捕り物劇でバトル!! 7
えっ、ええーー!!?全員の声が唱和した。兄!?お兄様であられる!?ミズガシはびっくりして叫んだ。
「セドリックの、お兄様であられる!?」
「確かに似てるけどな!!」
ナキヒトもびっくりした。親戚かな、くらいは想像したが、まさか兄とは思わず。セドリックは、いやいや、と手を振って否定に翻る。
「確かに親戚だけど、本当の兄ではねーよ。そんなカンジの関係だってことだよ」
「どっちだよ!!煮え切らねえ、ハッキリしろや!」
「親族だよ!!」
大声合戦。誰であろうと生涯の内で、親族だよ!と叫ぶことはないだろう。どんな状況なのか、こういう状況。
返答を受けたナキヒトは機嫌の悪い顔で唸る。悪そう、ではない、こっちは断言して機嫌悪い。
「どっちにしろ、こいつの狙いは最初からセドリックだ。巻き込まれた俺に謝罪しろ。さあ、土下座マスター!!」
「いっててて!!髪の毛掴むな!」
頭から地にめり込むセドリック、めり込ませるナキヒト。こっちは血で血を洗う関係である。もう見飽きた。日常に組み込まれたワンシーン。
「では、あなたはセドリックの近しい存在なのですね?それには間違いないと」
黙りこくっている男に対し問い掛ける。彼の代わりにセドリックが答える。
「俺の近しい血、名はサー・ロデリック・グローサリア」
とうとう名が明かされた。弟分により暴露された御名。サー・ロデリックの名を冠する男は憤怒で爆発しそうな形相でミズガシを睨み付ける。
「名前も似てますね」
「侮るなよ。序列は俺と同等だが、より古い存在だ」
「と、言うと?」
「俺の伯母さんの息子だ」
接続詞を反芻しながら辿る。セドリックの父の姉の息子。
与えられた説明の言葉の着地点が凍り付く。ナキヒトとミズガシの足元におぞましい冷気が這う。二人は顔を見合わせたまま口パク、声が出ない。
「極北の閣下」 は世界の四辺を司る筆頭である。
過去に臨場した際には、目の前の従兄弟達の比ではなく、何とも比べられる存在でもなく、ナキヒトとミズガシは一瞬の内に無効化された。威圧は凄まじい熱量、真冬の冷気が百年まとめて一点集中で襲ってきてもまだ足りない。骨身を噛みを砕く極寒。その息子ならば名を暴く問いに抵抗できるはずだ。ようやく納得に至る。
ナキヒトも驚く真相、「極北の閣下」 の子。似ているのは当たり前だと今さらながら気付く、血を分けた相似、セドリックの従兄弟に当たる。血筋は正統が過ぎるほど純粋であり、超々要人の身分である。
そう聞いたからこそには、驚愕と共にそれを上回る疑問が募る。
容易に疑問を口にすることも憚られ、ミズガシは今度こそ絶句した。開いた口が塞がらないどころか、再び口を開けない。アサヌマとシロツメと至っては氷の如く硬直し、ナキヒトも無言でミズガシを見返す。
名も知れぬ神が世を乱した?何度も唾を飲み込み、セドリックとロデリックを交互に見やり、永遠と思えるほどの沈黙を要し、ようやく発音に至った。
「な、な・・・・なぜ、そんなVIPが、人界に・・・・」
「そこんとこは俺から話すには及ばん。ロデリック兄貴、頼む。俺にも分かるように教えてくれ」
全員の視線を一身に集め、ロデリックは眉間にしわを寄せ、素っ気なく視線を逸らす。
「嫌だね」
無言のままカタナを振り上げるナキヒト、それを必死で止めるミズガシとセドリック、ロデリックにお菓子やらジュースを差し出して機嫌を取るアサヌマ。みんな一生懸命にワイワイする。
「もうー!!やめなさい!みんな、やめて!怯えてるじゃないですか!」
意外にも鶴の一声、シロツメが場を鎮めた。大鎌が地面に突き刺さる衝撃で、全員が三センチくらい飛び上がった。
「シロツメ、落ち着け」
「いいえ、ナキヒト様。私には分かります。この人が誰であろうと、多勢に無勢で責められて可哀想じゃないですか!落ち着いて話を聞けばいいんです」
一理ある。しかし、最初から話し合いに応じる相手であったら、ここまで話がこじれていない。三話目で終わっていますね。
「さあ、ロデリック様。今回の御業のお心を私達にお話し下さい」
取り成すような優しい口調にもほだされ、ロデリックは一瞬怯んだ表情になる。しかし数秒後にはまたぞろ明後日の方向を向く。
その鼻先にガシャン!!と大鎌の柄が倒れてきた。関係ないセドリックまで飛び上がった。ロデリックも心臓が止まりそうな顔で硬直する。
「あらあら、あらヤダ。ごめんあそばせ!なんで三田さんまで驚いてるんですか」
別に脅しでもなんでもないウッカリ手違いのシロツメは慌てて拾い上げる。そこへナキヒトとミズガシの追い込み。
