【 NO,14 はさみ/NO,15 咲く花、散る花 】





晴天

屋上

ハサミ


ひとり と ひとり









ちょきん ちょきん ちょきん

規則正しい音が、繰り返される。
音の出所は天根の手元。
六角中2年生であり、テニス部の部員でもある天根はその特徴ある赤い髪をはげかけたコンクリートの壁に預けながら、真剣な目で手元を見つめている。
特注の長いラケットを使いこなす手に今握られているのは、彼の大きな手には少し小さいと感じるごく普通のハサミだった。
柄の部分が黄色いプラスチックで覆われたそれを、器用とはいかないまでも危なげなく操り、先ほどから断裁音を響かせている。
その音がするたびにパラパラと零れ落ちるのは、青い紙の欠片。
四角であったり、三角であったり…ようするに形に統一性はない。
ただ、一枚の青い色紙を切り刻んでいる。
天根の伸ばされた膝の上には小さな紙で出来た箱が置かれており、その中には色とりどりの切れ端が数センチほど重なっていた。

「くぁ…」

なんの前触れなく天根は欠伸をする。口をあけた瞬間に首元にあったマフラーが顎を掠めて、少しばかりのくすぐったさに目を細める。
ハサミを持ったままの手をぐいっと上へ伸ばすと、肩や肘の筋肉がぎしりと音をたてたようだった。
反射で目じりに浮かんだ涙越し、瞳が青い空を捉える。

雲ひとつない、青い空だった。
わずかばかり影って見えるのは、今天根が座っているのが屋上の階段付近の壁の傍だからだろう。
先ほどまでは日差しがゆるゆると降り注いでいたが、今は太陽が移動したのか僅かに影がかかりはじめている。
まだ肌寒さの方が強い気候であったし、天根が身にまとっていたのは指定の学生服の他は大きめのマフラーだけであったこともあって。
袖の裾から入り込んだ冷ややかな空気に、背が震える。

移動しようか…そんなことを天根が考えたかそうでないか。
ほんの少し手が止まった瞬間。

ガタン!

と鈍い音が冷たい空気を通して耳に届けられた。
屋上へと続く扉は、普段施錠こそ強固ではないものの重ねた年数のためか立て付けが悪くなっており、微妙に蹴り飛ばさないと開かないという無駄な機能を持っていた。
当然天根も扉を蹴飛ばしてこの屋上へ出てきたから、音が何を示すのかはわかった。
わからなかったのは、上がってきた人物が誰かということで。
普段あまり使われることのないここに来るのは一体誰だろうと、天根が首を傾げたころ。

「なんだ、こんなとこにいたのか」

あまりにも知った声音が聞こえて、天根は目を見開いた。
そのまま手元へと向けていた視線を勢いづけて上げると、声をかけた存在は苦笑を表情に乗せていた。

「バネさん…」

「んだよ、教室に行ってもいねーから、探したぞ」

言いながら、黒羽は自分をぼんやりと見上げる天根の額をかるく小突いた。
別段力も込められていないものだったが、天根は反射的に目をつぶってしまう。
ぎゅっとつぶったその仕草がおかしかったのか、黒羽は口端を上げて笑った。
かすかにクックと伝わる笑い声に天根は、うっすらと目を開けて黒羽を見た。

「バネさんは、なにしに?」

「ん?ああ、別に用事らしい用事はねぇよ。
…つかそれ、懐かしいなぁ」

用事らしいものはない、といいつつ腰をかがめて天根の手元を指し示す。
そこには先ほどとかわらず、小さく切られた色紙。
その声につられて天根も視線を再び落とし、一つ頷いた。

「卒業式用の紙吹雪だろ。去年は俺らがやったんだよなあ、2年の仕事とかいってさ」

「でも俺もやったよ」

「まあ、あんときは人手が欲しかったんだよ。あの後ジュースおごってやったろ?」

「うぃ」

黒羽が話す去年の話。
卒業式のための紙吹雪。製作するのは2年生だったが、テニス部では一年も巻き込んでの大作業となっていた。
天根ももちろんそんな諸々を覚えていて。それこそハサミで指を少し切ってしまった事も。
そして、その紙吹雪がどう使われたのかも、わずかに薄ぼけた記憶の中に残っていて。

