだろうか。
いつもなら賑わうはずの場所が静まり返っているのを見るのは、なんとも不気味な光景であった。ナキヒトは白い息を吐いて言った。
「スキー場が泣いてゴルフ場が笑うってな」
「あなた、ゴルフやるんですか」
「やるワケねーだろ。どっちにしたって、誰もいないなら好都合だろうが」
「そーなんですけどね」
勇者と魔王の戦いは周囲に甚大な被害を及ぼすので、おのずと人気のない場所が好まれる。あとで損害賠償を求められるより、こうやって誰もいない場所を探す徒労もあろうが、始末の面倒も少ない。
ミズガシは溜め息を吐いた。息で目の前が白く濁る。煙草の煙を吐いたナキヒトも同じくなるが、あとの息は白くなかった。
「確かに今年は暖冬だって言いますけどね」
「さっき聞いたぞ」
「・・・・寒くないんですか」
「何が」
何が、と問われ、ミズガシは無言で隣りを見た。本当は見たくなかったが、隣りには異常気象より異常な人がいた。煙草をくわえたまま見返すナキヒト。
暖冬とは言え寒いことには変わりない。開けたスキー場の中腹辺り、ここにある熱は煙草の小さなともしびくらいで、風が吹けばかき消されそうな脆弱さ。そのナキヒトは素手にカタナをいつもの携える。
次の瞬間、ミズガシの背筋に改めて寒気とも怖気とも付かぬ鳥肌が走った。
「寒くないんですか。あなたが」
「寒いのかよ」
「私じゃないですよ。あんたですよ、その格好」
ナキヒトは長袖を着ていたが、肘の辺りで腕まくりをしている。寒風に吹かれているというのに鳥肌もない。ジーンズの足元は普通のスニーカー・・・・のはずだが見えない。雪に埋もれている。間違っても雪山に来る格好じゃないし、遭難する人だってもっと重装備だと思われる。
見ているだけで見ている方が寒くなる。ミズガシは三歩後ずさった。彼は分厚いボアコート(さらに下はダウンジャケット)にマフラー二重巻き、目深にかぶった帽子、足元は登山用の頑丈なゴアテックスを履く。その他もいろいろ重装備だったが、マフラーと帽子の間から辛うじて見える顔は真っ青で、絶えずガタガタ震えっぱなし。まさにこれから遭難します!私、遭難します!!っていうかもう遭難してます!全身で表現している。
指摘されたナキヒトは自分の格好を見下ろす。それから腑に落ちない顔を上げた。
「・・・・別に、普通だと思うぞ」
「普通!?普通!?ちょ、近付かないで下さい、ほんと、お願いですから、わ、ギャー!!」
「叫ぶほどに!?」
三歩近付いていたナキヒトからさらに距離を取り、ミズガシは叫んだ。ワイヤーに吊られたリフトがビリビリ震える。
そんな寒そうな格好で詰め寄られては堪らない。見ているだけで死にそうになる。まず見た目が悪い。心象からして不快感を誘う。今時分、小学生だって冬に半袖ではいない。
いきなり叫ばれたナキヒトも不機嫌な顔に変わる。この人は本当に寒くないつもりでいるから余計にタチが悪い。年中同じような服でいるから気付かなかったが、冬の雪山で見るには破壊力がありすぎる。
「お前、弱いのは紫外線だけじゃなかったのか。ヒラヤマに行った時は、」
「ヒラヤマ!?平山さん!?って誰ですか!!ヒマラヤでしょ!」
「あ、それ。あの時だってこんなもんだっただろ?なに今さら寒いとか言ってんだよ。バカじゃねー」
「それは自分だけでしょうがッ!!私はちゃんとしてましたよ!?今の三倍は着込んでましたからね!!」
「雪ダルマみたいだったよな」
地獄が実家の魔王は寒さにも弱かった。地表の98%は灼熱のマグマの海。魔王は一般的にジメジメして暖かいところを好みます。
自分と相手のいろんなギャップを確認したナキヒトは、呆れたように煙草を吸い潰した。
「つーか、これくらい普通に大丈夫だろ。お前が弱すぎるんじゃないか?」
「んなワケないでしょ。そっちが普通じゃないんですよ。ちょっと、だからその寒々しいカッコで近付かないで下さい、よ、ギャー!!ギャー!!」