「小心者だな」
「チキン南蛮ですね」
「いや、ほら!俺達は元々が慎重派だから!臆病とはわけが違うのだよ」
「どう違うんだよ。で、俺達と言ったな?セドリックと対を成す運命の神。お前の正体がやっと分かったぜ」
ナキヒトはシロツメを下がらせ、青い顔のロデリックに向き直る。
「クネヒトルプレヒト。お前の役職名だな?」
さらに名を暴かれたロデリックは弾かれたように顔を上げ、毒がこもる視線でナキヒトを見据える。素性を勇者に言い当てられた今、もはや威力も半減する。
セドリックがサンタクロースなら、ロデリックは裏サンタクロース。
世の理においては、良き子供にはサンタクロースが好ましき褒美を与え、そうでない子供にはクネヒトルプレヒトと呼ばれる者が石炭や動物の臓物を贈る。臓物ですってよ奥様、ホルモンですのよ。
後者に至っては段階が存在し、石炭袋に子供を入れて連れ去るとか、小枝を束ねた鞭で打ち据えるなど、容赦ゼロの行為に及ぶ場合もある。嫌がらせも悪質を超えれば神の所業と成り変わる。
この国では前者の存在が巨大であり、後者はほとんど知られず、もしくは悪鬼にすり替えられることも少なくない。
いい子にしていないとクネヒトルプレヒトが来ますよ、ではなく、サンタクロースは来ませんよ、という方が圧巻的に多い。つまり、当地ではロデリックの存在は無きに等しい。
存在を無き者にされたロデリックは、この地で本来の力を発揮できない。だが、よくもやったものだと感心させられる。壊滅的な所業。主要道路が通行止めになるくらいに。
「元はセドリックと対を成す力ある神だと聞いた。薄れた存在感を取り戻すためか知らねーが、思い余ってセドリックの仕事を邪魔したか。とんだ逆ギレだな」
呆気なく言い捨てるナキヒト。目的を見透かされ、ロデリックは口を噤んだままうつむく。
「ナキヒト、そこまで言う必要はないでしょう。てゆか、「極北の閣下」 の直系子孫ですよ・・・・」
「黙ってろい!!俺なんか石炭に埋められたんだぞ!?」
「私もまさか埋まるとは思いませんでしたけど。笑っちゃいますね」
「キー!!」
怒りの声を上げるナキヒト。勇者とは思えぬ奇声である。
今回の壊滅ぶりは二人も一役買っているので、一方的にロデリックを責められる立場でもない。国道の中央分離帯を壊したからね。他人を巻き込まない名目とは言え、車もたくさんぶっ飛ばした。
地団太を踏むナキヒトはアサヌマに押し付け、ミズガシとシロツメは神々の前に立つ。
「数々のご無礼をお許し下さい。「極北の閣下」 のご子息であることを察することができず、不届きをお詫びいたします」
「私からも、畏れながら従僕が勇者に代わり謝罪を申し上げます」
丁寧な申し上げを受けてなお、ロデリックは無言の態度を貫く。聞いてないフリしても無駄である。そっくりさんのセドリックが横からせっつく。
「ほら、聞けよ、兄貴。こういうのを期待してたのか?違うだろ?」
セドリックも肩身が狭い。身内が起こした不祥事と勇者魔王に挟まれて、強く出られるところがない。そのことを分かっているのか、ロデリックはもにゃもにゃ呻く。
「まずはこっちだな」
セドリックが指を鳴らすと、一面の銀世界が視界を奪い取る。地上に降りた霜が一瞬にして溶け消え、その下から現れた道路は舗装を取り戻し、逆さまの車達は無傷のままタイヤを地に着ける。
破壊の痕跡は露ほども残らず消えた。ミズガシが焼き払った十字路とナキヒトが薙ぎ払った住宅街の一角も戻ったに違いない。桁違いの力の権化。
しかしミズガシは気付いていた・・・・セドリックのバイクは倒れたままキズだらけ、ってこと。私物は範疇外なのか。
なかなか謝らない従兄弟に溜め息を吐き、セドリックが謝罪の言葉を口にした。
「悪いな、ミズガシ。今回の件、お前らは俺達の騒動に巻き込まれたも同然だ。俺から謝るぜ」
「はい!!どーげーざ!土下座!!」
「えっ。三田さん土下座するんですか?みーたーい!!」
「まさかの土下座要請!?」
手拍子で土下座コール。ミズガシの勢いに流されたシロツメもすごい軽いノリで手を叩いている。この期待感、凄まじいプレッシャー。
今日の土下座は終わりですよ!と言っても、ミズガシとシロツメからは期待のまなざしで土下座コールの嵐である。アンコールみたいなカンジで言われても困る。
鋼鉄のワイヤー(工事現場から拝借)でグルグル巻きにされたナキヒトの鬼の如き形相がこっちを見ている。もう、土下座で謝るしかねえ・・・・!!
