今日も勇者と魔王の戦いが始まった。世界は今日も平和。
「あっち向いて、それ!!」 バシン!!
「めっちゃ痛い!!これって、こういうルールじゃない気がします・・・・」
じゃんけんで負けた魔王の顔を叩くナキヒト、叩かれた頬を押さえてベンチに倒れ込むミズガシ。(構図、勇者にビンタされる魔王)
ご存知みんな大好き、あっち向いてほい。間違ってもじゃんけんの敗者の顔を叩くゲームではない。
「しかも無理矢理あっちこっち向かせてるじゃないですか。平手打ちで。こういうルールじゃないですよね」
「ですよね」
「分かってるならなんでやるんですか。なんでやるんですか!!大事なことなので二度言いましたよ!!分かってんのかコラァ!!」 ゴギャ!!
「しかも当たってねーし!!」
ミズガシ怒りの鉄槌。しかしあっさり避けられて、全然関係ない近くの街路樹を叩いてしまった。しかも握りこぶしで。
「くっおおお。痛い・・・・骨の硬い節が、ゴギッって・・・・今ので絶対折れました・・・・ちょ、ちょっと見て下さい・・・・」
「弱すぎるな!しっかりしろ!」
自分の手を抱え込んで崩れ落ちるミズガシ。今のは痛そうだった。音がすべてを物語っている。対物において弱すぎる魔王。街路樹が今、世界の頂点に立った。
「そんな程度で折れるわけないだろ、ウソだろ」
「本当ですよ。ほら・・・・」
「あー、これは・・・・」
「隙あった!!」 ドガン!!
「過去形で!?」
ナキヒトをこぶしで巻き込んでだまし討ち殴打。巻き込まれた街路樹(百日紅)が今、戦いの犠牲となって砕けた。おのれ魔王めェエエ!!勇者も許さん、同罪・・・・!!
木から発せられる怨嗟の念が、罪もない街路樹を破壊した二人の暴挙が、それを目撃した通行人の通報により明るみに出た。通報から三分で駆けつけた警官によって厳重注意を受けてしまった。
「コラー!!器物損壊事件!」
いつもの注意。要約すると、勇者と魔王の戦いで街路樹を破壊しないで下さい、という内容。ナキヒトは空を飛ぶスズメを見ていた。ミズガシに肩をパンチされる。
勇者と魔王の戦いなら、もっと規模の大きな被害が出てもおかしくない。でも現代ではこれが関の山、街路樹の破壊は許される範囲を超えている。許されざる者共よ。
「次からは周りに注意を払って下さい」
被害に勇者とか魔王とか関係ない。二人は罪を認めつつ、お互いに罪を擦り付け合う。
「いや、だって、こいつが」
「いやいや、だってナキヒトの方が」
「いやいやいや、両成敗ですね。あっ、ちょい待ち。・・・・万引き!?すぐ行きます!!じゃあ後は若い人同士で!」
「万引き以下!?俺達の戦い、万引き未満!?」
勇者の訴えもなんのその、無線連絡を受けた警官(派出所に勤続十年、趣味はミニ四駆。週末のレースには十年連続出場)はダーッと走り去る。
置き去りにされた二人。ミズガシはナキヒトの肩に手を置いた。
「万引きだって重大な事件ですよ」
「じゃあ俺だって万引きするわ。注目を集めてやる」
「勇者らしく!!」 バシン!!