「いちいちうるせーヤツだな!!これくらいガマンできねーのか?たかだか氷点下五度だろ」
「聞かせないで下さいそんな生々しい現実!!」
ミズガシは耳を塞いで(耳あて越しに)地面にしゃがみ込んだ。地面に近いほうがもっと寒いことに気付いてすぐ立ち上がる。山からの吹き降ろしも寒い。
人がいないところだからってノコノコやって来た自分が愚かしい。今日はナキヒト騙されたも同然だ。
「氷点下が嫌なら、燃やせよ。そこら辺の木を。暖を取れよ」
「生木なんか燃えませんよ」
魔王の獄炎は炎に似た破壊を呼び起こすだけで、実際は熱を持たない。実際、変質させて本物の火にもなるし現実問題、街中の木をしょっちゅう燃やして事件沙汰にもなる。
しかしミズガシはこの酷な状況の中、そんなこともすっかり忘れて、生木なんか燃えませんよなんて言う始末であった。理には適っているが。普通に燃やせよと言うナキヒトも尋常ではない。
「こ、こんな劣悪な環境は久しぶりですよ・・・・」
「異常気象の上に劣悪な環境か。そのうち温暖化で滅びそうだな」
「こうなったらあなたを滅ぼして私は実家に帰りたい!!」
「滅ぶの俺だけか!!」
完全な独りよがりにナキヒトが叫ぶ。ミズガシは本気で里帰りしたくなってきた。年始年末に帰ったばかりだが、冬が過ぎ去るまで地上に出て来たくない。今なら分かる、冬眠するクマの気持ちが。
「そんなこと言ったってよ、滅多にこんな場所見付からないと思うけどなあ。いいじゃねーか、雪山。北風の吹き荒ぶ氷点下の雪山の中腹」
「聞かせないで下さいそんな生々しい現実!!」
「あのよ、本気で寒いんなら下山しろよ。今日はナシでいいからよ。こんなんで勝負になるか」
「そんな問題じゃないんですよ」
「じゃあどういう問題だよ。寒いんならもっと上に着たらいいだろーが」
「寒いですよ、確かに」
「さっきから言ってるだろ、それ」
ふと語気を治めたミズガシはフラリと振り返り、半袖のナキヒトを見た。目が据わっている。それから突然指を突きつけた。
「寒いんですよ、あんたの存在が!!」
「なにー!!?」
そこまで言われるほどに。ナキヒトは思わず引き下がった。言葉の暴力である。外力的に一番突き刺さる。大声を出して力尽きたミズガシは雪の上にへたり込んだ。どっちもダメージが大きい。
しばらくどちらも黙ったままでいたが、先に妥協したのはナキヒトだった。
「しょうがねーな。じゃあこれでいいか」
「手袋・・・・しかもそれ軍手じゃないですか!?」
「ん?ああ、これしか見付からなかった」
取り出した軍手をさも当たり前にはめるナキヒト。とんでもない妥協案にミズガシはおののいた。たぶんそれ、あんまり保温力ない。しかもよく風を通す。
「よし、これでいいだろ?そら!!」 バシ!!
「痛い!!雪球ぶつけないで下さい!死ぬ!!」
「弱い!!」
顔面にナキヒトの投げた雪球を食らって倒れこむミズガシ。そんなに力強く投げた覚えはないが、相手は突然の冷たい感触に負けた。しかしやられっ放しで終わる魔王ではない。咄嗟に新雪を握って投げ返す。
「あんまり痛くねー」
「私の分野じゃないですよ~」
握りが甘かったのか新雪のせいなのか、ナキヒトは平然としていた。痛くもないし冷たくもない。
ここでヘタに暴れてはムダに力を使い果たして遭難がオチである。ミズガシはもう一回雪を握った。今度は力をこめる。
「お?」
ミズガシの手の中から湯気が立ち上る。みるみる雪が溶けていく。獄炎の膨大な力量に圧縮され、融解した直後、湯気が握り潰されたかと思うと凝固する。
一瞬の内に起きた化学変化は熱を帯び、気化した二酸化炭素は辺りの気温を奪い、空気中の水分をも凍らせた。ダイアモンドダスト。ミズガシは間髪入れずその塊を投げ付けた。
「くらえドライアイス!!」 ゴヒュ!!
「ならば喰らえ俺の弾丸ライナー!!」 バキン!!