鳴り止まないアンコールに耐えかねる。本人が直接責められる謂れはないのだが、期待に応えるため、思わず地に両手を付きそうになる。これで満足か!
しかし、腐っても鯛、悪行を犯しても神、ロデリックが従兄弟を止める。
「やめろ、セドリック。すべては俺の責任だ」
「ロデリック兄貴・・・・」
「お前が頭を下げる必要はない。聞け、魔王と勇者の従僕よ」
「はい。なんなりと」
「拝聴いたします」
「今回のことは、ことは・・・・」
『ことは?』
「その、今回は・・・・べ、別に謝ってやらないこともないんだからな!!」
高飛車すぎる謝罪があった。いや、謝ったのか?照れ隠しにも程がある投げやりな口調で言われ、二人は戸惑いしか起きなかった。
「ミズガシ様、今のは謝罪の内に入るのでしょうか?」
「落ち着きなさいシロツメ。きっとロデリック様なりの謝罪なのでしょう。慎んでお聞きするのが下々の領分です」
「そうですね!ロデリック様、私達にはちょっと理解しかねるご高説なもので、もう少し噛み砕いて仰せらてもらえますか?」
「ロデリック様、すみませんがもう一回大きな声でお願いします。クリアな発音で」
「もうやめろー!!やめて!!」
割って入るセドリック、爆笑を堪えて堪えきれずに地面に突っ伏すミズガシ、顔を両手で押さえてしゃがみ込むロデリック、わけが分からずオロオロするシロツメ。
白々しい茶番劇にアサヌマも顔を真っ赤にして爆笑を隠す。その隙にナキヒトが鋼鉄製のワイヤーをブチ切った。
「何やってんだ!!いい加減に、解決の途を見出せよ!」
「だって、ナキヒト・・・・これが笑わずにいられるかってもんですよ。あなたが石炭に埋まった時より面白いもんですよ」
「石炭バカにすんな!!石炭は、重いんだ!!」
石炭は馬鹿にしていない。笑っていないのはナキヒトとシロツメだけ。
まかさロデリックの発言が笑いのツボに入ってしまった者達はさらに爆笑の渦にはまってしまった。箸が転がっても面白い、今は石炭って聞いただけで面白い。犯人のロデリックが民家に忍び込んで、そっと石炭を置いていく状況が嫌でも想像できて、めちゃくちゃ笑ってしまう。
お腹を両手で押さえてヒーヒー笑うセドリック。一文字しか違わないけど、こっちが本物のサンタクロースね。
「も、もうやめてくれ・・・・石炭って聞いただけで腹腔膜が破裂する・・・・」
「破裂しろ。石炭石炭石灰!!」
「最後、せっかいって言っただろ!!おせっかい野郎!」
ナキヒトの対応、地面に転がるセドリックを蹴っ飛ばし、アサヌマをビンタして、ミズガシを勇者の剣(武器名)でぶっ飛ばす。一瞬の内に三人が犠牲となった。勇者の対応とは思えない。
呆然としているロデリックとシロツメ。シロツメはさておき。今回の騒動人に向き直る。
職権濫用、課せられた使命を違え、無差別に人の世を荒らした罪は重過ぎる。郷に入りては郷に従え、この国ではロデリックの付け入る隙はないと言うのに、空気を読まない跋扈は目に余りある。
「おい、テメエ。散々やったことを今さら追求するのも面倒だ。さっさと立て」
車道に散らばる瓦礫を蹴散らしながらロデリックに詰め寄る。冗談のじょの字も通じない強硬な姿勢。腰が抜けたように動けない相手の襟首を掴んで立たせる。
「離せ!!人の世の勇者が出しゃばるな。セドリックの後ろ盾があると思って、大それた気になるな。俺に意見するな!」
「大それたように見えるか?そりゃ勘違いだ。俺は俺のように生きてるだけだからな。どっちかって言えば今現在、セドリックによって迷惑を被っているんだが、お前の目は節穴か。つまり、自分もセドリックと同じくらい権力を持ってるって裏返しの自慢か?」
