捕り物劇でバトル!! 8




「やー、今回は甚大な被害を与えてしまって、ホントに悪かったな!」
大晦日、ナキヒトとミズガシの前に現れたのはセドリックの方。サンタクロースの方ね。
本当に心の底から深く反省して悪いと思っているなら、今のような上辺だけの口調であるはずがない。誠意ゼロと判断。呼んでもいないのに現れた人物を一瞥し、二人はベンチの上に盤面に視線を戻す。
「やめろよミズガシ、斜め移動は禁止だって言ったはずだろ・・・・」
「いえいえ、むしろ斜め移動を導入したら白熱するって言ったのはナキヒトじゃないですか。よっしゃ、王手!!」
「いや、これは影武者!!」
「今日は影武者ルールなし!!」
横から邪魔するセドリック。はさみ将棋に没頭する二人の頭頂部に、チョップ炸裂。ガツーン。(炸裂音)
やられた勇者の対応 : セドリックにツバメ返しチョップ。
同じく、魔王の対応 : セドリックにドロップ・ニー・キック。
(詳細は各自ご想像下さい)
勇者と魔王より容赦ゼロの返り討ち。セドリックはドターンと後ろに引っくり返る。
「一対二じゃねえか!!痛すぎて返す言葉もねえ!!」
「言ってんじゃねえか。こっちもいろいろ言いたいことは山ほどあるが、一言でまとめられん。ということで、どうぞ」
「よくもノコノコと現れたな。覚悟はできてるんだろうな。ということですね」
「そういうことじゃないんですよ」
どうぞ、と発言を預けられたミズガシより、キッツイ一言。土下座じゃ済まない予感。


偽サンタクロース、ロデリック事件から一週間が経ち、クリスマス業務は滞りなく行われた。
よくもこんなきついスケジュールで世界全土をカバーできていたな、というセドリックの仕事。分刻みで押していたタイムテーブルは破綻するだろうと思われたが、ロデリックの手伝いのおかげなのか、クレームの一つもなく完遂できたようだ。
通常業務に戻ったナキヒト達は関わり合うこともなかったが、話は聞こえてきた。
良い子には素敵なプレゼント、そうでない子供には枕元に石炭。後者は半泣きを越えて絶句。本当にクレームなかったの?重工業に携わらない限り、現代っ子は石炭とか生で見たことがない。平成の世はエコキュートですよ。
まったく関係ない話だが。石炭を用いる工業から排出されるCO2の削減技術は革新の段階にあり、精錬業界は一昔前より遥かに環境へ配慮している。石油と等しく必要な燃料物質、用途は異なるが、触媒効果として純粋に燃料として扱われる時代はとっくに過ぎた。ターミネーターが落ちた熔鉱炉でもふんだんに使われている。
ちなみに2の方ですよ、映画の。サラ・コナーが肉体美を見せ付ける方の。


「今回は本当に迷惑をかけた。兄貴も仕事ができたことで、少しずつ力を取り戻したみたいだ。お前達には侘びよりも礼を言いたい。が!!今の仕打ちでそんな心は格段に薄れた!!」
出会い頭に踏んだり蹴ったりのセドリックは怒り心頭。勇者と魔王に反撃もらってボロボロのボロちゃん。
指パッチンしたら、勇者と魔王まとめて即死に至らしめるが、その前にボッコボコにされるだろう。あと数時間なのに、年を越せない。
「俺は気にしてない。お前らの問題だろ」
「そうですね。町内会長には説明しておきましたよ」
「会長からキラカードもらったし。昭和の時代の最高傑作だぜ」
「私も最初は興味なかったんですが、非常に保存状態がよろしいですね。キラキラしてますね。これ、シールになってるんですか?」
「剥がすなよ!!絶対に剥がすなよ!!」
「少しくらいならよくないですか?ロココのシールの下、見たいんですけど・・・・」
「やめろ!死ぬ直前に一回くらいなら許すが、今は許さねえ!」
「いつ見るの?今でしょ」
「さり気なく、この、剥がすなバカ!!ハゲ!!」
「この私に向かってなんという禁止用語!!」
思いっきり蚊帳の外になっているセドリック。二人は本気でシールに夢中なので。セドリックは最終手段を取り出した。
「おいナキヒト・・・・これなーんだ」
