昼過ぎから降りだした雪は夜になっても止む気配を見せず、街は白い世界に飲み込まれている。普段ならば雪が降る音が聞こえてきそうなくらいひっそりと静まり返るロックアックスの街は、だがその日に限っていつまでも明りと音楽が絶えることはない。
雪が光を反射してきらきらと輝く、どことなく幻想的にも見えるその光景を、マイクロトフは窓越しに眺めて微笑んだ。
「楽しそうだね」
 窓辺に立っているマイクロトフの隣に立ち、カミューも城下に広がる景色に目を細める。
「ああ。これを見ると年が変わるのだなと実感する」
 山を切り開いて建設されたロックアックスの街は雪深く、夜になれば半端ではないほどに冷え込む。故に外出するものなど殆どなく、冬の夜は静寂に包まれるのだが、一年の最後の日と最初の日をまたぐ一夜だけはお祝いの空気が満ち、あちこちでお祭騒ぎが繰り広げられるのだった。
「毎度のことながら感心してしまうよ。この寒い中でどうやったらああも騒げるのか」
「別に一晩中外にいるわけじゃないし、ちゃんと防寒対策をすればそれ程でもないぞ。凍えるだのなんだのと騒ぐのはお前くらいだ」
「どうせ私は寒がりだよ。それより、準備はもうできてるから座ってくれるとありがたいんだが」
「ああ・・・、すまない」
 一つ頷いて振り向けば、カミューが持参してきたワインやつまみ、そしてこの前気に入って購入したというクリスタルグラスがテーブルの上に綺麗に置かれていた。