ミズガシのビンタがナキヒトに炸裂した。(魔王ビンタ。街路樹を破壊する)
どこの国に注目を引きたいがために万引きを犯す勇者がいるのか。予備軍的な一人がここにいるから油断ならぬ。私がしっかりしなければ・・・・魔王に危機感を抱かせる勇者も珍しい。特殊だ。
ビンタされた反動を利用してベンチに座り込んでいるナキヒトを見て、ミズガシは心の底からハーッと溜め息をついた。
「あなたはね、勇者なんですから。勇者らしい振る舞いを心がけなさい」
「無理ムリ。そういう難しいことはできない。そんな難しいことを俺に求めないで下さい。え、俺?勇者だっけ?」
「とぼけてもムダですからね。生まれる前から知ってますからね」
立場が一歩間違えば危うい人の発言である。
「昔はもっと、こう・・・・勇者らしいと言うか、いかにも勇者です!って感じだったでしょ?私は覚えてますよ。あれ~?もう一回見たいな~、あの勇者って感じ」
「褒めて伸ばす方向か・・・・」
わざとらしく小首を傾げて言葉を投げかけてくる。
しかし表現が曖昧だ。勇者って、感じ?掴みきれていないフワッとしたイメージで言われても、ナキヒトが困る。しかしミズガシは手を緩めない。
「思い出して!はい!!ここからあなた、いかにも勇者って感じで。スタート!」
パン!と手を叩いて合図する。戸惑いながら、ナキヒトは勇者らしきイメージを言葉で表現した。
「世界の平和を守るため、全身全霊を掛けて頑張ります!」
「いいですね!そんな感じじゃなかった気もしますが、いい方向ですよ」
「世界の平和のため、魔王を倒す!」
「かなりいいですね!かなり勇者らしい!もっと他にはありませんか?」
「・・・・日照権!!」
「外した!!規模が日々の生活レベル!!確かに大事なことですけど!」
膝から崩れ落ちてバーン!と地面にこぶしを叩き付ける。高度すぎる要求をしてしまったようだ。なんで急に日照権の話に至った。
アスファルト地面を両腕で抱くミズガシに対し、ナキヒトは若干引き気味に声を掛ける。
「いや、待てよ・・・・みかん栽培のために日当たりは大事だろ?」
「それを言ったらみかん農家の存続に関わる大問題ですけど。とりあえず私達の戦いで損害を与える恐れはありません。そこは心配しなくていいんですよ」
「マジで?俺みかん好きだから、いついかなる時も心配してんだけど」
「マジで本当ですよ。いつ私が魔王としてみかん農家を脅かしたと言うんですか。いつ何時、いつの時代そんなことしました?あるもんなら言ってみなさい。何時何分何秒?言ってみなさいよコラァアア!!」 バーン!!
「うわっ、マジ怖ェ!!落ち着けェエ!!」
ミズガシの魔王パンチがアスファルトを砕いた。走った亀裂は十メートルにも及び、街路樹を根っこから薙ぎ倒した。
また怒られてしまうので、ナキヒトは急いで街路樹を支え、元通りに植え直した。景観を乱してしまう。一人で立ち上がったミズガシは優しい表情で頷いてみせる。
「そう、その行動、かなり勇者らしいですよ。見直しましたよ、ナキヒト。それでいいんです・・・・」
「なんでお前、上から目線なんだ」
傾きかけた木は直したが、破壊されたアスファルトが直っていない。これ、完全に通報コースだよ。言い訳も効かない。素直に頭を下げて罪を認めるしかない。そして自腹で直すしかない。
幸か不幸か破壊された部分は歩道だけで済んだ。通り過ぎる車の中から運転手の視線が突き刺さる。視線が物量を持っていたら二人共串刺しになっている。
日に二度も叱責を受けるのかと、ナキヒトは気が重くなった。警官が駆けつけたら七転八倒、七転び八起き、合計十四回転んで十六回起き上がる。この計算で合ってる?とにかく怒髪天を突くだろう。日に二度も見たくない。
「これ、明日には直るんか」
煙草に火を点け、空を飛ぶスズメにめがけて煙を吹いた。呼ばれた業者が激怒する。明日までとか無理だっつーの!!