針なしステープラー。(文房具屋さんでお買い求めになれます) ナキヒトは素早く奪い取り、小さな文具をためつすがめついじくり回す。
「おお、こりゃいいや。発想も凄いが、耐久性が何より・・・・」
「ロデリック様の処遇はどうなったんですか?」
「お咎めなしに決まってんだろ」
ミズガシの問いに肩を竦める。溜め息は零下の中でも濁らない。
「そうですか。よかったような、そうでないような」
「伯母さんの息子だってことを差し引いても、お上にしたら取るに足らんスキャンダルに過ぎない。魔女の方も、酔い潰れてるところを狙われたなんて、被害者ヅラしておおごとにしたいワケがねえ。今回は双方のメンツを立てる」
「なかったことにする、ってことですね」
「いちいち取り沙汰にしてたら、世界中が火の海だ。対岸の火事だと思ってやり過ごしてくれ。まあ、火の粉が降りかかったお前らには災難だったな」
「私達はどうってことはありません。ただ、ロデリック様のご心境を汲み取ると、やりきれない気持ちになります」
何も変えられなかった、ということ。ミズガシは沈痛な面持ちで呟き、セドリックは無言で頷く。
身一つで長年溜め込んだ気炎を上げ、ここぞとばかりに蜂起したつもりの行動だったが、たった一晩で無に帰された。折れた意気を思いやれば、巻き込まれた怒りよりも同情が先行する。
覆すには難しすぎる理を突き付けられたロデリックの心は痛いほどに分かる。
セドリックは正統な継承を以て父親の仕事を受け継ぎ、従兄弟のロデリックは対を成す仕事を担い、二人は併せて一つの役割を形成する。
前者の職務が盛行し、後者の職務が衰退する。あってはならない不均衡である。しかし世界はその不均衡を許容した。己の存在を蔑ろにする世界を憎む心は誰にも責められない。その心をなかったことにされる世界は果たして正しいのか、壊されて当然なのか、ミズガシは正解を見出せない。セドリックもまた、はっきりとした鉄槌を下せず、誰一人としてロデリックを導けない。
真正面から立ち向かった者はナキヒトのみ。ロデリックが世界に向けた憎悪を身一つで受け止めた。
「ナキヒトは過去、善き勇者でした。今は単なるチンピラですが」
「そこまで言うのか」
「世界の望まれた人類の良識であった。心が折れた者の失墜は理解できるでしょう」
「心が折れてもやり直せる。ロデリック兄貴は諦めちゃいねえ。俄然やる気だ。それに何より、ナキヒトの折れた 「勇者の剣」 はお前が預かっている。地獄の釜で打ち直している。そうだろ?」
噛んで含めるような物言い。ミズガシはセドリックを見る。地獄の王の目に獄炎がチラつく。灼熱の閃き。
ナキヒトが持つ現在の 「勇者の剣」 は二代目。
勇者が人を斬った瞬間、初代の剣は自ら砕け散る道を選んだ。夜宵竜の外殻と切り結んでなお刃毀れしない刀身が真っ二つに割れた。斬られた人間は魂に勇者の呪いを刻まれ死んだ。
折れた勇者の剣は魔王に預けられ、修復の途を辿る。溶岩の海で再びの溶接を拒み、受け入れながら、薄衣で岩を撫で削るように果てのない行きつ戻りを繰り返す。掃き清めた砂埃は再び舞い落ちる。
「俺がステープラーに夢中になってる間に何喋ってるんだ」
「いいえ、別にー。ナキヒトが昔はいい勇者だったなって、思い出話ですよ」
「お前も昔は悪くて人の家とか壊してたよな」
「そんなことしてませんけど!?犯罪行為を!?」
「さすが魔王。やることがケタ違いだよな、この前の器物損壊」
「黙らっしゃい!水道管とガス管ぶっ壊した本人達が!!」
三人揃って数日前の破壊模様をボンヤリと思い出す。セドリックが責任を取って直したが、警察と消防と地域住民に平謝りした。いい思い出ではない。
あの瞬間、三人揃って土下座マスターとなった。セドリックが一番輝いていた。さすが神の土下座、一味違う。
おかげでこっちもギリギリ許してもらえた。今度やったら機動隊が出ると脅された。社会的に肩身が狭い。夜中に駆けつけた市長が惨状を目の当たりにし、三回くらい気絶したらしい。市長がんばって!次期選挙もがんばって!