湯気から生成された硬い塊を、ナキヒトはカタナの鞘で打ち返した。ものすごい応酬。ミズガシはのけぞった。
「うわ!!」
ものすごい勢いに頭をかすめられ、その勢いは山頂に向かって一直線に向かい、一拍遅れて飛び去った軌跡を追いかけ雪煙が立ち上る。スノーモービルが高速で走り去った跡のようだった。
「・・・・場外じゃないですか?」
「ソ連方向じゃねえか?」
「今はロシアですよ」
後ろに引っくり返ったミズガシは雪を払って立ち上がる。谷側にいたナキヒトは手でひさしを作り山頂を見上げる。巻き上がった雪煙に邪魔され、雪球の行方は見えなくなった。ミズガシを狙ったつもりだが、場外もいいところ、とんでもなく外した。
興ざめした感もなくはないが、なんだか気を削がれた。二人はどちらともなく谷側に足を向け、麓に向かって歩き出す。
「アホらしくなってきた。帰るか」
「春になるまで待ちましょうよ。クマだって冬眠してますよ」
ト、トン。軽い音を聞き付け、ミズガシはふと足を止めた。足元を見下ろすと、小さな雪の塊が転がっていく。一個ではなく十個も二十個も、いくつもの雪球が上から転がり落ちてくる。まさに雪ダルマ式、転がるたび大きさを増して麓に一直線だ。
「・・・・?」
振り返り、山の頂を見上げる。雪の塊が転がった跡が筋になって、山の腹がストライプ模様に見える。急になんだろう。
ミズガシに気が付き、ナキヒトも同じ方を見上げる。山頂は太陽の照り返しを浴びて真っ白に光る。それだけでなく、白い噴煙で暗く濁った。見通せない。
「なんだ?」
軽い音をかき消し、腹に堪える様な重低音が響いた。その音はだんだん近付いてくる気がする・・・・
「な、」
「あ?」
ミズガシは引きつった顔で呟いた。ナキヒトは隣りを見たが、ミズガシは山頂を凝視したままだった。ナキヒト?の「な」ではない。なんだ?何事?ミズガシは引きつった声を繋いだ。
「な、な、」
「だからなんだよ?」
「雪崩だ・・・・」
次の瞬間、轟音が足元を揺らし、無防備に突っ立っていた二人をすっ飛ばした。逃げる間もない。雪の高波に飲まれて、ナキヒトとミズガシは呆気なく雪にさらわれた。
「・・・・確かに今年は暖冬だって言いますけどね、ここまでとは思いませんでした」
「・・・・そうだな」
ミズガシは雪に半分埋まったまま恨めしそうに呟いた。十メートルくらい離れたところでナキヒトが返事をする。こっちは指先しか見えていない。
暖冬でも、寒い山頂では膨大な積雪を蓄えていた。それが雪崩を起こしたら麓まで埋まる。あっという間にゲレンデ数キロを踏破した時速百キロの雪崩は、ところどころ地肌を覗かせていたスキー場を一面の銀世界に変えた。
ゲレンデ一面ギチギチに圧迫された雪は硬く、容易に抜け出せない。氷に閉じ込められた様であった。やっとのことで這い出したミズガシは青い顔で、歯の根が合わないながらも元凶を呪った。
「あなたのせいですよ」
「なんで」
「さっきの・・・・」
「さっきの・・・・」
さっきの弾丸ライナーは、山頂をまともに直撃していた。雪崩を誘引した原因はそれしかない。
明らかに最初より目線が高くなっている。積雪量二十センチが一気にかさ上げされた。山頂に見えた噴煙は雪崩の前兆だったらしい。舞い上がった雪が煙のように立ち込める。
「どうするんですか、これ・・・・」
コースの途中途中にあった立ち木は尽く押し流され、流木よろしくミズガシの横に漂着していた。林間コースも全滅。リフトは辛うじて難を逃れるが、今の衝撃でクワットが振り子のように勢いよく揺れている。そのままもぎ取られてもおかしくない雪崩だった。
前に電車を止めたことはあるが、あの時は乗客が三人くらい骨折した。賠償額も尋常ではなかった。しかし無人のスキー場では被害者もあるワケがない。割と被害は小さい。元凶の二人は元より雪崩で死ぬはずもないが、びっくりしたことは確かだ。ヒマラヤでも雪崩には巻き込まれなかったのに、不意打ちでびっくりさせられた。
ナキヒトも雪の上に立ち上がり、隆起したゲレンデを見渡す。ずっと上から転がり落ちてきた雪球が雪ダルマになっている。たぶん、経営者から怒られる。自然災害では済まない、バイオハザードだ。
「な、なんてことだ・・・・!!」 ザシャア!!