「確かに道路を壊したのは私ですが、原因はナキヒトにあると思います」
「いやいや、まさか。お前の罪で万引きがチャラになる程だよ」
「なりませんよ!!」
相対的に見てもその理屈はおかしい。
「私の罪状を隠れ蓑に万引きが社会に横行したらどうするんですか。ということは、わ、私は、社会にはびこる犯行を助長した罪で・・・・!?」
「話飛びすぎ!!ちょっと考えろ!」
想像だけで動揺しすぎである。真っ青な顔でガタガタ震えだすミズガシ。いくらなんでも想像力が豊かすぎるだろう。
「そんなわけねーだろ・・・・。ここで道路壊したくらいで、どうしたら万引きの犯罪幇助になるんだよ」
道路壊したくらいで。そんな程度の話ではないが、ナキヒトの言い分にも一理ある。しかしながら、ミズガシは正気を失った様子で膝を抱えてしまう。
「私は魔王でありながら、社会を乱す者とみなされて、犯罪者として裁かれる!?」
魔王を利用した窃盗罪って、ちょっとアグレッシヴすぎやしないか。
魔王が歩道を素手で叩き壊している隙に、文房具店で鉛筆を盗んでやるぜ!大罪の影で跋扈する犯罪者。
相対的に鑑みて釣り合いが取れないと思われる。それどこの国の歴史だよ、とナキヒトは無言で思った。この平和な国の現代で許されない現状である。魔王より万引きの方がおおごとだろう。魔王による器物破損?後でいいよ!っていう。
「心配する程のことじゃなくね?」
「慰めは無用です」
「慰めてねーけど」
「私はこれから、市のいち市民として正しく生きたい・・・・」
「市民税は納めてるけどな。てゆか、さっきはかなり魔王らしかったぞ?ショック!!素手で道路を破壊する魔王!町内会長激怒、厳重注意」
「町内で裁かれる!?」
ナキヒトの住所は福井町、ミズガシは
勝手に朝刊一面をすっぱ抜くナキヒト。でもそんなこと、今さら新聞にも載らない。むしろ日常茶飯事。
フラフラと立ち上がり、壊れた地面を見下ろす。メッチャ壊れてる。ヒビが入って歩行に支障を来たす。魔王でも直せない。
「魔王らしいって、これですか・・・・」
「俺の勇者らしさより、魔王らしさが明確に見えるな」
「じゃあ勝負しましょう。今日のお題は、どちらがより勇者らしいか魔王らしいか!!言動でジャッジメント!!」
いきなりの宣言に、ナキヒトは硬直した。勇者らしさ・・・・って、なんだっけ・・・・!?
腰に差したカタナに手を掛けるが、咄嗟のことで反応できなかった。
普通に叩いたり蹴ったりこねたりする方が簡単なのに、それができない。勇者、いきなり相手を斬ったりしない。斬る前に何か言った方がいい?口上を述べるなど。
ミズガシの言う勇者のイメージ、その詳細が分からない。思い出せない。日照権は違うと言われたが。
「・・・・表現の自由!」
「はーい、アウト。それは違うと思います。マイナス五ポイント」
「なんでお前の判断に因る!?」
バッサリ切り捨てるミズガシ。ナキヒトは愕然とした。ポイント制だったのかと。
勇者が表現の自由を主張してもいいじゃない。魔王に縛られる謂れはないはずだ。なんだか自分探しの旅に出たみたいだ。
「じゃあお前も言ってみろ!魔王らしいことを一つ!」
「え!?私は普段から魔王らしいですし。むしろ魔王そのものですし」
「それは知ってる」
むしろ生まれる前から知ってた。魂の転生によって持ち越される両者の戦いは次回に持ち越すので、生死の繰り返しを記憶している。
前回の死因、お互いに殴り合ってる途中でガードレールを乗り越えて崖下に転落。ものすごい落差だった。
その土地は自殺名所として恐れられてきたが、現在では「勇者と魔王が誤って転落した奈落の渓谷」として名前を上書きされた。観光コースに選ばれる有数の景勝地として生まれ変わったらしい。修学旅行先で二人揃って愕然とした。看板が、立っている・・・・。
二人に取っては完全に不名誉、普通に恥ずかしい。目撃者が多数存在したため、記録がバッチリ残った。お願いだから後世まで伝えないでほしい。