「過去も現在も、俺は今もいい勇者だっつーの」
「今年の夏がピークでしたね」
「何やったんだ?」
「バスの営業所で大荷物を抱えているご老人を助けた。ちょっと鞄を持っていてやるつもりが、そのばあさん、俺に預けてること忘れてバスに乗って行っちゃったんだよな」
「追いかけたんですよね。次のバス停まで」
「お前、めっちゃいいヤツじゃん」
「そう。でも高速バスだったもんで、県境まで越えて、牛タン食って帰ってきた」
「お前、めちゃくちゃ頑張りすぎじゃね!?自力で追いかける前にバス会社に頼むとか、あるだろ!徒歩で!?びっくりするわ!!」
「シロツメが出張で不在だったからな。直線距離で行けばそんなに時間は掛からなかったぞ。終点で待ち構えて老婆に荷物を返却し、俺は牛タン食って帰ってきた。新幹線で」
「牛タンの話はもういい。お前が心優しい勇者だってことは分かった。牛タンが好きなことも分かった!!」
「私もお土産もらいましたよ、牛タンの。せっかくなので七輪で焼いて」
「七輪いいなあ!!で、俺には?」
「夏の話だよ。お前はオフシーズンだっただろ。まさか、年に二回も会うとは思わなかったぜ」
今が二回目。一回も見ない年も珍しくない。ナキヒトは素っ気なく言い放つ。
「お前は与える側だろうが。要求してんじゃねえよ」
「はっはー。俺だって無差別に与えるわけじゃねえよ。自分の部屋も掃除してないようなガキの処には行きたくねえ。暗闇で、プラモの部品かBB弾とか、何か硬い物を踏んだ時の痛さ、分かるか!?マジ絶叫」
その絶叫で家の人全員が起きてくる。裸足なのかサンタクロース。土足であっても困るが。不審な足跡が残る。
「せめて入り口にスリッパを用意してくれたら、俺は文句を言わない」
「自分で常備していけよ」
「安全靴で行けばいいんじゃないですか?」
「人んちに忍び込むのに安全靴って。工事現場かよ。俺は一応、靴は脱ぐよ」
「そんでBB弾踏んで阿鼻叫喚だろ」
「俺は一応、リサーチするよ。片付いている家にしか入らないことにしてる。スリッパが用意されていて、ウィスキーとつまみが用意されている家にしか入らない」
「注文の多いヤツだな」
「大体よお、当日限りでいい子にしてるガキに優しくする必要があるか?年下には興味ない。俺はむしろ、クリスマスイベントに向けて張り切って準備したのに、この膨大な努力に対して顧みもない子供や夫にはいい加減疲れたわ・・・・っていう年嵩の人妻と遊びたい」
「お前の言う人妻のほとんどはテメーより年下だよ。滅びろ」
「世界中の人類に謝罪すべきですね。どーげーざー!」
「全家庭に謝れー!土下座マスターの意地を見せろ」
「人妻ほど心惹かれる人種はないだろ!?」
土下座コールするナキヒトとミズガシに対し、今世紀最大に力強い反論。この国でなかったら蜂の巣にされている。神とか関係ない。
「この国で言ったら、礼節よりもイベント色の方が強いんだからな。手っ取り早い話、動くカネの量が力になる。時代はとっくに変わってる」
「百年一昔ってか。引退するには早過ぎるぞ」
「引退したくても跡継ぎがいねーんだよ。なんでかって?俺が遊んでるからです」
「己の生き様を分かっているなら、さっさと身を固めたほうがよろしいんじゃありませんの?」
「そうですのよ。さっさと母ちゃんを安心させろよ土下座マスター」
「黙らっしゃい!」
勇者と魔王からの波状攻撃。責められたセドリックはガッ!と逆ギレする。晴れの冬空に雹が降り注ぎ、局所的に荒れ模様。
「俺は死ぬまで遊び心を忘れたくないから!お前らみたいに魂がリサイクルしないから、この生涯に人生一本勝負を賭けてるんだよ」
「私達だって好きでリサイクルしてるわけじゃないんですよ。ああ、でも、何回人生を繰り返しても将棋のルールが覚えられないんですよね・・・・」
「ホント、難しい。だからいっつも挟み将棋か崩し将棋なんだよな」
「なんていうか、二人共、頑張れよ!!」
セドリックからの激励。自分だって将棋のルールは知っているのに。
上記の二つ、ルールに関しては曖昧だが、異常に卓越した技術を持っている。ナキヒトは影武者ルールを用いたら右に出る者はないし、ミズガシは崩し将棋のプロであるため、一手に付き四つ五つは普通に奪う。