「ぶふ!!」
突然顔面に雪を叩き付けられてのけぞるナキヒト。なんてことだ、と斜面を降りてきたスキーヤーがエッジを立てて止まる。その直前にいたナキヒトはまともに雪をかぶった。
「なんてことをしてくれたんだ・・・・!!」
謎のスキーヤーは初老の男だった。妙にかっこいいゴーグルを額に押し上げ、スキーを履いたままがっくりとヒザを折り、雪を払うナキヒトの足元に両手を突く。
誰だかよく分からないが、ともかく落胆しているらしい。長年の経験で培った勘を駆使した二人は、即座に謝った。
「すいません!!私がやったんじゃないんです!こっちが!!」
「すいません、俺じゃないんです!!お前なんで責任転嫁してる!!」
ミズガシとナキヒトは謝罪の合間、掴み合って互いを糾弾しにかかる。たぶんどっちも悪い。
あんまり誠意のこもっていないながら謝罪に怒るワケでもなく、初老の男はこぶしで雪を叩いている。聞いてない。雪状況を確かめるように何度も叩き、それからやっと顔を上げた。真剣な顔。二人は咄嗟に身構える。
「ありがとう!!これで営業が始められる!これだけ雪があれば!!」
「え?雪?」
「は?すみませんが、なんですって?」
ミズガシは男に聞き返した。雪が、なんですって?なんとなく怒られるような気がしていたが、まさかお礼を言われるとは思わず。
彼は落胆していたのではなく、単に驚いただけらしい。そりゃ、春先でもないのに雪崩が起きたら誰でも驚く。今は満面の笑みで雪を掴み上げている。
「雪だよ、雪!!ああよかった、今年はシーズンになっても雪が降らなくてね、このまま春を迎えるところだった。本当にありがとう!!」
「・・・・あの、失礼ですが、どちら様で?」
「おっと、申し遅れました。わたくしこういう者です」
男はスキーウェアのポケットから名刺を取り出し、それぞれ二人に差し出した。蔵王スキー場 代表取締役・・・・。ナキヒトは怪訝な声で問い返す。
「あんた、社長?」
「まさか雪崩に助けられるとは・・・・仇敵に救われた思いだ。勇者さんと魔王さんですよね?本当に本当にありがとうございます!!これで私の首も繋がりました!」
「ああ、そう、よかったね・・・・結果オーライで」
「ありがとうございます魔王さん!!」
「よ、よかったですね、首・・・・」
雪まみれのグローブで手を握られて思いっきり後ずさるミズガシ。腰が引けている。のは、冷たいからだけではない。災害を引き起こしたというのに感謝されている、それに対して後ろめたい気持ちもあった。
「この雪不足、なんとかならないものかと考えあぐね、山スキーをしていたところにこの雪崩。まさに天の恵みです。雪崩に乗って急いで降りてきました」
「あんた根性あるな!!」
津波の日にサーフィンするような冒険者。よく巻き込まれなかったものである。剛の者である。
呆然とする二人をさておき、社長は喜々としてストックを振り上げる。
「ものども!!営業再開だ、集まれ!!」
「やったー!!」
「ウィー!!」
「これでクビくくらなくて済む!!」
「ぎゃあ!?」
「うわあ!!」
雪崩で埋まった斜面から次々と頭が飛び出してくる。あちこちから歓声と共に飛び出してくる頭にびっくりする。悲鳴はナキヒトとミズガシ。モグラ叩きみてえ。
「宣伝だー!!広報担当ー!」
「ロッジの掃除だー!!清掃員ー!」
「わー!!」
「こいつらよく生きてたな・・・・」
「上から流されてきたんじゃないですか」
ワーと斜面を駆け下りていく従業員達を見送り、ナキヒトとミズガシは呟いた。なんという生命力。
再び無人に戻り、ゲレンデは静けさを取り戻す。ひょうたんから駒の展開。よもや雪崩を引き起こしてスキー場を壊滅一歩手前に追い込んだ挙げ句、怒られるどころか経営者に感謝された。狙ってやったワケではないが、間違ってもこんな流れを望んでいたワケでもない。
特に何もしていないのに疲れた。もうやる気も失せた。どちらからともなく、再び麓に向かって歩き出した。
「なんか、初めて感謝された気がするんですけど・・・・」
「あんまり嬉しくないけどな・・・・」
社長が残したシュプールを辿りながら、二人は脱力しきった体とあんまり嬉しくない成果を引きずり、春までおとなしくしておこうと心に決めた。
この年度、勇者と魔王は初めてシーズンオフに入ったという。この年、世間は極めて平和であった。
(2007/2/23)