激怒したナキヒトがカタナを振り上げて看板を滅却しようと頑張ったが、公共物の損壊になるので、ミズガシが頑張って止めた経緯がある。お互いに体を張った攻防で、再び崖下に落ちそうになったが、同級生が必死になって止めたおかげでなんとか助かった。(卒業アルバムより)
前回のことは、まず、さておき。ナキヒトは追撃の手を止めない。
「しかも今、えっ!?って言ったよな。まさか、自分らしさに自信が持てないとか?自覚がないとか?腑抜けたヤツだぜ」
動揺を見抜かれたミズガシは焦るが、辛うじて胸を張る。こちとら覚えてないくらい長い間魔王やってんだからね!あれ・・・・何年くらいだっけ・・・・。ほんとに覚えてない、忘れてる。
「自信はありますよ!じゃあ言いますけどね、愚かなる勇者よ、この私を倒せるとお思いですか。やれるもんなら、やってみんかい!」
「おお、魔王っぽい・・・・」
「でしょ!?」
やってみんかい!なんて、初めて聞いたし初めて言った。いつもより無理してる感が否めないが、ミズガシはやりきった表情で汗を拭う。
「もっとなんか言ってみろよ」
「えっ!?これ以上!?」
再び、えっ!?今ので、本当にもう、ネタ切れ・・・・。早々に諦めたミズガシは、フッと笑った。
「さすが勇者、ダメ押しの一発がきついですね」
「ダメ押しのつもりはなかったけどな。本当にネタ切れかよ」
かく言うナキヒトも言葉が出ない。あとは納税の義務くらいしか出てこない。
二人は反省した。そう、自分らしさとは無理に作るものではない、己の内部から滲み出す品格なのだと。
今さらナキヒトに勇者らしい振る舞いができるわけでもないし、ミズガシに魔王らしい要素を求める必要はないし、元より不可能な強要である。肩書きを押し付け合ったところで、すでに手遅れという惨状。
つまり取り返しが付かないという現状を自ら暴いてしまったことに、ナキヒトは呆然とした。自分、勇者らしくないどころか、公共物や他人の私物を破壊するだけの不良に成り下がったのか。
「税金は納めてるって・・・・」
「税金がどうかしたんですか?」
突然言い出すナキヒトにギョッとする。勇者でも魔王でも納税の義務は課せられているが、今になって言うことじゃないだろう。ミズガシはドキッとした。確定申告は・・・・免除されている。年度末を越しての心配はない。医療費もないし。
急に落ち込んだナキヒト。その様子を見て、ミズガシは動悸が収まらない。人間として、一般市民として、果たすべき義務は果たしているはずだ。魔王の心配事にしては小さすぎるが。
ともかく、勇者が落ち込んでいては始まらない。魔王に対抗でき得る人類の希望が鬱々してはいけない。
「思ったんですけど。勇者らしい振る舞いとは、言葉にのみあらず。行動を以てしてこそ意義があるのです。いくら言葉を尽くしても実行しなければ意味を成さないと思います。なんと言っていいのやら、元気出して!!」
「ありがとう。マジへこむ」
「なぜ!?」
優しい慰めが心を抉る時もある。そんな舌触りのいい慰めを尽くされたところで、勇者、マジへこむわ・・・・。元気出して!って、魔王から言われても。
「マジで元気出して下さいよ。今回は私の負けでいいですから。ほら、敗者ですから、なんでも言うこと聞いてあげますよ」
「じゃあ隣り町のドトールで抹茶ラテ買ってきてくれ。サンドイッチも」
「愚か者!!私はパシリですか!?お手伝いさんじゃないんですよ!?こっちはちょっと譲歩して言ってるんですから、ちょっとは謙虚になりなさい!!」
「今のお前かなり魔王っぽらしいぞ」
まるで反省していないナキヒトに、ミズガシ激怒。怒りの力で発電できるなら国の三つほどが容易く救われる規模。各企業からオファーが殺到しかねない。魔王の怒りが世界を救う時代が今かもしれない。破天荒な時代。
今の怒鳴りはかなり魔王らしさが溢れ出ている。もちろん不当な怒りではない、隣り町まで行って買い物して来いって言われたら誰でも怒る。彼でなくても怒る。これは正当な反論である。