「それでは、今年無事に過ごせたことに感謝して」
「・・・まだ今年は数時間残っているぞ」
「生真面目だなあ、マイクロトフは。気にしない気にしない」
 笑ってグラスを上げたカミューを見てマイクロトフは眉間に皺を寄せ何か言いかけたが、小さく息を吐き出すと無言で同じようにグラスを掲げた。二つのグラスが重なり、凛と澄んだ音が部屋に響く。
「うん、ワインもグラスもそれなりの金額を出しただけあったな。いい締めくくりになった」
 ワインを一口飲んだカミューが満足そうに笑う。マイクロトフは手の中のグラスに視線を落とすとぽつりと呟いた。
「・・・色々あったな、今年は」
「そうだね。稀に見る激動の年だった。・・・青騎士団長として迎える新年はどうだい? マイクロトフ」
「そういうお前はどうなんだ、赤騎士団長殿?」
「私? 団長になったことは、もう一つの出来事と比べるとそれ程の感慨はないな。今までより慎重にいかなくてはといったくらいか」
「それだけか?」
「ほかに何がある? 団長であろうがなかろうが、私は私だ。まあ、お前の部屋に来やすくなったし夜勤がなくなってこうして一年の最後の夜を自由に過ごせるようになったのは嬉しいけどね」
「カミュー・・・、お前というやつは」
「マイクロトフは私と今晩過ごせることが嬉しくはない?」
「な―――」
 話がずれてると思ったものの、正面からカミューにじっと見つめられてマイクロトフはうろたえた。我ながら少し情けないと思うが、まだこんな風に親友とは呼べない瞳でカミューに見られることに慣れていないのだ。
 上手く思考を組み立てられなくて焦っていると、真面目な顔をしていたカミューが肩を震わせ笑い出した。
「カミュー!」
「い、いや、ごめん。あんまり可愛いからさ」
「なにが可愛いだ、気味の悪いことを言うな! お前の頭はどうかしてる」
「ああ・・・うん、否定しないよ。どうかしてるのは確かだね」
 笑いをおさめつつ、カミューは頷いた。
「私の頭の中はマイクロトフで一杯で、ほかの事はどれも些細な事にしか感じないんだ。こんな関係になれたから一層」
 言うとカミューは身を乗り出して右手を伸ばし、そっとマイクロトフの頬に触れる。途端にマイクロトフはびくりと体を震わせた。
「・・・・・・っ!」
「団長になれたことなんてね、本当にどうでもいいんだ。お前に受け入れてもらえたことに比べれば」
「カ、カミュー・・・」
「友人としてでなく、恋人として隣に立つことを許された・・・。それに比べれば今年起こった他のことなど全て塵に等しいよ」
「・・・・・・本当にどうかしてる」
 マイクロトフはカミューの切ないまでの眼差しにいたたまれなくなって視線を逸らした。
 確かに、団長になるのと前後してマイクロトフはカミューから彼の本当の想いを打ち明けられた。親友としてではなく、恋愛対象として、生涯を誓う一人の人間としてお前を愛している、と。最初は驚き悩んだものの、紆余曲折のすえ自分の中にあるカミューへの気持ちが彼と同じものなのだという答えに至ったマイクロトフは、一度踏み込めば二度と戻れないと知りながらも躊躇いがちに差し伸べられたカミューの手を掴んだ。おそらく、その時のカミューの表情を一生忘れることはないだろう。
 当時のことを思い出して顔が赤くなっていくのがわかり逃げ出したいくらいだったが、頬に触れたままのカミューの手が魔法のようにマイクロトフを動けなくさせていた。
「そうかもね。でも私はとても幸せだからいいんだ」
「・・・よくそんなことを口にできるな・・・」
「言わないと誰かさんはわかってくれないことが多いからね」
「鈍くて悪かったな」
「別に。そんな所も愛してるし」
「―――だから!」
 どうしてそんな恥ずかしいことを臆面も無く口にできるのだ、と更に顔を赤くしながらマイクロトフは心の中で叫んだ。・・・口にすればまたカミューはとんでもないことを言いそうなので。
 赤くなったまま無言でいると、ふいにカミューの手がマイクロトフの頬から離れた。
「今のところはこれ位にしておこうかな。歯止めがきかなくなると困るから」
「・・・・・・!」
 言葉とは裏腹に余裕たっぷりの態度のカミューにいいように転がされている気がして悔しく、マイクロトフが睨みつけるとカミューは軽く肩をすくめて悪戯っぽく笑った。
「そんなに睨まないでくれ。ほら、もうすぐ年が明けそうだよ」
 立ち上がり窓辺に近寄るとカミューが城下を指差す。釈然としないものが残っているものの、マイクロトフも立ち上がり窓辺に寄った。窓に顔が触れるくらい近づけば、確かに新年までの時を数える人々の声が微かにだが聞こえてくる。
「本当に、この寒い中みんな元気だね。見ているとこっちもなんだか明るい気持ちになってくる」
「ああ。この明るさがなくならないよう、俺たちがしっかり守らなくては」
 マイクロトフが大きく頷いたとき、外の声が一際大きくなった。二人は並んで静かにその光景を見守る。

 3、2、1―――。

 新年の訪れを告げる、街の中心にある聖堂の鐘が鳴り響くと同時に街中から歓声があがった。
「明けましておめでとう、マイクロトフ。こうして二人で新しい年を迎えられて嬉しいよ」
「俺もだ。明けましておめでとう、カミュー。今年もよろしくな」
「今年こそ平和な年になることを祈るよ」
「そうだな。・・・そして来年の今頃も、こうしてカミューと二人で新年を迎えられたらいい」
「・・・マイクロトフ」
 軽く目を瞠って振り向いたカミューに、マイクロトフは少し照れながら笑いかけた。一年の始まりの時くらい、カミューほどではないにしろ自分の気持ちを素直に表すのもいいかと思ったのだ。
「来年だけじゃなく再来年も、その次の年も・・・。ずっと二人で祝えたら」
「勿論・・・勿論だ。ありがとう、マイクロトフ」
 綺麗に笑ったカミューがマイクロトフの腰にそっと手をまわし引き寄せる。マイクロトフは抵抗せずカミューと肩を触れ合わせた。
「・・・良い年になるといいな」
「ならないわけが無い。二人一緒にいるのなら」
 窓の外はまだ新年を迎えて沸き立つ人々の声と明りで溢れている。しばらく寄り添ってその光景を眺めていた二人は、やがてどちらからともなく顔を寄せ、唇を重ねたのだった。



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