ずばずば言い返され、ロデリックはぎぬぬと呻く。悔しい歯軋り。
確かにセドリックと勇者魔王は知人関係にある。だが友達ではないし、上下関係もない、お金の貸し借りもないし、言いたいことはハッキリと言う。どちらかと言えば、セドリックが気安く話し掛けてくる時点で、二人と同じラインまで下がってきている。
いや、ホントにお金の貸し借りはないよ。ファミレスでの支払いはセドリックに押し付けられたが、迷惑料としてシャンシャン。トルネードサンダーパフェだっけ?あれが1800円も取られるとは思わなかったけど。
神の威光を嵩にかけて居丈高に出る者は自滅する。遅かれ早かれ気付かされる、己は神の寵愛を受けてなどはいなかったと。いたずらに身を貶める者達をナキヒトは過去に何人も見てきた。庇護者と思われた神に絶対の保証はなく、遊び半分に無責任な援助交際を人相手に持ちかけたに過ぎない。
よくも悪くも、悪い方向で、このロデリックは真面目すぎる純粋な意思を強硬に持ち続けている。かつての力を取り戻したところで、自身の返り咲きに有頂天になり、不良な人間に引っ掛かって利用されるのがオチだ。高位かつ老獪な神でなければ、人間はいくらでも神の上手を逆手に取ってくる。
ナキヒトは鼻から溜め息を吐く。もはや自分はどうこうできない、天上の世界に突き返す必要がある。
「頭を下げて済む話じゃねえ。謝る相手が俺だけだと思うなよ」
謝罪の対象から私が外されてるなあ・・・・とミズガシは思った。あと、近隣住民へのお詫びも。町内会長が今や遅しとこぶしを握っている。
勇者の睨みに気圧され、ロデリックの顔が引きつる。泣く子も真顔になる低音の恫喝。それでもロデリックは負けず、反論できる口は残っていた。
「俺は間違っていない。必ずや全土を掌握し、失った権力を取り戻す。お前に俺の気持ちが分かるか。神だと称号を受けながら、力を削られ、のうのうと生き延びる惨めな体たらくを晒す。耐えられるものか」
「威勢はいいが、物事のやり方を間違ったからには、この先は辛ェぞ。承知済みか?」
「も、もちろん分かっている・・・・」
「覚悟はできてるな。クネヒトルプレヒト、サー・ロデリック。誠意と信頼を取り戻すには一万年かかっても足りないと知れ」
冷酷な視線、まともに喰らったロデリックは目を逸らせずに見返してしまう。
魂の底を映し出す炎が眼球にひらめく。永劫に渡り炭火のように熱を失わない焼け糞。日常の素行が悪くても不良でも、腐っても、ナキヒトは生き続ける限り勇者なのだ。
爆笑の渦から脱したアサヌマが駆け寄り、ナキヒトに耳打ちする。上申を受け取った次第、掴んでいたロデリックを地べたに放り返す。
「聞け。テメエに懸けられた首捕り賞金は清算された。魔女の箒を奪還したハンターに対し滞りなく支払われた。まだ書類上でのやり取りではあるが、命拾いしたな」
首が繋がった結果を言い渡され、本人は信じられない様子で魂が抜けている。口が開いている。締まりがない顔に対し、ナキヒトは舌打ちを吐き捨てるが、張り詰めた空気がしばし緩まる。
一番ホッとしたのはミズガシ。四辺の神の一親等に致命的な危害を加えたらタダではない済まない。ナキヒトはさも残念そうに付け加える。
「俺がやらんでも、いずれは魔女の刺客か魔女自身がケリをつける。魔女を敵に回さずに済んでよかったな」
「ホントにな。親父が魔女をナンパしたら袋叩きにされて、半年くらい帰ってこなかったんだぜ。帰って来た後も、母ちゃんに三日間しばかれた」
「そのエピソード、永遠にご家族内で留めておいてもらいたかったですね」
家庭内の騒動を披露するセドリック、しかし世間に及ぼす悪影響が甚大なので秘匿扱いにしてほしい。ミズガシは聞かなかったことにしようと思った。