降り切った雹雨を収め、セドリックは一息吐く。物憂げに曇り空を見上げる。
「兄貴と同じこと言うわけじゃねえが、土地によっちゃ調子が狂う。俺も、最盛期に比べたらよっぽど衰退した」
その当時を知る二人は目前とする。温暖化の影響もあるのかもしれない。極寒の地が拠点のセドリックには辛いだろう。
しばしの沈黙。
ナキヒトは将棋盤を横に押しやり、ベンチに座り直し、煙草に火を点ける。
「お前がどう思ってるかは知らねえが、今ある仕事を仕上げるまでがお前の役目だろ。ロデリックも同じだ」
「まあ、兄貴もお前には思うところがある、と俺は思うがな。ってことで、今回はシロツメに用があって来たワケよ」
「シロツメに?上にいるな」
「よしきたホー。呼んでくれ」
ナキヒトが空を仰ぐと、応えた部下がタイムラグなしで地上に現れる。ドオッと地面の雪が吹き散らされる。
白いロングコートに黒髪と大鎌の対比を閃かせ、シロツメは一礼と共に立ち上がる。
「ご機嫌よう、三田さん。お仕事は終わりましたか?」
「おかげで滞りなく終わった。この前は迷惑かけたな。許しを乞うためにやってきた」
「そんな、とんでもないです!」
慌てて首を横に振るシロツメの後ろで、よく言うぜ、とナキヒトが荒く煙を噴き出す。どこか別の国でやってほしかったのが本音である。
セドリックは思い出したようにアサヌマの名を挙げる。今回の件に勇者が絡んだことにより、魔女との折衝のために北欧へ飛んでいる。つまり不在。
魔女は勇者と利害を擦り合わせる集合体ではないが、奪われた箒を取り返す働きが認められ、現在のところは感謝状を贈ろうかという対応らしい。別段に悪い方向には行かない。実際に動いた賞金稼ぎのメイコが無事に所有者へ箒を返却済み。
「アサヌマは後にするとして、今回の功労賞!!敢闘賞!シロツメさん、あなたに何か一つ贈り物をあげましょう。好きな物言ってみろ!なんでもやるぞ!」
「あ、俺は百万円」
「私も百万円ほしいです」
「黙らっしゃい大人どもめ!!俺はキャッシュは扱わねえ!」
いきなり現金を要求する勇者と魔王に、ダブルチョップ。そういう夢のないものは自分で稼ぐか宝くじで得て下さい。
「今回やるのはアサヌマとシロツメだけだ。俺と兄貴からのプレゼントだ。まずはシロツメの希望を聞こうか」
「い、いいんですか?ナキヒト様?」
「おう、なんでも言ってやれ。無茶ぶりしてやれ。お前は十分に働いた。見返りを求めても分不相応じゃねえ」
「そうですよ。ロデリック様を止めるために、シロツメはとてもよく働いたと思います。一億円とか言ってもいいんですよ?」
「いや、一億円はムリ。現金と電子機器以外で頼むぞ」
「ええっと、どうしましょうか。悩みますね・・・・」
考えながら、シロツメは上司とセドリックを交互に見る。なかなか決まらない。
悩むのもしょうがない。シロツメはナキヒトによって造られた従者であり、自身の願望を抱く心は希薄、上司に促されても容易に要求できない。
一見、自己主張が激しく派手な立ち振る舞いが目立つが、魂は傍仕えとしてナキヒトから独立するところではない。生爪のようなもの。高等な自律を持つが、独立を望む意思を持たない。だとしても、人工物が悩み惑う感情を見せる姿は精度の高さを窺わせる。
大仕事を与えられて慌てるシロツメに、セドリックは分厚いカタログを取り出す。引き出物とかに使うやつね。
「なんでもいいんだぞ。現金と電子機器以外だったら、世界地図を書き換えることだってできる。それくらい今の俺でも可能だ、ラクショーだっつーの」
「やめろ」 ドスン。
ナキヒトの鉄槌がセドリックの頭に落ちる。勇者の剣 (切れない側) がいい仕事を見せた、世界を守った。
「いってーな!!冗談だよ、冗談!ショックでつむじが移動するぞ」
「してしまえ。上段でお前の首すっぱ抜くくらいワケはねえ。一回死んで生き返ってみるか」
「お前は昔からいちいちウルセーよ。で、シロツメ。決まったか?」
「あの、それでは・・・・私個人のお願い事ではないんですが、恐れながら、ナキヒト様に防寒具をお願いします。だって、すっごく寒そうなんです」
その言葉に、ミズガシとセドリックはハッと気付いた。この人は、半袖。
