捕り物劇でバトル!! 4




ナキヒトがいなくなり、残された三人はワイワイしていた。(楽しさのかけらもない喧騒)
「通報される前に片付けないといけないですよ、これ。いやもう通報されてる」
「焦んなよミズガシ。市内の交差点が一つ蒸発したくらいで現代人は今さら驚かねーよ。不幸中の幸い、深夜、人気のない時間帯でよかったよな?」
「んなワケないでしょうがコラァ!!」 バチン!!
「お前のビンタいってえ!!」
「この平手打ちで数多の勇者を葬ってきたのです」
「一人しかいねえだろ・・・・。まあ、確実に付近の住民は起きてくるな」
セドリックが苦い顔で背後を指し示す。爆発の難を逃れた建物に次々と明かりが灯る。
不幸中の幸いとしては、ここら辺は商店や薬局が多く、引き換え住宅は少ないため、吹き飛んだお店は無人だった。夜間でよかった。でも朝になったらびっくりするだろう、店主。
日付けが変わった今現在、翌朝の混乱が手に取るようにありありと想像できる。ミズガシはギュッと目をつむる。想像したくない。道路が戦前の時代へと後退している。
「罪を認めろ!最初の破壊行為はナキヒトだが、オチをつけたのはお前だぜよ」
「私は悪くないですよ。悪いのは謎の不審者ですよ。犯人に心当たりがあると言っておきながら打つべき手を打たずに見過ごしたあなたの方が遥かに重罪。さあ一緒に裁判所へ行きましょう・・・・」
「俺相手に訴訟を!?」
「もうすぐ警察が来ると思うんで、あとは頼みましたよ」
「アサヌマァー!!」
「アサヌマ君ーー!!」
お互いに責任を押し合いへし合いしている二人は捨てておき、アサヌマはナキヒト達を追いかけた。



逃走を図った原付ライダーは経路を西へ取る。
細い路地を抜け、何度も方向を変え、人気のない道を疾走する。あまりにも速いため、すれ違った人間は風が吹いたようにしか見えない。バイクの後ろには常に追い風が付く。
曲がり角に差し掛かるたびに上空を確認するが、追いかけてくる気配はない。
とうとう勇者と魔王に出くわす事態、これは遅かれ早かれという想定の範囲内。しかしセドリックまで居合わせるとは予測外。予定を狂わされた報復は成し遂げてやった。
魔王が炎を起こす直前、空から突っ込んでくる影に気付いたが、あれは勇者の部下だ。自分を追うつもりなら、勇者は部下と共に飛ぶだろう。
パトカーのサイレンが遠ざかり、騒ぎの中心とは無縁の場所へ離れていく。町中にある古い寺と墓地を通り過ぎる。
ここから一本外れた通りは工事中なので真っ先に迂回してきた。墓地の脇を抜ければ、さらに入り組んだ小道を通り、広い国道へ繋がるルートに入る。地図で下調べは済ませている。頭上でガァとカラスが鳴いた。
ギクッとした。行く先の道の両側に赤いランプが並び、「この先行き止まり」の看板と迂回路が矢印が指し示されている。突然現れた無人の道路工事を避け、慌ててハンドルを切り左の道へと入る。
スピードを緩める間もなく、戻る余裕も与えられず、一方通行のような細い道へと引きずりこまれる。
予想外のルートへ誘い込まれる形になってしまった。今夜何度目かの番狂わせ、若干の焦りが生じる。明々と灯る街灯の空々しさとは正反対に静寂極まる住宅街。
赤と黄色に明滅する信号機に照らされ、小さな十字路が視界の五十メートル先に浮かび上がる。四辻のど真ん中に陣取る人影。
車の行き来がない往路に立ち塞がる者はナキヒト。傍若無人な仁王立ちで以て、迫り来る原付を睨み付け、構える様子もなく腕組みしたまま予備動作も見せない。
「どっけェエエ!!」
一際噴かしたエンジン音とライダーの警告が緊迫を張る。向けられた警告などものともせず、ナキヒトはわずか数メートルに肉薄するまで微動だしなかった。
石炭の山を破ったのみならず、先回りされていたとは。後は轢き潰すだけだ。
ナキヒトはくわえ煙草を地面に吹く。まさに接触事故を起こす寸前、カタナを抜く。目にも留まらぬ所作。
「年貢の納め時だ。歯ァ食いしばれ!!」
横殴りに一閃、空気を掠ったカタナがバイクを撃つ。フロント部分から見事に真っ二つ。スクラップ処理場の人が見たら、よし採用!とりあえず明日から来てくれ。
ライダーの方、運よく真っ二つは免れたが、豪速同士による接触事故の勢いで空中へと放り出される。
接触からわずか半秒後。ドン、と地面を慣らす踏み込み、ナキヒトが地に足を穿つ。一瞬止まる時間の間隙を縫い、互いの視線がかち合う。