「だってええ、うちの母ちゃんも酷いぞ!?俺達には散々しっかりしろって口うるさいクセに、伯母さんとか遊びに来ると人が変わったようにニコニコするんだよ。外面よすぎるんだよ!俺には小遣いくれないのに、兄貴にはやるんだよ。いわゆる、家庭内暴力?」
「親戚付き合いじゃないですか?お父さんのことは知りませんが・・・・。てゆか、アナタが早寝早起きすれば済む問題じゃないですか?」
「さすがミズガシさん、的を得てらっしゃる。でもな!早寝できるけど、早起きがな、難関だよな!オフシーズンはゆっくり寝ても責められなくね?できれば八時まで寝たい。あわよくば昼まで!」
「七時には起きろい!!」
ナキヒトの飛び蹴りがセドリックの後頭部に刺さった。堕落した生活サイクル、夜九時に寝て朝六時に起きる勇者の逆鱗に触れた。
「今、何時だ!!日付け!」
瓦礫に埋まる堕落者はさておき、ナキヒトはアサヌマに怒鳴る。
「今、十二月二十四日の午前一時半です。もう日付けを跨いでいます」
「マジか。俺はもう寝る。ロデリック!!」
「はひぃ!!」
返事の声が裏返って、はひぃ。勇者の怒気に晒され、強気が引っくり返って及び腰になっている。
「この場の決着は俺が預かった。ロデリック、テメエはセドリックを手伝え」
勇者が命ずる。はへっ、と呟いたロデリックは理解が及ばない。
「そのとーり!!いい考えだ!」
セドリックが膝を打つ。長引いた座談会に終わりの兆しが見え、突飛な提案に喜んで飛びつく。他にいい考えは浮かばないので代案は出せない。どうだと問われ、ミズガシも頷く。
「いいんじゃないですか?ロデリック様が納得されるかは別として、これ以上は私達が口を出すところではないと思います。あとはご自由にどうぞ。てゆか、もう帰りたいんですけど。帰っていいですか?」
「はい、魔王直帰!!あとは俺達で片付けておくから、全員おうちに帰りなさい」
謎の権限で以て直帰命令を言い渡すセドリック。分厚い袖を捲くり、北欧製の平たい腕時計が覗かせる。魔法の文字盤は各地の時刻と情勢を細やかに示すが、セドリックにしか読み取れない仕様。持ち主は芳しくない進行状況に渋い顔をする。
「押しまくってるな。兄貴、手伝ってもらうってことで、ここは手打ちだ。それでみんな幸せになれる」
「お、お前、何を言ったのか分かってるのか?俺は・・・・」
「この際、兄貴が何者だろうと関係ねえ。だってホントにもう時間がないもの。正直言うと、梱包作業まで終わってないんだよおお!!」
それを聞いたナキヒトとミズガシは早々に退散の構えを取る。自分達まで作業に巻き込まれたら、年末まで穏やかに過ごせないかもしれない。
今年、プレゼントがむき出し状態で配られる惨事もありうる。受け取った子供達が、流行りの簡易包装ね、と理解してくれたらいいんだけど。でもイベント感は台無し。
「せめて熨斗紙は!!礼儀として赤熨斗は付けて枕元に置こう」
これがセドリックの精一杯。子供相手に赤熨斗はないだろうと思われる。堅苦しいんじゃないかな。
想像してご覧よ、裸のぬいぐるみに直に捲かれた熨斗紙。義理以外のなんでもない。手抜きすぎんだろ!と、クレームの嵐が目に見える。
「今年はサンタクロースが二人いてもイイじゃないですか。二倍おめでたいってことで」
「そーですよロドリック様、頑張って下さい!ナキヒト様も水に流すと言われてますし、今年は世界のために三田さんになってあげましょう」
「サンタクロースな。魔女の方も穏便に一件落着しました。これ以上の咎はお受けにならないと思われます。あとはロデリック様がよきに御計らい下さい」
上から、ミズガシ、シロツメ、アサヌマ。その肩をセドリックが掴む。
