【 NO.24 引き出し 】



「…ヒマだな」

黒羽はそう言いながら頭を掻いた。
彼が手持ち無沙汰にしているのにはわけがある。
場所は彼のダブルスパートナーであった(もう三年生である黒羽は引退しているため過去形だが)天根ヒカルの部屋に一人うろついていた。
とりあえず黒羽の人権のためにいうなら、けして不法侵入ではない。
部屋の持ち主である天根はといえば、現在この階下にお茶を取りにおりているわけで。
しかしそれを言い部屋から出たのはもう5分以上前のことだ。
初めてあがった他人の部屋ではないわけだが、黒羽はどうにも勝手が違うので眉を寄せた。

「そういや、あんまり来た事なかったか」

思い返せばいつも家で遊ぶ時といえば、大体が黒羽の家だった。
電話連絡もなしに天根が黒羽家を訪れたのは10や20ではない。
逆に、そうやって天根がいつも黒羽の家に入り浸るので黒羽自身は天根の家を訪れた事がほとんどなかったのだ。
とりあえずベットにでも腰をかけて待とうかと思い(床はそれなりに汚かった)、ふと黒羽の目に壁際にあった机が映った。
子供のいる家ならどこにでもあるような学習机。
引き出しが4つついたそれが酷く気にかかる。悪く言えば好奇心だ。

「…あいつ、何入れてんのかな」

ぼんやりと(はたから見れば不機嫌な顔)している天根が使っている机。
いったい何が入っているのか。まさか駄洒落を記すノートなどないだろうか。そんな気にふとなって。
黒羽は机に近づいた。
シンとした部屋に黒羽の足音だけが時折響く。階段を上がる音はしない。
まだ天根は支度に手間取っているのだろう。
なんとなく気まずい気持ちになりながら、黒羽はしかし沸きあがる好奇心に勝てずに一番上の引き出しに手をかけた。
ゆっくり慎重に引くと、引き出しは音もなく開いた。
そしてその中にあったものは。

「…あんだこれ」

どんぐり3つ。
丁寧に折りたたまれた紙1枚。
蝉の抜け殻。
水色と赤のビー球が一つずつ。
アサリの貝殻。
形の違う石ころが大小あわせて6つばかり。
ビールの王冠。
他にも様々なものが並べられている。

「…ガキの宝物かよ」

小さな子供がお菓子の空き缶にでも詰めていそうな物様々が、乱雑に引き出しの中に入っていた。
黒羽は何気なくその中から、折りたたまれていた紙を拾い上げて開いてみる。
と、そこには。

【 あ ま ね ひ か る 】

鉛筆で書かれた拙い字があった。
大きくていびつで、【ま】のカーブのところが逆回りしている。
たどたどしい文字をはじめて覚えた子が得意げに書くような文字に、黒羽は見覚えがあった。



『ヒカル、おれ字が書けるようになったんだぜ』

『ほんとう?』

『本当本当、ならお前の名前書いてやっから見てろよ?』

『うん』




「あー…俺が書いたやつじゃねぇか」

今見返すとなんとなく気恥ずかしい。
幼い思い出を脳裏によみがえらせて、黒羽は紙を元通りにたたんで引き出しにしまった。

「…ったく、とっくの昔に捨てたと思ってたのによ」

呟きながら、引き出しを閉めようとして。
黒羽の手が止まった。

「って、ここに入ってるやつはもしかして…」

もう一度引き出しを開ければ、蝉の抜け殻、ビー球、王冠。
思い返すといくつかは記憶にあるもので。
どれもが黒羽が過去に天根にあげたものであった。
その事実に黒羽は益々一層気恥ずかしいような、落ち着かない気持ちになる。

と、その時ふいに扉が開いた。

「バネさん、お茶がはいっちゃ」

「え!?あ、おう、サンキュー」

片手に麦茶のグラスを二つと袋菓子の乗ったお盆を持って、天根が顔を出した。
突然のことに咄嗟に反応できず、黒羽はあわをくって振り向いた。
こっそりと後ろ手で引き出しを閉めることは忘れない。
すると天根は一瞬ぐっと全身に力を入れて、次に不思議そうに黒羽の顔を見る。

「…んだよ」

そのものいいたげな視線に問い返すと、天根はポツリと「バネさん変」と言った。

「ああ?!」

あまりの言い様に声をあらげると、天根は気にせずに続ける。
もちろん手にはお盆をもったままだ。

「ツッコミがない」

「は?」

言われてみれば、確かに今しがた。天根が入ってくるときに彼は一つとてもくだらない言葉遊びをしていた気がする。
その時は天根の登場自体に動揺してツッコミどころではなかったのが真実だが。

「ばーか、ようやく来た茶をこぼすような真似、この黒羽春風様がすると思うか?」

「…そっか」

黒羽の言い逃れに、天根は素直に納得したらしい。
頷いて、そのまま室内に入ってくるとお盆をベットの上に置いた。
それを確認して、黒羽も机の前を離れベットのそばに歩み寄る。
天根はお盆から少し離れた位置に腰掛けてお盆を手で示し。

「まあちゃっちゃとお召し上がりください」

--ブオッ

天根の言葉に、黒羽無言の一撃が炸裂したのは言うまでもない。
(もちろん、お茶に被害は与えないように床下に蹴り落とすことも忘れなかった)
そして、一撃で床に伸びた天根を尻目に、ゆうゆうと麦茶をすすりながら。
黒羽は苦い、しかしけしてイヤではないということがありありとわかる笑みを浮かべていた。




おわり



 
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お題で【ぬくぬく25】を書いた時のもの。
ダビの引き出しは一般的に言うならガラクタだらけです。
2段目からはきっと教科書とかも入ってると思う。
(てかそんなにダビを馬鹿にしちゃってどうするよ)(いや、かわいいし)
ダビはバネさん好き好きなんだよきっと。ダビ自身気付いてないんだけど。(…)