相手の天地が逆さまになったところを捉え、ナキヒトはこぶしを振り上げる。狙いを引き絞る肩が破砕の重機を予感させるモーション。
「もう一回食いしばれェ!!」
前後不覚に陥ったライダーの耳に怒号と衝撃が襲い掛かる。
百階建ての屋上から地下百階までをブチ抜くのとほぼ同等の威力、器物損壊、道路陥没、近辺住民からの苦情。
ガツンと重い一撃、道路と勇者のこぶしにプレスされたライダーはへこみ、骨が溶けたようにくたばる。
衝撃の余韻でそこら中の空気が粟立つ。揺らされた窓ガラスが粉々に砕け、地面の砂埃がパチパチと弾け、墓地で寝ていたカラスが一斉に逃げ出すはばたきが一連の喧騒を覆い隠した。
地を割ったナキヒトはこぶしを引き抜き、カタナを収めて立ち上がる。
「成敗完了。地理で勝てると思ったのか」
地域に根付いて二十余年、地元密着型の勇者。空路で一直線に飛び、待ち伏せてドンピシャだった。
年末にかけてやたらと道路工事の最中なので、外から来たであろう不審者は予測外のいきあたりばったりに追い込まれた。
地中に一メートル程めり込んだライダーはピクリともしない。ヘルメットなしで殴られたらこういう惨事になる、という事例ではない。フルメットでも勇者に殴られたらこうなるという見本である。
辛うじて表に見える足を掴んで地面に引きずり出す。俺って今、大きなカブ状態だな・・・・とナキヒトは思った。今の場合、自分がカブの側だったら笑えない。
「さっさと顔を拝ませてもらうぜ」
アスファルトの破片にまみれた体を道路に投げ出す。そのすぐ近くにドーンと電柱が倒れてきた。もう少しで被疑者死亡の間一髪。
初めて敵の顔を認め、ナキヒトは言葉を失った。
「ナキヒト様、どうですか?」
傍らに下りたシロツメが問い掛ける。所払いを申し付けられ、上空で待機していたのだ。
ナキヒトに沈められた謎のライダーは完全に意識を失っている。蒼白な顔を見やり、シロツメも黙る。発する言葉がない二人の背後から足音が追ってきた。
「ナキヒトー!やっちゃいましたか!?」
ようやく現れたミズガシが息を切らして駆けつける。惨状を見れば、既にやっちゃったことくらい明白。
「ミズガシ。これ見ろ」
ナキヒトに促され、目を閉じたままの謎のライダーを見下ろす。
若い男だ。悪くない顔立ちだが苦痛に歪んだ今は表情が若干きつい。この顔は・・・・。
「えっ?三田さん!?」
「この人、セドリック・・・・じゃないですか!?」
「似てるが別人だ」
驚きの声を上げる二人に、ナキヒトは素気なく否定する。
確かに三人とも見覚えのある顔だが、まさか同一人物だとは誰も言えまい。あれだけ否定していた彼ではないし、本人は勇者に危害を加えるような安いマネはしない。何よりバイクがまったく違う。この人、原動機付き自転車ですし。
自身の身内だと聞き及んだ今、明らかな血縁関係を窺わせる。イコール、不審者は神の親戚関係ってこと。
三人の頭に浮かんだ単語、民事不介入。
関係者であるセドリックが居合わせた以上、身内でなんとかしてほしい。どうにか解決してほしい。ナキヒトはハッと思い出す。
「あっ!そういえばあいつ、どこ行った!?」
「はあ。もうすぐ来ると思いますけど」
ミズガシのスタートダッシュに追い付けなかったセドリック。今頃になってようやくノコノコ現れた。足音がノコノコと聞こえてくる。
「徒歩で移動するとか、マジ勘弁。全速力で走ったのとか、半年ぶり」
息も絶え絶えにヨロヨロ歩いてくる。マジ運動不足。汗だくのセドリックの頭に気絶したカラスが落ちてきた。ギャー!!(意識を回復したカラスの叫び)
「おっせーよ!!何やってんだ!!今こそバイクで来いよ」
「いや、駅前に停めてたら駐禁キップ切られてな・・・・速攻レッカー移動だよ。さすがに容赦ねーよ」
「当たり前だよ!駅前に停めんな!!」
「三田さんかっこ悪すぎです」
「そんな有様で、一晩で世界一周できると思ってるんですか」
三者三様の文句。サラウンドから責め立てられ、セドリックはガックリ項垂れた。
「実は、アルバイトを雇って・・・・」
「なんてヤツだ。投書するしかねえな、読者の声に」
「頼む!!新聞だけはやめてくれ!!」
己の所業を暴露したセドリック、この世の終わりみたいな顔でナキヒトに縋り付く。週刊誌もやめて!!