「よかったら君たち、梱包のバイトしない?」
「さあ帰りましょう」
「さよなら三田さん」
「オサラバです」
「ダメェエーー!!帰らないでー!!」
引き止めるセドリックから無情にもさっさと立ち去る三人。そこまで甘えんな。
喧騒極まる周囲とは別に、手伝いを申し渡されたロデリックは根が生えたように動かない。拒絶ではなく戸惑いである。
固まっている目の前をナキヒトが通り過ぎる。カタナを担いでいる風体は疲れを見せないが、照明の下では顕わになり、三日も山で遭難したみたいにあちこち擦り切れてボロボロだった。
ミズガシ達に続こうとしたナキヒトは足を止める。ビクッとしたロデリックを振り返る。
「テメエは今回、行動して苦労して働いた割に、何も見返りがなかっただろ。何も変えられなかった」
「・・・・貴様に言われるまでもない。この期に及んで愚弄する気か」
ズバッと言われ、毒の視線で見返す。乾いた空気が歪む。ナキヒトは怯むどころか、向かって一歩ほど近付く。
「自分の意思で一個変えるってことはそういうことだ。難しすぎて理想が手に届かない。諦める方が早い。やるならもっと綿密に、派手にやれ」
「何が分かる!!幼稚だと、笑いたければ笑え!!言われるまでもなく、何度邪魔しようと、俺は何度でもやってやる!!」
「いや、笑えんな」
怒号に揺れる空気を鼻息で吹き散らす。煙草に火を吐けながらロデリックを見つめる。
「やり遂げるまで何度でもやれ。名誉挽回には下積みが必要だ。ま、頑張れよ・・・・。俺はもう諦めた」
「・・・・?」
「今日の失敗を過小評価するな、己を貶めるな。いろいろ言ったが正直、テメエの行動力には恐れ入った。久しぶりに参った。そこのチャラチャラしたヤツとは段違いだ」
「俺のこと?」
ご指名入りました、チャラいセドリック。早寝早起きすればいいの?
ナキヒトは左手を挙げ、動作にびっくりしたロデリックの肩を叩く。
「今日くらい多めに見て手伝ってやれ。下らねえガキはしばいても許す。それが役目なんだろ、ロデリック」
殴られるかと思った。極度の緊張状態から解放され、思いがけずの脱力、ロデリックは膝から崩れ落ちる。自分を支える棒が横からへし折られた気がした。
張り巡らした回りくどい奸計が暴かれ、張り詰め続けてきたきな臭いテンションが瓦解し、脆い虚勢と成り果てる。白紙に戻ったと感じざるを得ない。やり遂せるまで何度でもやってみろと発破を掛けられる。よりにもよって、勇者による暴言。
勇者の使命は、世界全土すべての悪性を担う魔王を屠る、神からの使命に後ろ暗いところなど微塵たりともない。そこに勇者が口を挟む余地はないし、ロデリックの目から見ても、栄誉と大義が満載された誇りある身分に他ならない。自分とは比べものにならない。
勇者の責務は善なる行い、魔王を倒す以外に道はない。道から外れたすべての些細な行いは生産性のない愚行、何にも付かない怠慢なる消費。彼が享受すべきは平和な世を長々と生きる泰平ではなく、己の牙を魔王の血で洗う指し違いの破滅である。なぜ職務を回避する平坦な生に甘んじる?
もう諦めた、その意味は分からなかった。なぜ託すようなことを言う?純粋なる疑問を込めナキヒトを見返すが、答えはなかった。
交わされる言葉がないまま、沈黙と重なった冬の大気が軋むほど底冷えを増す。失った熔鉱炉の袋は修理できるが、冷気の中に散った灼熱は夜空に吸い込まれた。
地に膝を付くロデリックの肩を叩き、セドリックが控え目に促す。
「兄貴、行こうぜ」
ノロノロとした動きで立ち上がる。その様を確認したナキヒトは歩き出し、煙の奥で素早く片目を瞑り、焦げたシャツのまま、散歩にブラつくような足取りで去って行った。
(2013.9.6)