当人さえ知らないうちに天根の眉間にほんの少し、皺がよる。
けれど幸か不幸か、今日はワックスをそれほどつけていなかったために午前中であらかた落ちていた前髪に額は隠され、黒羽は気づかない。
だから、黒羽は続けた。
膝に手をあてて、かがめていた腰を伸ばしながら。


「今年は使ってもらう側になったんだな、俺は」


青い空を背にして、笑う。
曇りのない、先を見るその表情に。
天根は微動だにしない。

「…ダビデ?」

普段なら、駄洒落の一つでも飛びそうな雰囲気なのに今日はまだそれを聞かないことに、黒羽は遅まきながら気づいた。
いぶかしくおもい、表情の読めない顔を覗き込もうと一歩近寄って。
拍子に、何かを蹴っ飛ばしてしまった。

「「あ!」」

驚きの声は共に。
そして空中に散らばった、色 いろ 色。

それが天根が先刻まで切っていた色紙の欠片だと、お互いが気づく前に。
前触れなく一陣の風が屋上を走った。
コンクリートの床に散らばるはずだった、紙吹雪は容易くそれに巻き上げられる。




                          
    
        
                  


       

            

                                         




青い青い空に、数え切れないほどの欠片が舞い上がって。
それは黒羽の頭上に降り注いだ。

驚きながらも、黒羽は面白い物をみたような表情で笑っていて。

それが遠くない未来、見えてしまうものであると。
送らなければならないのだと。
言葉にすればそんな気持ちが、色も意味も意識しないまま天根を襲った。

意味も感じられないのだから、天根の中では言葉にすらならないのだから。
天根はそれがわからない。
ただ、眩しいものを見たように瞼をきつく閉じた。




風が去ってしまった後には、屋上のあちこちに散らばる紙吹雪と。
大きな体を折り曲げて、膝に両手を置き瞼を閉じている天根と。
笑みが残ったままの黒羽。

しばらくして、ようやく落ち着いて黒羽が意識を天根に戻して、気づく。
天根がまったく動こうとしない。

「どうしたんだよ、ダビデ。
…紙吹雪か?…俺も手伝ってやるから」

いつまでも動かない天根のことを、紙吹雪で落ち込んでいるのかと理由付けて黒羽は声をかけるが、変わらず天根は動かない。
何度か声をかけているうちにふいに。
閉じたままの瞼から、涙がこぼれてしまうのではないかと。
黒羽は感じる。
感じたから、そっと手を伸ばした。

そのまま、くしゃりと赤い髪に手を置き3度だけ撫でると。
触れた瞬間に天根の背がピクッと揺れる。
ハサミをもったままの手は強く握り締められたままで、白くなっていた。

撫でたのはそれきりだったが、しかしいつまでも黒羽の手は離れていかない。
ただ置かれている。
触れられたそこからじんわりと熱が浸透するような錯覚を感じたのは、どちらの意識だったのだろう。
肌に触れる外気は季節柄当然ながら冷たく、時には身を切るような思いすらするのに。


熱い
(暖かい)



相変わらず天根の瞳は閉じられたままで。
黒羽は名を唇に乗せる。



「ダビデ」

「……バネさん」

「うん?」

「…バネさん」

「ああ」

「バネさん」

「ダビデ」

「バネさん、バネさん…」



天根の呟きは意味をなさず、ただ黒羽の名だけを呼んでは消えていった。
繰り返される呼びかけに、黒羽も普段の激しさはなく、やんわり答えた。

ハサミの鳴る音は大分前から途切れていて。
互いを呼び合う声だけが狭い空間の中にある分子を関して伝わりあう。








空は青く澄んでおり 雲ひとつなかった

規則に準じたチャイムが 大きく鳴り響くであろう時間までもう少し





屋上のフェンス越しに見えるグラウンドの脇には

いまだ硬いつぼみをつけた木々が 春の訪れを待っていた















 
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バネダビ卒業関連ネタ。
友達とのサイトのお題で【ぬくぬく25】を書いた時のもの。
【壇上の恋】とは少しおもむきが異なると思います。
どっちかといえば、ダビ→バネになるのかな?バネ←ダビですね。

紙吹雪って実際は作ったことないんですけどね。(苦笑)