この世の終わりみたいな気持ちになるのはクリスマス当日の子供達だろう。わあ、サンタさんだあ!って薄目を開けてみたら、枕元に、アルバイトの人が。たぶん作業服の胸元に 「サンタクロース代行」 とか刺繍があるに違いない。
自業自得だろうが!とセドリックを足蹴にする。ナキヒトだって本気で投書するつもりはない。アルバイトがプレゼントを渡して歩いていることが世間に知れたら、各国の軍部組織が動き出す。首脳陣も激怒する、俺達の気持ちを踏みにじりやがって!!
あら、お母さんは知ってたわよ。昼間に来た宅配便の人よ。(首脳陣の母より)
ということを踏まえ、気絶中の男はアルバイトでもない。日中、宅配業者を名乗っての訪問はアルバイトの人。事件が起きているのは深夜。暗くなってから人の枕元に侵入できる者はすべからく不審者である、セドリックを除いては。
ナキヒトは男の首根っこを掴んで引きずり上げる。見るからに、ますますセドリックに似ている。
「そんで、これは誰なんだ。お前の親戚か」
そこまで言った瞬間、妙な手応えを感じ、即座にカタナに手を掛ける。
一晩は目を覚まさないかと思われた男がカッと目を開き、ダルンと弛緩し切っていた体に力が漲る。
シロツメは無言で大鎌を構え、上司の鼻先ギリギリめがけてフルスイング。切っ先に擦られた空気が甲高い悲鳴を上げる、空振り。
「ちっ!!」
即死の鎌の豪圧はナキヒトの背後にあるタバコ屋さんをぶっ飛ばした。あとで平謝りするしかない。寸でのところでナキヒトの手を逃れた男は、いつの間にかシロツメの後ろに回っていた。
魔王の獄炎を回避した相手にいちいち驚かない。シロツメは両脚を一瞬浮かせたのち、地面を割る踏み込みで全身を傾け、振り切った鎌を凄まじい速度で切り返す。
「カウンター!!」
単純にして無駄のないストロークから生み出される重爆撃、正味体重を凌駕しての破壊力。ドンピシャのインパクト、今度こそ男の首を刈る。
砕けた手応えから、シロツメは忌々しく眉をひそめた。バラけた石炭の群れを見透かす。再び逃げられた。
石炭の群れに紛れて駆け出す男を誰もが探し、ミズガシが一番先に見付け、獄炎で焼き尽くさんと手を振る。
いくら目くらましで逃れようとも、ミズガシの挙動一つで石炭ごと灰燼と化す。でもミズガシは考えた。深夜の住宅街でこれ以上の騒ぎを起こしたら、めっちゃ怒られるよね、って。その躊躇が逃走に時間を与えた。
常識に捕われた咄嗟の判断を見越し、男はミズガシのすぐ横を駆け抜ける。移動手段を失った男は身一つで逃走を図った。その行く手をミズガシは止められなかった。
だが、常識の範疇内で成し得る手段はシロツメにもある。目の前での切った張っただけが能ではない。
照準を引き絞る豪腕から弓なりに放たれた大鎌が夜気を裂く。獣の咆哮と共に吐き出す一閃。男の頭上を飛び越えた弾道がアスファルトに深く突き刺さる。
もう少しで頂点から頭を割れるところだった。目の前で小刻みに振れる鎌の柄が威力を窺わせる。
直撃を免れたとは言え、見た目にも優しくない刃物の襲撃は男の邁進を怯ませた。
「ミズガシ様!今です!」
シロツメに言われ、ミズガシはハッとした。アスファルトが剥がれた地中から迫り出す獄炎に焼かれ、男はまたぞろ石炭を撒き散らし、別の場所に現れる。
なぜシロツメがミズガシを頼ったかと言えば、ナキヒトは腕組みしたまま動かずに見ている。まるで他人事だ。
ひとっ飛び、電柱の上に姿を現した男は眼下を見下ろす。石炭は金属的な音を立てながらあっという間に燃え尽きる。熱く赤い光に囲まれ、見上げるナキヒトの視線とかち合う。
「気が済むまで逃げてみな」
ナキヒトは遠くへ顎をしゃくり、ニヤッとして見送る。その方向とは真逆に、男は国道へと飛んだ。ミズガシは声を荒げる。
