「あっ、すいません!」
 背中に衝撃を感じ前に一歩よろけると、聞きなれた元気な声で謝られた。微笑して振り向けば、綺麗に折りたたまれた白い布をいっぱいに抱えているせいで顔が殆ど見えないセシルの姿があった。
「いや、僕もぼーっとしてたから。それにしてもすごい量だね。これテーブルクロス? 広間に持っていくの?」
「!! その声、トーマス様!? は、はい! ナディールさんに言われて。お城にあるものだけじゃ足りなくて色んなところから借りてきたんですけど・・・」
「そっか・・・。ご苦労様。重いだろう? 半分持つよ」
「えっ。い、いいです! 大丈夫です! トーマス様はお仕事を」
「今日は午前中で終わり。みんなパーティの準備をしてるのに僕だけぶらぶらしてるの悪いし」
 そう言うと、トーマスはセシルの手からテーブルクロスを半分取って歩き出す。その後をセシルは慌てて追った。
「すいません、トーマス様にこんなこと」
「そんなの気にしなくていいよ。それより楽しみなんだ、年越しパーティって始めてだから」
「トーマス様のところでは皆で集まってお祝いとかしなかったんですか?」
「するよ。でも僕は参加したこと無かったから」
 トーマスは故郷を思い出して懐かしげに目を細めた。
 生まれ育った町であからさまに冷たくされたわけではないが、未婚の母と父親のわからない子という境遇のトーマスたち親子に注がれる視線には好奇の色が混ざっていることが多かった。だから二人は必要以上に目立つこと、人の大勢いるところに行くことはできるだけ避けていたのだ。だから新年はいつも家で母親と二人でお祝いした。だが、それを不満に思ったことは一度もない。新年を迎えるときにだけ母が作るお祝いの料理は学校の同級生が語る他のどんな料理にも負けないと思っていたし、一緒に作ってくれるトーマスの好みに合わせた甘いお菓子も大好きだった。
 ささやかだけれど、温かい幸せ。母との時間はいつも優しい空気で満ちていた。・・・それはもう、永遠に失ってしまったものだけれど。
 トーマスの瞳に悲しいものが浮かんだことに気がついたのか、セシルがいつも以上に明るい声で頷く。
「じゃあ、今日はめいっぱい楽しみましょうね、トーマス様!」
「うん」
 セシルの気遣いを感じ、トーマスは柔らかく微笑みかけた。その後は今までのビュッテヒュッケ城の年越しのことなどを話しながら広間へと向かった。
「うわ・・・すごいな」
 広間に着いたトーマスは部屋の様子を見て驚いた。ナディールが取り仕切っているパーティ会場の準備は着々と進んでおり、20近いテーブルが規則正しく配置され、上座のほうには即席の小さな舞台まで出来ている。
「ご苦労さまです、城主殿、セシルさん」
「いえ、ナディールさんのほうこそご苦労さまです。何か手伝うことはありませんか?」
「有難うございます。しかしそのお気持ちだけで十分です。準備はわたくしにお任せください」
「そ、そうですか・・・。じゃあ、テーブルクロスはここに置いておきますね」
「はい、有難うございます」
「それじゃ、よろしくお願いします。行こう、セシル」
「はい。失礼します」
 ナディールにぺこりと頭を下げ、広間を出たところでトーマスとセシルは視線を合わせる。
「楽しみですね、トーマス様。どんなパーティになるんでしょう?」
「そうだね。あと数時間すればわかるよ」
 閉じられた扉を振り返ると、二人は同時に楽しそうに笑った。


