1期遅れでベス草参入の砺波ウェディングマッスル。そのクリーンアップとして活躍を期待されたオーナーの実弟・橋爪。本当は、ただ結婚を相談しに来ただけなのに・・・。それでも、スキー・水泳で鍛えたマッチョな肉体を武器に20本塁打・64打点をマーク。チームは最下位ながらキラリと光る活躍を見せた。投手陣を中心に補強し浮上が期待された3期だがチームは連続最下位に沈む。橋爪自身も打点で前期を上回るものの、打率を大きく下げ不本意なシーズンとなった。更には同僚リッパーの砺波初のベストメンバー入りと、砺波の主軸は外国人が中心となっていった。続く4期は砺波の大転換期となる。名将S・フェアレン監督の就任が負け慣れしてしまったチームを一新、65勝70敗の負け越しながら誰もが予想しなかった3位を確保した。しかし、新人・松下の大活躍やリッパーの本塁打王とチームが沸き立つ中、わずか打率.212・13本の橋爪はひとり蚊帳の外だった。
意を決した橋爪は巨人・星以来と言われる”伝説の冬山キャンプ”を張った。そこで精神開眼した橋爪はボールが勝手にバットに吸い付く”大リーグバット1号”というエキセントリックな大技を編み出す。そして迎えた5期、橋爪のミラコーな打棒が爆発する。折りしも”投高全盛時代”、ベス草球史に残る大打者でさえ3割を切る状況だったが、橋爪は開幕から3割をキープしつづける。前期打率.212だっただけにいずれ打率は落ちると思われながらも終わってみればリーグ唯一の3割で奇跡の首位打者・打点王を獲得した。飛躍を期待された6期以降だったが、以前の橋爪に戻ってしまったいた。実は6期開幕前に大リーグバットを折ってしまっていたのだ。新しいバットになかなか馴染めず続く7期も低迷、そのオフに兄弟とはいえ非情のトレード通告を受け伏見に移籍することとなる。
伏見ではその類稀な素質にオーナーが惚れ込み「何で打てないの?」と打撃指導を行うほどの熱の入れよう。しかし、自己最多の21本塁打を放つものの打率は2割に届かず期待を裏切った。最後のつもりで望んだ9期、23本・81打点・14盗塁と復活ののろしを上げたが、これが最後の灯火。10期では三度(みたび)低迷し、そのオフ引退。現在はスキーインストラクターとして第二の人生を歩んでいる。
|
| 期 |
所属 |
打率 |
試合 |
打数 |
安 |
2 |
3 |
本 |
点 |
犠 |
四死 |
三振 |
盗 |
失 |
長率 |
出率 |
| 2 |
城陽 |
.260 |
129 |
438 |
114 |
21 |
0 |
20 |
64 |
1 |
71 |
95 |
6 |
1 |
.445 |
.363 |
| 3 |
城陽 |
.238 |
135 |
505 |
120 |
26 |
1 |
20 |
73 |
1 |
75 |
110 |
5 |
3 |
.412 |
.336 |
| 4 |
城陽 |
.212 |
111 |
397 |
84 |
16 |
0 |
13 |
52 |
0 |
71 |
110 |
5 |
2 |
.350 |
.331 |
| 5 |
城陽 |
.306 |
128 |
467 |
143 |
38 |
1 |
17 |
106 |
0 |
85 |
112 |
11 |
3 |
.501 |
.413 |
| 6 |
城陽 |
.216 |
113 |
403 |
87 |
15 |
3 |
15 |
65 |
7 |
70 |
126 |
6 |
3 |
.380 |
.332 |
| 7 |
城陽 |
.198 |
94 |
329 |
65 |
12 |
0 |
15 |
55 |
2 |
52 |
102 |
4 |
1 |
.371 |
.307 |
| 8 |
伏見 |
.199 |
134 |
462 |
92 |
23 |
0 |
21 |
55 |
3 |
79 |
158 |
9 |
3 |
.385 |
.316 |
| 9 |
伏見 |
.226 |
135 |
464 |
105 |
28 |
1 |
23 |
81 |
0 |
75 |
147 |
14 |
1 |
.440 |
.334 |
| 10 |
伏見 |
.207 |
115 |
309 |
64 |
16 |
1 |
11 |
30 |
1 |
22 |
100 |
7 |
0 |
.372 |
.260 |
| 通算 |
9期 |
.232 |
1094 |
3774 |
874 |
195 |
7 |
155 |
581 |
15 |
600 |
1060 |
67 |
17 |
.410 |
.337 |
右投げ・右打ち
首位打者(5期)・打点王(5期)・ベストメンバー(5期) |
|