「ええー!?逃がしてどうするんですか、今世紀最大のバカを!!」
「今世紀まで言うか!?まだ始まったばっかりだろ!?」
地上でワヤワヤと取っ組み合う。見紛うことなき勇者対魔王の戦いである。ミズガシの必殺ビンタを喰らうナキヒト。そんなこんなの内に男の姿は消えてしまった。
「こんなことしてる場合か!シロツメ、飛べ!!」
「ラジャりました!」
シロツメ単独で行かせる。ナキヒトは二発目のビンタを喰らって地面に転がっていた。今世紀最大のバトルを観戦していたセドリックが忌憚なく爆笑。
「アッハハ。ちょーおもしれー」
「ふざけんな!!」 バシーン!!
ナキヒトの光速パンチをもらったセドリック、地面に埋まる。(地中に三メートル)
「ふざけんなはこっちのセリフだよ!親父にも殴られたことないってのに!」
「痛みを知れ。勇者なめんな。文句は親父に言え」
「母ちゃんには結構殴られてる」
お母ちゃんの右ストレートは勇者のそれより十倍痛い。(セドリック調べ)
「シロツメだけで大丈夫なんですか?あの不審者、シロツメでも倒せなかったんですよ」
まだまだ続行中の一連を思い返し、ミズガシは不安げな顔で案じる。
勇者のメガトンパンチに耐え、石炭を身替わりにして飄々と逃げるなど、正直気味が悪い。相手の住み処まで逃げ切られたら探すことはできない。
人間の戸籍を持つナキヒトとミズガシとは違い、神の住居は人間社会に関わらず、住所は特定できないが、強いて言うならば鏡の奥の裏側の表に存在するが如き。魔王、地獄の王さえ手出しすることは御法度である。
神との合いの子ハイブリッドとは、種族の特性を優性の方向に複数併せ持って生まれた固体であり、新しい種族として認知される。力のあるその者達の多くは神の傍に仕える。神より使命を与えられた勇者と魔王に対し、狼藉を働くような安いマネはしない。
突然変異による神もどきミュータントが問題を起こす。元は健常な種族生命であった一個体が名の通り突然変異を起こし、一時代の中で比例して飛び抜けた特殊能力を得る。事例はこちらの方が数少ないが、性格が破綻する者がほとんどだ。己の身体、精神を凌駕する力に溺れ、行いが野蛮であると知られている。属する種族の中での蛮行も見受けられ、はぐれ者となる事例も多い。
上記二種は同列に扱われがちだがまったく別物である。親神に認知を受け、地位と誇りをその身に刻む神との合いの子ハイブリッドとは雲泥の差、一線を画すため、神もどきは鼻つまみ者であるとの見解が強い。神の名を冠する呼び名ばかり、権力を持たずに腕力を振るう行いは嫌われる。
あの男は神もどきであると考えて違いはない。振る舞いから察するに、長い時代を経たナキヒトは何人も見てきた。立場的には恵まれない歴史を辿る弱者だが、だからと言って力を嵩にして好き勝手に暴れていいわけはない。
ナキヒトは風向きを確かめ、男が逃げた先に向き直る。逃げてみろと言ったからには追尾する義務が生じる。
「追いかけますか?」
「あったりまえだろ。俺に危害を加えたからにはツケを払ってもらうぜ」
「そりゃそうですね」
ミズガシが肩を竦める横で、ナキヒトは肩を後ろに引き絞る。その手には勇者の剣。
「被害者意識!!」
「それ掛け声なんですか!?」
次の瞬間、刃物が空を突き破った。シロツメの大鎌とはケタ違いの投擲がほぼ頭上に向けて投げ放たれる。ビュゴワ!っと、聞いたことのない風切り音が星に向かった。
同じ時、手ぶらのナキヒトはすでにクラウチングスタートを切って走り出す。置き去りにされた衝撃波がミズガシとセドリックの顔をなぶる。寒い~。
「そんで、俺達はまた置き去りかよ」
ビンタを張られたセドリックが顔を押さえて見送る。勇者の駿足ハンパねえー。男が姿をくらましてから一分と経っていない、すぐに捕まえる。