「・・・・・・・え〜、それでは、皆を代表してヒューゴ様とクリス様、そして城主であるトーマス様にご挨拶していただきます」
 夜になり、とうとう始まった年越しパーティの司会を務めるナディールが淡々と進行をする。それを少し感心しながら見ていたトーマスは、いきなり自分の名前を呼ばれて驚いた。
「え・・・!? 僕も挨拶するんですか?」
「当たり前だろう、あんたこの城の主なんだから」
 偶然隣にいたマーサが腰に手を当て呆れたようにトーマスを見る。 
「でも、ヒューゴくんとクリスさんがお話するなら」
「男がうじうじ言ってるんじゃないよ。ほら、さっさと行きな」
 どん、とマーサに背中を押されてトーマスはよろめいた。そして仕方なしに即席の舞台の袖に行く。壇上ではすでにヒューゴが彼らしい言葉で仲間を労い、”破壊者”と呼んでいる者たちとの対決について改めて決意を述べている。その堂々とした様子にさすがカラヤの次期族長だな、と感心した。それはヒューゴの次に挨拶に立ったクリスも同じで、二人との立場の違いというものをトーマスに強く感じさせた。
「・・・では最後にトーマス様」
「は・・・はい」
 ナディールに名を呼ばれ、ごくりと唾を飲んで頷くとトーマスは壇上へ上がった。広間にぎっしりと入った100人以上の人の視線が全て自分に注がれているのを感じて足が震えたが、なんとか踏ん張って顔を上げる。
「えっと、皆さん。こうして皆さんと年を越えることができて嬉しいです。今年は誰にとっても大変な一年だったと思います。・・・そういう僕も色々ありすぎて、まだちょっと頭の中が整理できてないくらいです。でも確実に言えるのは」
 いったん言葉をきり、トーマスは広間を見回した。
「この城に来れたこと、そして皆さんと出会えたことは、とても幸せなことだったという事です。きっと来年も色々あるでしょうが、皆さんと一緒なら何でも乗り越えていけると思います。だから、来年もどうぞよろしくお願いします」
 トーマスは笑顔で言うと、深々と頭を下げた。それと同時に会場から拍手が沸き起こる。なんとか無事にのりきりほっと胸をなでおろしたトーマスは、舞台を下りるとセバスチャンやマーサ、セシルがいる場所へと戻った。
「なかなか良かったよ」
「トーマス様、素敵でした! 私もトーマス様と会えてとっても嬉しいです!」
「ありがとう、マーサさん、セシル」
「坊やの晴れ舞台も見たし、あたしは抜けさせてもらおうかね」
「えっ!? まだ始まったばかりですよ」
「あたしはこういう騒がしすぎるのは好きじゃないのさ。それに初日の出を見るために早く寝ないとね」
「初日の出?」
「知らないのかい? 私が住んでた村じゃ、一年の最初の日の出を拝んでその年の無病息災を願うんだよ」
「へぇ・・・。そうなんですか」
「この城の恒例行事ですよね、セバスチャンさん!」
「は、はい。マーサさんに強引に付き合わされていつの間にか」
「そうなんだ。じゃあ、僕も参加していいですか?」
「勿論。寝ててもたたき起こしてやるよ。あんたはこの城の城主なんだからね。参加していいか、じゃなくて参加する義務がある」
「わ、わかりました・・・」
 マーサの有無を言わせぬ態度に気圧され、トーマスが頷く。
「それじゃ、また後で」
 それだけ言うと、マーサはさっさと広間を出て行ってしまった。あとに残ったトーマスたちは何故か選ばれたエースの音頭によって乾杯し、メイミが腕を振るった料理を食べ、トッポたちの余興を見て楽しみ、様々な人と談笑して一年の最後の時を過ごした。たくさんの酒が振舞われて盛り上がった会場は新しい年が明けた瞬間に最高潮に達し、踊りだす者、歌いだす者、すこし迷惑なものとしては城の前で爆竹を鳴らす者など言葉どおり無礼講となった。誰もが気分が高揚して、明るい笑い声が広間のあちこちであがっている。トーマスもその一人で、ヒューゴやセシルたちと久しぶりに腹の底から笑ったのだった。


「・・・・・・ほら、起きな」
「ん・・・・・」
 ピタピタと頬を軽くたたかれ意識が浮上する。薄っすらと目を明けると間近にマーサの顔があった。
「・・・マーサ・・・さん・・・?」
「しゃんとしな。もうすぐ日が昇るよ」
「あ・・・・・・」
 パーティの初めに交わした会話をぼんやりとだが思い出し、トーマスは体を起こした。目に入った絨毯は自分の部屋のものではない。どうやら騒ぎ疲れていつの間にか広間で眠ってしまったようだ。だがそれはトーマスに限ったことではなく、あちこちで同じように眠っている大人たちが大勢いた。
「セシルはもう起きて外にいる。あんたも早くしな」
「はい・・・・・」
 眠い目をこすり、時折ふらつきながらトーマスはマーサのあとに付いて広間を出た。まだ意識は半分以上眠りの中にいたが、外に出た途端に感じた冷気で一気に目が覚めた。
「寒っ・・・!」
「こっちだよ、早くおいで」
 震えるトーマスを見向きもせずに、マーサはさっさと歩いていく。トーマスは慌ててその背中を追った。
「トーマス様、マーサさん、早く!」
 広場を抜け、城門の付近にたどり着くと元気にセシルが手を振ってきた。その横にはセバスチャンやジョアン、そしてアイクなど元々の城の住人たちが勢ぞろいしている。
「本当に皆そろってるなんて・・・」
「変なことに感心してる場合じゃないよ。ほら、日が昇る」
 マーサが東の方を指差した少しあとに、一条の光が地平線から世界を射抜いた。空と大地を照らすその輝きにトーマスは目を細める。
「すごい・・・」
 赤い太陽が夜を払って世界を明るく染め替えていく。神々しいという言葉がぴったりな光景を、トーマスは寒さも忘れて見つめ続けた。
「ほら、ぼうっとしてないでちゃんと拝みな」
 隣のマーサに肘でわき腹を小突かれ、我に返ったトーマスも他の皆と同じように朝日に向かって手を合わせる。

 ―――どうか、今年も良い年でありますように。また来年もこうして皆と初日の出を見れますように。

 心を込めて、トーマスはそう願った。



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