そんなことは分かっている。そしてナキヒトが前述のセリフを言い出しかねないことも分かっていた。
理性では己の感情を捉えているが、ナキヒトを殴るかどうかは別の問題ですね。衝動的に相手を殴り倒したくなる。怒りの表現と対象は近くの器物にぶつけられた。
魔王ですから!!の怒声と共に振り下ろしたこぶしがベンチを粉砕した。バーン!!ギャン!(粉砕音) 間違いなく公共物損壊罪。
通行人が目撃、通報、警官の到着。ものものしく右手に拳銃、左手に万引き犯を引っ下げての登場である。
ナキヒトとミズガシはぶっ飛んだ。言葉は荒くても気の優しい不器用な巡査長が本気を出した。日に二度も勇者と魔王の争いに呼び出された彼は、鬼と化した。
「撃たれる!!」
「死人が出る!!」
「喧嘩両成敗!!」
逃げる猶予さえ許されない二人は即座に追い詰められる。背後に街路樹。それからの警官は凄かった。
凄絶と呼ばざるを得ないほどの手腕が振るわれ、両成敗を受けた二人はビシバシ叩かれた。伝承に依れば百年に一度だけ遠い山から下りてくると言われる鬼神の伝説を体言するが如き、上へ下への大活躍。ナキヒトは主に、右肩を重点的に叩かれた。
連行途中に巻き込まれた万引き犯がおののき、もうやめてェエ!!二人の罪は自分が引き受けますからァアア!警官の左腕に縋りついて絶叫するまでに至る。ミズガシは外果部を蹴られまくった。くるぶしが死ぬ。
鉄骨を叩き割るような、建物の解体作業中のような轟音が響き渡り、現場は修羅場となった。近くにいるスズメ達がジュジュジュ!と奇声を上げて飛び立つ。
「勇者だからと言って罷り成らん、公共物を破壊してもいいことにはならないんですよ」
ナキヒトの頭に銃口が突き付けられる。冷徹な声音がガチリと撃鉄を下げる。街の警官にあるまじき殺気と殺意を向けられ、ナキヒトは諸手を挙げた。
「うへえ、やめろ。俺はそんなんでは死なない。死ぬまで生きる!」
銃弾ではナキヒトの頭蓋骨は抜けないし、跳ね返って危ない、撃った人が返り討ちに遭う。現存する器物では勇者と魔王を殺せない。しかし今日の本官はちょっと違う。
勇者と魔王の戦いに加えて万引き発生、横断歩道のない通りでうろたえるおばあさんに付き添いながら、木から下りられず鳴く子猫を救助しながら、観光客に道順を丁寧に教えながら、信用金庫の強盗事件に対処しながら、そこに再び勇者と魔王の戦いによる器物損壊事件。
有り体に言うと、盆と正月が三年分くらい一気に来たような忙しさだったのだ。心の余裕も失われてしまう。そしてずーっと市中引き回しの刑に遭わされた万引き犯。怒涛の展開に巻き込まれ、身も心も一回り大きくなりました!もう二度と万引きなんてしません!
「やめて下さい!勇者さんは反省しています!もう許してあげて下さいィイ!!」
「たぶん反省なんかしてないと思いますが、お願いです!!彼は未来ある勇者なんです、ベンチと道路を壊したのは私なんです!許して下さいィイイ!!」
情状酌量を求める万引き犯とミズガシ。左手に万引き犯、右手にミズガシ、警官は身動きが取れない。
「今の内ですナキヒト!逃げて!!」
「逃げていいのか。逃げていいところなのか」
さあ今です!なう!と叫ぶミズガシ。別に逃げなくても全然構わない。なんで逃がそうとしてる。
ナキヒトは溜め息を吐いた。真顔のまま勇者の証である勇者の剣(武器の名前)に手を掛け、拘束されている巡査長を見据える。雰囲気がドキッとする。
「逃げても罪が重くなるだけだ。俺は自分が仕出かした所業を償う準備はある」
「そう、それでいいんだ、勇者よ・・・・」
「あー!!それ私が言おうと思ってたのに!!なんで先に言うんですか!?横取り!!いいとこ取り!!」
すごく勇者らしい発言を受け止め、巡査長の慈悲深いお言葉。ミズガシはやり場のない焦燥感に駆られた。先に言ったもん勝ちである。行き場のない感情が世界にこだました。電線のカラス達が群れを成して逃げ去る。