違う意味での冷たい視線を浴びるナキヒト。黒シャツの背中に白抜きで「蝉」の漢字。しかも妙に上手な毛筆デザインで。
なぜ蝉・・・・禅かな?と思ったら、セミ。なぜ冬に蝉をアピールしている。
「半袖もヤバイが、なんで蝉!?」
「なんで、って。店で買う時、たたんで置いてあるだろ?帰ってから広げてみたら蝉だった。それだけだ」
「買う前に広げて、見ろよ!」
「ナキヒトは時々おかしいんですよ。別に驚くほどの蝉じゃありません。昨日は 「eat in」 って書いてあるシャツでしたし」
「そうなのでしたか。逆に見てみたいよな、ドライブスルーとかで。テイクアウトと対になってる商品なのか?でなければ俺は許さねえ」
「そこは許せよ」
「だけど半袖は確かに寒すぎます、視覚的な暴力。この人は雪山でも半袖でした」
「俺は寒くねーよ」
「見てる方が寒いんですよおお!!」
だって勇者だから。逆に、真夏にガマン大会レベルで着込んだとしても汗一つかかない。体温調節が凄いですね、としか言い様がない。
逆に、ミズガシは防寒対策を怠らない。セーターの上に分厚いウールのコートとマフラーと毛糸の靴下。靴も履いてます。
年中が灼熱の地獄出身の性質から来たす当たり前の反応であり、低温や氷は御法度、雨の日は外に出たくない、湿気も嫌う。低気圧が近付くと頭痛や関節の痛みを訴え、晴天時は日傘 (雨天両用) が手放せずUVカーット!!
上記の注意点から察するに魔王はとても弱い。コンディションが気象に左右される。
環境の変化で死ぬことはもちろんないが、ミズガシの我慢によって勇者対魔王の絵図が維持されているのだ。戦いの半分は魔王の優しさと耐久によってできています。
「だから、ミズガシ様のお心ためにもナキヒト様に防寒具をお与えしたいんです!マフラーでも手袋でもいいんです」
度重なるシロツメからの訴え。ナキヒトはジーンズのポケットから軍手を取り出した。速攻でミズガシに叩き落された。それは防寒具と言わない。
「街の人達もナキヒト様を見かける度に、ヒイッ!って顔になるんです」
「ああ。それは俺も分かる。なんでこいつ、真冬に半袖なんだろう、って思う。落ち着いてみたら、俺もヒイイ!ってなる」
真顔で答えるセドリック。真面目に考えてしまう、この人は一体どんな寒冷地から来たんだろう、って。マイナス温度すら生ぬるく感じるのかって。
極寒の土地で暮らすセドリックも分厚いボアコートを着ている。足元はゴアテックスのブーツ。なんとめんどくさいことにバイクに乗る時は履き替える。本人が面倒だと思わっていないところがめんどくさい。
「では、シロツメの望み通り、お前には上に着る物をやろう」
「重ね着すると肩が重たいんだよ」
「バッカめ!安モン着たらそうなるんだよ。俺が今着てるのはいいぞ。同じヤツやろうか?」
「そんなダッセェ上着いらねーよ」
「このやろう!!十五万もしたんだぞ!?円で!」
「値段は言わんでよろしいです。着るのが嫌なら、毛布でも頂いたらいいじゃないですか」
「そうか!こうしてやる!」
ミズガシの助言に従い、セドリックは毛布を投げ付けた。頭から被せられるナキヒト。
「ナキヒト、海難事故で救助された人みたいですね」
「オホーツクで溺れた時を思い出すぜ」
「ナキヒト様、とてもお似合いです」
「お前には毛布がお似合いだぜ。しかし北海で溺れる状況って、どんな状況だ」
三人には意外とウケがよかった。しかしセドリックは想像が追いつかない。
勇者と魔王の戦いは周囲への被害を免れないので、人気のない場所を選ぶとしたら海のど真ん中が好ましい。ただ、これって流氷かな?乗れるかも!と思ったら乗れなかった。そういう状況だった。
その時はナキヒトだけ海に落ちた。自力で大陸まで泳いだ。ミズガシは通りすがりの漁船に乗せてもらったので無事に済んだのだった。大量のカニと共に過ごした三日間。
ともかく、シロツメの望みは叶えた。アサヌマの方は来年になるだろうから、お手紙でも送ってもらう方向で。住所なし・サンタクロース宛で届くから。
セドリックは極寒の溜め息を吐く。
「これで兄貴にも申し訳が立つ。シロツメ、お前にゃ感謝してる。アサヌマもだが」
取って付けたようなアサヌマの名前。
