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発行十年目を目前に控え、
これからも王者として君臨し続ける
ソード・ワールドRPG
-Opinion19981230-


はじめに

 ソードワールドRPG(以下SWと略す)は日本のTRPGにとってどんな存在かを書いてくれと編集者から言われたとき、私はなぜ解かりきったことを書かせるつもりなのだろうかといぶかしんだ。SWは発行十年目を目前に控え、これからも日本のTRPGの王者として君臨し続けるに決まっているではないか。まぁしかし、世の中には勝利者を認めず、他者をヒガミ、揚げ足を取る事を生き甲斐とする偏屈な人もいることなので、ここは編集者の顔を立てる意味もこめて、SWの偉大さや偏屈者への反論の方法を記すことにしよう。


SWの偉大さ

 SWの偉大な点は枚挙に暇が無い。まず、その普及の度合いは日本のTRPGの王者として申し分がない。例えば私の手元にあるルールブックは平成元年11月20日発行の第六版であり、初版の発行(平成元年4月10日〜この偉大な誕生の日に栄光あれ!〜)からわずか半年強で5回も刷りなおすほど売れていることを示しているし、第55回コミックマーケットでも電源不要ゲームでTRPGの出店をしている約400サークルの内、SWをメインにしている(SWで島に集められている)サークルは約40サークルであり、最大の規模を誇っている。SWで卓のメンバーを探すことに困ることは無いだろう。

 次に挙げるべきモノは、そのサプリメントの豊富さであり、これも他の追従を許さず、日本のTRPGの王者として誇るべきものである。昨日(平成10年12月10日〜この祝福された日に幸多かれ!〜)にも「ロードス島ワールドガイド」が発行され、世界設定資料として計3冊(ワールドガイド、西部諸国ワールドガイド、ロードス島ワールドガイド)となり、さらに今後「ケイオスランド・ワールドガイド」も予定されていると聞いている。世界設定資料以外にもリプレイ13冊、シナリオ集10冊、小説約20冊、スーパーファミコン用ソフト2本などと多種多様のサプリメントが出ている。SWでシナリオのネタに困ることは無いだろう。

 そして忘れてはならない事は、TRPG作品としてのSWのすばらしさである。先に挙げたすばらしさは、無論比類無きすばらしさではあるが、SWが日本のTRPGの標準となったという既成事実(デファクト・スタンダードであるということ)に起因するすばらしさである。ではなぜ他のTRPGではなくSWが日本のTRPGの王者になったのか? その理由を三つ記そう。

 一つは、SWのシステムのすばらしさである。基本的な判定を2D6と修正値で解決するという簡潔で統一されたルール。そしてさらに行動が限定され、単調にならない様に考えられたグループスキル制やレーティング表というランダマイザーのルールがあるのである。SWの簡潔で統一され、かつ複雑なルールをすばらしいと言わずに如何なるルールを誉めれば良いのであろうか。

 いま一つは、SWの世界観のすばらしさである。いわゆるファンタジーのツボである所の光と闇の対決、西洋の神話体系、魅惑的な生物を背景世界フォーセリアは押さえるのみでなく、見事に日本人の感性に合致させることに成功しているのである。例えば、フォーセリアの世界誕生の神話は北欧神話のユミールからの万物の誕生を彷彿させ、かつ日本の現代人がすんなりと受け入れられるモノになっている。SWのファンタジーのツボを押さえ、かつ整理され受け入れやすくなっている世界観をすばらしいと言わずに如何なる世界観を誉めれば良いのであろうか。

 最後の一つは、SWのマーケティングのすばらしさである。発売前からドラゴンマガジンといった雑誌で定期的にリーク情報を流し、スペルコレクションを始めとした富士見書房のコレクションシリーズでファンタジーの基礎知識の啓蒙を行った上で、流通しやすい文庫タイプで満を持して発売されたSW。発売と同時にリプレイやシナリオを速やかに展開し、ユーザーを退屈させなかったSW。その展開はTRPGだけでなく、小説、マンガ、スーパーファミコンソフトと幅広く、日本では他の追随を許さないといって過言ではなかろう。幅広い展開が幅広いユーザーを獲得し、今日の繁栄を生み出したのである。例えば、イラストひとつを取って見ても、ルールブックのイラストを書く天野善孝氏が硬派(ヘビーな)ユーザーを獲得し、リプレイの草粥琢仁氏が軟派(ライトな)ユーザーを獲得していったのである。SWの幅広く迅速なマーケティングをすばらしいと言わずに如何なるマーケティングを誉めれば良いのであろうか。


偏屈者への反論

 さて、偏屈なSW嫌いの人々に対する反論を述べることにしよう。
SW批判派の非難は大概が一部のSWファンに対するものであって、直接SWを非難するものは無きに等しい。このことはSWの偉大さを改めて見せ付けるものであろう。

 例を挙げるとSW批判派は、SWばかり、もしくはグループSNEの作品しかTRPGをプレイしないファンを「ソードス君」と侮蔑を込めて呼び、自らが多くのTRPGシステムに通じていることを誇りたがっているのである。結局は遊びであり、実生活には大して益の無いTRPGの知識の量を自慢して何が嬉しいのだろうか? 私には典型的なオタクの自己満足に過ぎ無いように見えるし、そんな下らない見栄の為に純粋なSWファンが侮蔑を受けるのは納得できない。さらにSW批判派の中にはサンディー・ピーターセン氏のジョークである「Munchikin.txt」を引き出してきて、その中のマンチキンの答えを日本に置き換えれば「TSRの作品なら何でも」が「SNEの作品なら何でも」になると言って喜んでいる重度のオタクもいる。バカバカしくて反論する気も起きない。他人のジョークを自分のジョークの様に語り、悦にいっているなんて滑稽すぎると言えよう(この置き換えの例を理解できなくても何ら恥じる必要はない。SW批判派オタクに対する嫌味だとだけ理解してくれればよい)。

 SW批判派の中には、SWファンにではなく、グループSNEに対する非難をSWに対する非難と取り違えている人もいる。これはたんに成功者に対するヒガミであったり、自分が英語を読めないので期待していたルールの翻訳が遅れたことに対する苛立ちであったり、誤訳への怒りであったりの現れであって、SWの価値を微塵も下げるものではない。

 ごくまれにSWのシステムや世界観、マーケティングそのものを非難するSW批判派もいることは事実である。彼らの指摘に対し耳を傾けることに私もやぶさかでは無い。しかし、多くはSWに対する誤解によるものであるし、ゲームマスターの機転のきいた運用で解決できる問題である。


かくしてSWは王者として君臨する

 私が先に挙げたSWの偉大さ、すなわち普及率、サプリメントの豊富さ、システムと世界観の良さとマーケティングの上手さは発行十年目を目前に控えた今でも失われていない。むしろサプリメントがほぼ月一のペースで増え続けており、SWの偉大さは強化されることはあれ、陰りをみせることはないだろう。

 さらに10年前に予告され、動向が注目されていたフォーセリア最大の危機である「アトン」の物語も水野良氏の魔法剣士リューイのシリーズで語られて行く様子であり、これから更にSWが盛り上がって行くとこは必定である。

 読者諸君も是非、発行十年目を目前に控え、これからも王者として君臨し続けるSWを楽しむべきである。

文責:ヤピロ


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