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リプレイがRPGを救う |
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現在の日本RPG界を築き上げた立役者はリプレイでした。 |
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はじめに |
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20数年前に誕生したRPGは、日本に輸入され独自の展開をしつつ受け入れられてきました。その広がりの立役者の一つは、グループSNEによって普及された"リプレイ"でした。 そして今後もリプレイが初心者を誘い、中上級者を育て、プロを養うことでRPGを救って行くことでしょう。 以下に、私ヤピロの主張をまとめます。日本RPG界発展のために一石を投じた鏡氏の「リプレイがRPGを滅ぼす」の考察の一助となれば幸いです。 |
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資料 |
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一身上の都合のため手元に参考に足る資料がありません。そのため私の主張の拠るところは私個人の経験・伝聞になります。その経験の中で特に印象に残り、今回の主張の参考にした書籍を以下に挙げます。(正式な名前すら解らず申し訳ありません)
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考察 |
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以下に、リプレイがRPGを救うという主張に至った私の考察過程について記述します。 ・リプレイとRPGの定義
リプレイに対する評価が全く異なる主張(鏡氏の論およびその同論)がなされているため、確認の意味も含めてリプレイとRPGの定義を述べておきたいと思います。以下の私の主張では次の意味で各言葉を用いています。 RPGとは「一定以上のルールのもとで、運と協力を重視する、運動の無い模擬の遊び」。架空の世界で架空の人物等を模擬・模倣・演技する遊びの一分野で、一定以上のルールや運の要素がある点と運動が無い点で演劇やママゴトと異なり、競争よりも協力を重視する点でシュミレーションゲームと異なり、競争や運動のない点でシューティングゲームと異なる遊びの事。
この定義は私の持論なので述べさせてもらいましたが、抽象的すぎて解り難いので、今回は「いわゆるTRPG。ゲームマスターとプレイヤーがいて協力して物語をつくって楽しむ遊び」としておきます。
リプレイとは「実際のRPGの再現」。 やはりこれでは広すぎるので、今回は「いわゆるSNE風リプレイ。プレイの様子をセリフ書きで、ルール説明等をト書きでという構成で書かれた実際のRPGセッションの再現」としておきます。 ・リプレイは初心者を誘う
リプレイを読むことがプレイ経験の無い初心者にとって最適の入門方法の一つであることは誰も否定しない事でしょう。 確かに、初めて読んだリプレイが駄作であったり趣味に合わなかったりした場合はそれによってRPGも面白くないといった誤解を呼ぶリスクや、それ以降のRPGのプレイスタイルに多大な影響を与えてしまうといったデメリットがあります。また経験者が初心者の個別具体的な趣味・経験にあわせてRPGの説明をする事のほうが誤解無く高い確率でRPGに誘いこむことができるでしょう。 しかしながら、読ませて誘うことが圧倒的に他の方法より楽である点、RPGの面白さを紹介している点、ルールの適用のマニアルとしても機能する点、書籍として流通しているものがあるため接触の機会が多い点などのメリットはデメリットを遥かに上回り、リプレイを最適の入門書としていると思います。 なお、(書店に流通しているリプレイを前提にして)昔のリプレイは良かったが今のリプレイは駄目だからもうリプレイはいらないといった趣旨の意見もあるようですが、今のリプレイも昔のリプレイも無いと思います。流通している書籍にとって15年程度前は昔と言うほどのものではありません。今現在でも書店にいけば10年前のリプレイが1年前のリプレイと一緒に買えることと思います(雑誌掲載のリプレイを除く)。今買えるリプレイは十分初心者を誘うことができるのです。 ・リプレイは中上級者を育てる
リプレイを書くことで初心者は中上級者に育っていくことができるでしょう。 初級者が中上級者になるには何をすれば良いのでしょうか?RPGのセッションを数多くこなしたり、サプリメントを読んだり、他の上級者に指導を受ける等々色々な手段が考えられると思います。そのなかでも効率的な手段の一つは、反省をする事ではないでしょうか。実際のセッションを振り返り、良かった点や悪かった点を考え、次回以降のセッションをより良くしていこうとする反省は上達のためには必要不可欠であると言っても過言ではないでしょう。
そして自分たちのセッションをリプレイに書くことは、大変良い反省の機会になります。リプレイに書き起こす事でセッション全体を振り返る事ができ、ストーリーの流れに矛盾が無いかどうか?各セリフがその時相応しいものだったか?情景描写はうまくいっていたか?無駄話や脱線が多すぎたりしないか?等のチェックができますし、記録にもなりますし、各PC・NPCの人格を確立させる助けにもなるからです。そして何よりも、リプレイを書くことは容易であり、作品をつくり発表する楽しさがあるため、反省というあまり面白味が無く堅苦しい事を楽にすることができるのです。(さらに反省とは別ですが、文章を書くことは表現力の向上に役立つでしょう) 確かに反省は他の機会でもできます。例えばセッション後の感想の言い合いや、一人での反省、上級者からの指導などがあるでしょう。しかし、セッション後の感想の言い合いでは特に印象に残った箇所に話題が集中してしまいがちですし、一人での反省では見落としも多いでしょうし、上級者からの指導を受けられるのは幸運な人だけでしょう。無論他の反省の機会を否定したいのではなく、反省の機会の一つとしてリプレイを書くことを挙げたいのです。 ・リプレイはプロを養う
リプレイを出版することでRPGのプロは印税を得、生活をしていくことができます。 RPGのプロもこの資本主義社会のなかで生活していかなければなりません。そしてRPGはあまり儲けの材料のない遊びだと思います。極端な所、消費者は最初にルールブックとサイコロ等を買えばそれ以降ずっと遊び続けることができるのですから。 そんなRPGで数少ない儲けの材料の一つとしてリプレイを出版する事があると考えます。リプレイは少ない時間で書き上げることができ、数回読めば終わりの消費されるもので次々に出すことができるからです。 |
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結論 |
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初心者の読むべきモノとして、中上級者の書くべきモノとして、プロの稼ぐためのモノとしてリプレイは必要です。初心者が入ってこない遊びはやがて人がいなくなり滅びるでしょうし、中上級者の育たない遊びはやがて飽きられ滅びるでしょうし、プロの食えない遊びは資本主義社会では滅びていく事でしょう。そしてリプレイは初心者を集め、中上級者を育て、プロを食べさせるのですから、RPGを救っていると私は主張します。 |
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おわりに |
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リプレイが決して悪い評価を受けていない。つまらないものを無批判に受け入れる者が面白いゲーム・プレイをすることはできない。として、リプレイの闇の部分にスポットをあてた鏡氏の論には大変な感銘を受けました。そして心に火を付けられここに主張を述べさせていただきました。私の主張に対し反感・異論を感じられた方も多いと思います。是非批判・おしかりを受け、自分の考えを正して行きたいと考えますので、忌憚のないご意見・ご感想をおまちしております。 また、今回の主張はインパクトを強めるためあえて鏡氏の「リプレイがRPGを滅ぼす」の構成・言い回し等を使わせていただきました。不快感を感じられた方にはこの場でお詫びを申し上げたいと思います。 最後に、私の主張をまとめる機会とそれを発表する機会を与えてくれた鏡氏にたいする心よりの感謝を申し上げつつ、私の主張を終わりたいと思います。 文責:ヤピロ |
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