「お前達の働きがなけりゃ、兄貴はどこまでもぶっ壊した。勇者と魔王に直接やられちゃ角が立つからな。兄貴もムキになるだけだ。歯止めが必要だったんだ」
「そ、そんな。滅相もありません。私はナキヒト様の指示に従うのみです」
「だとよ。いい部下を持ったな」
「口出し無用。用事が済んだらサッサと帰れ」
「なんだと蝉シャツめ」
「早く帰らないと怒られるんじゃないですか?よい年越しを、土下座マスター」
「頑張れよ土下座マスター」
「うるせー!!今帰るよ、ハイ帰りますよ!じゃあね!!」
ネタを蒸し返されて激怒リック。徒歩で駅の方角に向かう。また駐禁を切られたのか。
「バイクはどうしたんだ」
「車庫にあるよ。あれはプライベート用だから。仕事用は、やっとこ取り返して、車検に出してる」
御用納めのオフシーズン。その黒いクラシックバイクは駅前で無断駐車して国家権力に徴収されたのだが、ちゃんと取り戻したらしい。法に則ったやり方だと信じたい。
で、今日は電車で来たのか。前例から考えて賢明な移動方法。違法行為の件で、お母ちゃんから干乾びるほど油を絞られたに違いない。
徒歩に同情はしない。ミズガシはロデリックを思い出す。
「ロデリック様は魔女の箒を扱うことができたんですよね。魔女以外ではそうそうできませんよ。ある意味、才能ですね」
「魔王のありがたきお言葉。お前が褒めてたって伝えとくよ」
「別に褒めたわけでは・・・・。あれほどの力を持ちながら、衰退せざるを得ない事情がお労しいのです」
「諸行無常、盛者必衰の理、ってことだろ」
「いいえ、ナキヒト。時代はあまりにも速い。私達はとっくに置き去りになってるんですよ。私達は世に生かされる存在になりました。勇者と魔王は必須の存在ではない。その方がいいかもしれないです」
「寂しい物言いだねェ。お前らはもうちょい頑張るべきだ。ロデリック兄貴を見習ってな」
やり取りを聞いたシロツメが不安げにナキヒトを見る。ナキヒトは口を挟まない。
吸い差しの煙草を踏み潰し、カタナを取り上げ、ベンチから立ち上がる。雪が降ってきた。昼の十二時チャイムが聞こえてくる。
今回の件は片付いた。この街で、国内で、ロデリックが跋扈できる余地はなくなり、勇者と魔王によって働き口を奪われた。世界全土を制限なく飛び回るべき彼の領土を踏みにじったにも等しい行為を働いた。
それなら、もう一度の反逆を起こすしかない。一度のみならず、二度三度、気が遠くなるほどのボヤを起こしながら、権威復権への道に賭けるだけだ。報われる日はロデリックしか知らない。
少なくとも、勇者に関わらなければミールの狙撃は免れる。ロデリックは学んだ。
「あいつもバカじゃねえ。今度は少しうまく立ち回るだろ」
「はは。兄貴は俄然やる気を起こしてる。発破をかけちまったな」
「まずいことがあるか?いい兆候だ」
「そうか?」
セドリックとしては簡単に頷けない。
ロデリックの挑戦が新たな火種を生み出すことを恐れる。次回は本当の懲罰が下るかもしれないからだ。
ナキヒトは軽蔑の視線を送り返す。外野がとやかく言うことはない。
「一回の失敗でびびってんじゃねえよ。立場を弁えろ、ロデリックの問題だ。あいつには同情も手助けも必要ねえこった」
「そりゃ分かってる」
「それとも、今まで地の底にいたロデリックの台頭で自分が脅かされると恐れている。自分の天下が引っ掻き回されるのが嫌だと思っている」
「ナキヒト、言い過ぎですよ」
「いや、別に構わねえよ」
ロデリックに似た顔を擦り、セドリックは怒ろうともしない。傷付いた風ではあった。
「兄貴とは元々対等な力関係であった。それがなんでか乱れて今の状況になった。兄貴が力を取り戻すことは、俺だって望んでいる。兄貴が今回やったことは真っ当な奪還だ。俺が手助けするまでもないってことさ」
「ロデリック様のお考えでは、すべて一人で成し遂げようとされるでしょうね」
「あったりめーだよ。八百長みたいなやり方が許されるかよ」
ナキヒトは吐き捨てるように言い放つ。世界が許しても、ロデリック自身は許さないだろう。魔女の箒を奪った腕前があれば近い内に成し遂げるかもしれない。
だがな、と続ける。