「ナキヒトとシロツメがなんとかするでしょう。私達も追いかけましょう、徒歩で」
「徒歩とか、超めんどいな!」
「だってあなたの移動手段、徴収されたじゃないですか。つべこべ言わず走れ!!」
魔王に怒られる。移動手段が法的手段に因って失われたら、さらに上回る権力で取り戻せばいいじゃない。セドリックは近くの公衆電話に駆け寄る。
「もしもし!?警察さん!?おれおれ、俺だけど!!バイク返してくんない?え、だめ?そうですか・・・・。無理だった」
あっさり無理だった。口頭で簡潔に、だめって言われた。サンタクロースの権力が通用しない以上、諦めるしかない。ミズガシは呆れた口調で言い投げる。
「この国の法的措置は案外堅いんですよ。お金払って取り戻してきて下さい」
「カネづくで?野蛮だな」
「犯した罪を償うための罰金ってことですよ」
「俺は宵越しのカネは持たない主義なんだ。現金を持ち歩かない主義だ」
「イザと言う時苦労しそうな生き様ですね」
「いや、そんなことはない。いや、今か?今まさに苦労してる?」
「現実を見ろ。困ってるじゃないですか。だから徒歩で追いかけるんですよ!!神のクセに飛行具を失くすなんて聞いて呆れますね!読者の声に投稿してもいいんですか!?しますよ!?」
「イヤ!!もうやめて!」
着実にセドリックを追い詰めるミズガシ。まずはローカル誌の投稿欄から攻める。
地面を舐めていたセドリックは溜め息を吐き、ミズガシの正面に立ち上がる。極北の冷気が吹いた。
「話を逸らすわけじゃないが、こういう時じゃねえと聞けないからな。お前に預けた件はどうなってる」
「私に預けた件?今のあなたが気にする謂れはないと思いますけどね。預かった責任から言わせてもらえば、順調ですよ」
「そうかい。引き続きしっかりやってくれ。最近いい噂は聞かねえからな」
「なんのことですか」
「噂が現実になるまでのお楽しみってことさ」
自分で切り出しておきながら勝手に口を閉ざす。その態度にミズガシこそ閉口する。
天上の神々とはよっぽど毛色の違う相手だが、似通う点は多々、本性はまったく別の顔を持つ。
世界の四辺の内一辺を統べる 「極北の閣下」 が伯母に当たる身分、セドリックは生まれながら高等な正統性を受け継いでいる。地上の勇者と魔王と気安く付き合う影には鏡の裏が必ずあるのだ。
この場にいないナキヒトは放っておけと言うだろう。一晩の邂逅で解決できるものなら、不審者の方を捨て置いてセドリックと対峙する試練を選ぶ。
神と向き合う行為は必死の試練である。向こうは歯牙にも掛けず、まともに取り合わない。口先の追求には慈愛の表情で以て応え、力の行使に対しては無慈悲の鉄槌を味あわせ、多くは児戯として扱われるのがオチだ。言語を同じくしても意思の疎通は成り立たない。鏡を挟んだ虚像と手を握り合うような骨折り損、その薄ら寒さは畏怖よりも絶望をかき立てる。
高等の存在一人に対等に渡り合うとすれば、最盛期の勇者と魔王を十組用意するか、速やかな降伏が最も有効な手段と言われる。
ナキヒトが名実共に勇者の栄華を誇った時代はとうの昔に過ぎ去って久しい。事が起こり次第、勇者の剣をかざすだけで指されたものは即座に力を失い、名誉を集めて止まない存在は人類の番人と呼ばれた。
「え、おい。なんで泣くんだ。俺のせい!?」
「ちょっと昔を思い出して・・・・」
在りし日を思い出し、目頭をグッと押さえるミズガシ、唐突な展開にびっくりするセドリック。な、何もしてません。
ナキヒトが本当の調子でない以上、つまり、この件に関しては対話を打ち切るのが正解だと行き着く。今の自分達ではセドリックの口を割らせる力を持たない。
ミズガシは沈痛な気持ちでこめかみを叩く。我慢は慣れている。反対にのんきなセドリック。