魔王ミズガシは立ち上がった。バーン!とナキヒトの両肩に手を置き、真正面から見据えた。今の衝撃でナキヒトの肩が外れかけた。
「勇者なら!!立ち塞がる障害を叩き切って進むものですよ!その腰の刃物はお飾りですか!?」
「傷害事件になるだろ!?」
「よいのです。私が許しましょう」
「お前、落ち着け。目が怖い」
勇者と魔王は相手以外を対象とする殺生を禁じられている。御法度を踏み越えてまで強行したくない。魔王の許可があればいいってものじゃない。
しかし警官はナキヒトの反省に免じ、万引き犯を連れて立ち去ってしまった。二人の喧嘩に関わっているほど暇ではないのだ。勇者よ・・・・と言い残し、あっさり不在。
「プレデターかよ」
ナキヒトの呟きが虚しく流れる。壊れた道路の上で、二人は立ち尽くした。反省を見せたのはいいが、壊した人はミズガシだし。
白けたアスファルトの表面が割れ、黒く濡れた中身が零れている。明日になったら新しい緑が芽吹きそうな気配。ひび割れに沿って百メートルくらいの花壇ができるかもしれない。それを不幸中の幸い、とは呼ばない。
自分が仕出かした被害を改めて確認すると、手の内側がジワジワ痛くなってきた。全力で硬い物を殴るとこうなる、これだけで済むのは魔王だけです。何事も力だけでは解決しないことが分かった。
ミズガシはフッと微笑み、空を見上げた。スズメとカラスが逃げたっきり戻ってこない。
「殴った人の方が痛いこともあるのですよ」
「今回痛い思いしたのはお前だけだよ」
格言めいたことを言うが、一発もナキヒトに当たっていない。物にしか当たっていない。
「これ、湿布しといたら治りますかね・・・・」
「いきなり弱気になるな!!ほっといたら治る!」
予想以上に負傷している。予想以上におおごとになってしまい、心にもダメージが。
「どっちかってゆーと、アスファルト対お前って感じだったぞ」
器物vs魔王。呆れたように言うナキヒトに対し、ミズガシの反論が牙を剥いた。
「どっちかってなんですか!殴った相手がナキヒトか地面かって違いだけでしょうが!」
すごく違うと思う。天と地の差ほどある、宇宙と奈落の差くらい、月とスッポンくらい違う。これ以上追い詰めると可哀想なのでナキヒトは言わないでおいた。
ミズガシは心身共に疲弊した様子でがっくり項垂れる。そしてがっくりとした動きでナキヒトの両肩に手を置いた。手付きが優しすぎて逆に怖い。
「ねえ、お願いですから・・・・勇者らしく生きて・・・・。このままでは私は安心して死ねないんですよ・・・・」
「人は誰でもいつか死ぬんだよ。大丈夫だよ」
「何が大丈夫なもんですか!あー!!もおおお!!キイー!!」
ナキヒトは若干引いた。金切り声。言語を成さぬ悲鳴が街路樹の葉っぱを揺らす。
頭を抱えて仰け反るミズガシを、敢えて言おう、まったく魔王らしくない。隣りの部屋の騒音に発狂する住人Aと例える。(隣りの部屋の住人B、ナキヒト) いろいろな段階をすっ飛ばして殴り込みをかける勢いがある。
しかしそこは魔王ミズガシさん(正月は持ちつき行事のため帰省)、辛うじて精神の均衡を取り戻す。
「その死ぬ時、できれば心穏やかに迎えたいんですよ、私は・・・・」
「そこまで言うなら、歯ァ食いしばれ!!打倒魔王!!」 バシン!!
「いいわけないでしょ!!それがあなたの思う勇者らしさ!?」
ナキヒトに横ッ面を叩かれ、ミズガシは絶叫した。打倒されそうになったが辛うじて持ち堪えた。しかし、勇者との戦いとしては、これで間違っていないのだ・・・・。
が、話の途中でいきなり人の横っ面のビンタくれるような勇者は御免被りたい。
自分探しの旅に出る一歩手前の二人。(2012/5/18)
ミズガシがナキヒトの進退を気に掛ける理由はあるんですが、特に小話にならず…。この人はこのままでいいんだろうか、というミズガシの優しさですね!