「何百回と失敗して、復讐でも復権でも回復でもなんでも挑戦すりゃいい。やってる内はやった気がして、成果を収めなくても達成した気になれるからな。勝ちに行くまでが最も華がある。勝ちを収めるノウハウってものを知らないヤツは必ずしくじる」
マッチポイントで満足している者は最後の詰めが甘い。甘いのではない、ゼロから決定的な勝利を収めるまでの勝ち方を知らない。本当に強い者はマイナスから勝ちに行ける。
父親の跡をそっくり引き継いで用意に遣り繰りできているセドリックに同意は求められない。彼は生まれながらのサラブレッドなのだ。
「厳しいこと言うなよ。兄貴はあれで、伯母さんの後継最有力候補だ」
「今はムリだな。「極北の閣下」 二代目にはなれない」
ナキヒトの切り捨て、ミズガシの追随。
「私もそう思います。ロデリック様があなたの影を背負う役目に固執する以上、その影から逃れられない。新たな職務に就かれる気など毛頭ないのでしょう」
「兄貴には、すっぱり諦めるって道はない。なんでもかんでも中途半端にブツ切れじゃ寝覚めも悪い。今の役目を十分に果たして、何百年掛かっても、 クネヒトルプレヒトとしての仕事を片付けてから、そこで初めて伯母さんの跡を継ぐつもりなんだろうな」
果たすまでの歳月を思い、ナキヒトとミズガシは思い煩っただけで百回も死んだ気になった。死ぬほど気が遠くなるってこと。
ロデリックの母である 「極北の閣下」 とは、四辺で最も位の高い神である。別称に 「角と夜の王」 の名を冠する。ナキヒトとミズガシに対して勇者と魔王を名付けた張本人。
蛇神ゼネアフフィアーとロディヴォルサムの四肢から生まれた最初の神。/他の高位三神と共に、荒れ狂う蛇神の四肢を切り落とした神。どちらが先なのかは誰も知らない。
「極北の閣下」 は、己が背負う職務の補佐のために生み出した存在を弟とし、その神はセドリックの父親となった。ここまでは過去の事。
従兄弟同士で表裏対成す役を授かったロデリックとセドリックは己らの着地点を知らない。暗い不遇を辿るのがセドリックでなかっただけで、立場が逆転する日もあれば、ロデリックが権威を回復できないまま物事が進行する未来もある。
「今のところ、俺は心配しちゃいないね。兄貴はいつか絶対に挽回してくるぜ」
「私もそう思います。空回り気味で、少々ヘタレ・・・・失礼。あの気の強さではいつまでも落ち込んでいないでしょう」
「三日も過ぎれば喉元だ。ナキヒトにはへこまされたが、強気じゃ随一だ。伯母さんは見逃してるんじゃなくて、手を焼いてんのさ。あの 「極北の閣下」 が」
身内だからこその甘さはもちろん介在するだろうが、母親の手にも余るようなら、心配もおだてもまったく必要ない。褒めるより叩かれて伸びるタイプ。
「ですよね~。ロデリック様のご尽力を応援しましょう!ナキヒト様も応援しましょう」
散々やり合った数日前を忘れたように言うシロツメ。ナキヒトはバン、と膝を叩いて立ち上がる。
「よし、ロデリックに伝えておけ。今度、二度目以降、俺の目の前に現れたらボッコボコにする。叩いて薄く伸ばしてやる。そして一口サイズだ」
「途中から食材の扱いになってるが、最後はカリッと焼き上げるんだな」
「言っときますけど私はノータッチですよ」
なんとなくミズガシを見るセドリック、冷たく突き放すミズガシ。魔王の獄炎は炎にして炎にあらず。お肉でも魚でもひとかけも残さず消滅してしまう。
ともかく、ロデリックには伝えておこう。勇者との接触は禁物だと。一口サイズにカットされてしまう。日本刀 「勇者の剣」 銘刀・利之助は万能包丁と同じくらいよく切れる。(ナキヒト調べ)
セドリックはしみじみと呟く。
「俺も若い頃は追うより追われる方が好きだったものさ。しかし、追われる力関係ってのも辛いよ。まあ、つれない人妻のおっぱいを追いかける方が生き甲斐あるけどな」
「お前の若い頃っていつだよ。あと、市の広報に伝えとくわ。広く注意を知らしめておく」
「市内で不埒なマネをやったらフクロですよ」
「三田さん、見下げました。これですよ」
勇者と魔王からの警告、シロツメの軽蔑の眼差し。シロツメに至ってはクビ切りのジェスチャー。物理的な意味で於いて。バッサリ。
三者から異口同音の警告を受け、セドリックはうろたえる。俺は死刑ですか・・・・!?