「しょうがねえや。ナキヒトを追いかけるか。徒歩以外でな!」
威勢を取り戻したセドリックが指を鳴らすと、目の前に新品の大型バイクが現れた。
「ジャーン!見やがれ、買っちゃいました!」
「罰金払う現金も持ってないくせに。一括払いですか?」
「野暮なこと聞くんじゃねえ。分割だよ!!もう絶対に大事に乗る。これは趣味車!!仕事には使わん、母ちゃんにも触らせん。メンテも自分でやるし、絶対に無事故を目指すし、どこの工場にも触らせねーよ!なんだ、カワサキか・・・・などとは言わせん!!」
ひとしきり一人で盛り上がったのち、穏やかな笑みを浮かべる。
「まあ、まだ母ちゃんには言ってないんだけどな」
「早く白状した方が身のためですよ。あなたのお母さん、私は知りませんけど」
「車庫が狭くなるから、これ以上増やしたら買い取り業者に電話するって脅されてるんだけどな。来年になってからでいいから、お前も一緒に土下座してくれるか?」
「嫌ですよ。なんで私が」
「頼むよ!!魔王が一緒に土下座してくれたらたぶん永久凍土な母ちゃんの心も緩むはずだから、ナッ!!」
「一人でやって下さい。私の心だってまさに今、永久凍土になりましたよ。私を巻き込まないで下さい。死ぬほど叩かれるがいい」
「こっ、この、魔王め!!」
「魔王ですけど!?何か!?」
自分勝手な言い分に超弩級にキレるミズガシ。人んちの事情に巻き込まれるほど暇じゃないし、同行する必要性はミジンコほどにも感じられない。
「その件に関して私は無関係。死ぬなら一人で死んで下さい。骨は拾ってあげましょう」
「俺が死ぬこと前提で?」
「ともかく移動手段は確保できたんでるから!さっさと行きますよ!で、私はバイク乗ったことないんですが、やり方を教えてくれたらできますから」
「お前一人で乗る気かよ!!乗る気満タンかよ!」
セドリックはぶっ飛んだ。無免許だろ!?と問いたい。
別に、ミズガシに運転させるつもりで用意したわけではない。お母ちゃんにも触らせないって言ったのに、今ここで魔王に奪取されてしまう危機。スタンドを外し、急いでハンドルを握る。
「さあ乗りやがれ!男と相乗りは死んでも避けたい事態だが、緊急事態だからな、俺の法令措置に因って許可してやるぜ!」
「どこにそんな権力が。とりあえずご相伴しますが、あんまりスピードを出さないで下さいよ。お願いしますよ」
「大丈夫!追っ手は振り切るから。国家権力は追い付けない。忍者のように逃げるぜ。ビューン!!」
「そうじゃなくて」
力強すぎる言い分だが、さらなる違反を重ねる気だ。ミズガシは真顔で言い返す。
「私は速い乗り物が得意じゃないもんで、おそらく恐怖を覚えるでしょう。たぶんあなたにしがみつくと思いますが、背骨に気を付けるように」
魔王の腕力、ハンパねえなあ・・・・。背骨がへし折られる前に、口から胃袋とか出るよね。五臓六腑が体外に排出される事態。
ちなみにミズガシの腕力はナキヒトより強い。素手で殴り合ったら、マウントポジションを取られない限り、魔王の方が九割の確率で勝つ。素手ファイトで人類の危機。
ほとんど破れかけた夜の静寂を切り裂き、バイクが駆動音を轟かせる。車体は発進の圧力を軽くいなし地を蹴る。後ろのミズガシを刺激しないように、法廷速度を守って。
「ちなみに耐えられる時速ってどんくらい?」
「秒速三百メートルくらいですかね?」
「時速じゃなくて!?ほぼ音速じゃねーか!!そうと分かったからにはめっちゃ飛ばしてやるぜ!見よ、このスピーディーな加速!!」
「ギャアア!!」
「おうギャアアア!!」
速攻でセドリックとその背骨が悲鳴を上げた。





(2013.8.26)
 
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