むしろ市刑。政令指定都市の名を冠する自治体なめんなよ。びっくりするほど度を越えた条例を発するから。例規集にたぶんこう記される。サンタクロースを見たら敵だと思え。
一段と冷え込み、落ちる雪の粒が大きくなってきた。色の抜けたナキヒトの頭に白く降り積もり、ミズガシは傘を広げ、シロツメはコートの襟を硬く合わせる。そんで、ナキヒト未だに半袖。蝉アピール。
白く染まる視界に紛れ、セドリックは別れの言葉を口にする。
「俺は年始回りの準備があるんでな。よいお年を。これにておさらば」
「早寝早起きするんですよ」
「歯ァ磨けよ」
「おやすみなさい!」
「まだ昼だよ!!」
三者からさよならの代わりの挨拶。まだ寝ないっつーの!俺の一日はこれからだよ!!
去り際、吹き荒れる白雪を引き連れ、セドリックは姿を消した。
締まりのない別れを経て、残った三人は誰が言うでもなく、同じ方向に足を向ける。シロツメはナキヒトについて行く。大晦日と言ったら行く場所は一つしかない。
「どこの蕎麦屋に行くんですか?お寺近くの蕎麦屋さんが美味しいって聞きましたよ。私は行ったことないんですけど」
「橋のたもとにある蕎麦屋?あそこは毎年メッチャ混んでるからな・・・・。あっちの、福田町の通りにある、名前忘れたけど、うなぎ屋の」
「スーパーの隣りの?」
「いや、歯医者の隣りの」
「あー、あの・・・・名前忘れましたけど、あそこの」
「そう、あの店」
ひたすら記憶があいまいなまま会話が続く。通り道でいつも建物を見るのに、一向に店名を覚えられない。よくあるよくある。
これから年越し蕎麦ランチ。夜は寝てから、お寺で行く年来る年タイムである。
「アサヌマがいないのは残念ですけど、セドリック様をお誘いしたらよかったですね。追いかければ間に合うかもしれませんよ。呼んできましょうか?」
「あいつは箸の使い方がなってねえ。ダメだ」
「いざとなったらスプーンで食べますからね、蕎麦を。ダメですよね」
シロツメの案、即座に却下。勇者と魔王から怒涛のダメ出し。蕎麦をスプーンで食べる光景を見てみたい。頑張りすぎだろう。
「三田さんは割り箸をうまく割れなそうです」
「真っ二つだよ、横に」
どういった力加減なのか、切り口まるで無視の破砕。成功するまでやり続けるので、環境に優しくないサンタクロースとして、各食堂から厳戒態勢で見張られている。
「今年は最後に焼かれたり轢かれたり、ダメな締め括りだった」
「すごかったですね。事故に遭ったと思って忘れましょう。来年また頑張ればいいじゃないですか」
「お前もな」
「あなたこそ頑張って下さいよ。火盗改め、頑張って」
「長谷川平蔵になりてえなァー」
勇者、転職希望。
来年はいいことないかなァーと呟くナキヒト。ミズガシは少し離れて歩いた。いつまで毛布かぶってるんだろう・・・・。





これにてクリスマス事件終了です。最後まで読んで下さり、ありがとうございます。(2013/9/9)
去年の十一月から始めて、一ヶ月もあればクリスマスに間に合うだろう!と、思いっきり超過しました。三話で終わる予定で、もういっそ詰め込みました。今?真夏ですね。
学生時代に住んでいた町は蕎麦屋さんが多くて、しかし一回も行ったことがなくて、卒業してから初めて食べに行きました。蕎麦屋さんて敷居が高い気がして…。一気にたくさん詰め込みすぎて、ゴチャッとしています。ロデリックとメイコと三浦くん等々。こういうヘタレな悪役が好きです。最後はアサヌマを海外に飛ばす。三浦くんは巻き添え。

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