01,隣


じとじととした蒸し暑さが続くかと思えば、翌日には冷たい雨に変わったりする。
そんな不安定な気候。
不安定な季節。
梅雨の六月。
千葉にある六角中にも梅雨は他と変わりなく訪れ。
結果、校庭にあるテニスコートはあますことなく水浸し。
ついでに雨の盛大なシャワー付き。
せっかくの部活だというのに、ここ数日は切れることの無い雲のためにテニス部はその練習場所を校内にしていた。
とはいっても屋内コートなどという高そうな響きの施設など当然無い公立校。
唯一の体育館も室内競技部活に当然の如く陣取られているために、テニス部は雨といえば学校内昇降口の小さなホールで基礎体力作りの繰り返しのみが常。
暴れたいのに暴れられない。体作りのためとはいえ、流石に小さなホールにすし詰めでは飽きのくる頃だった。

そして今日も。
午後の部活が始まって10分。誰よりも動く事の好きなテニス部部長は既にこの場には居ない。
別校舎に渡り廊下を伝い、走りこみに行ってしまったのだ。


「今日も室内か、たるいなあ」

「…打ち合いしたい」

「だな」

黒羽と天根は体操服に着替えた上で練習メニューであるストレッチを行っていたが、なにぶん連日続くメニューに飽き。
どうしても身の入らないことは免れない。
お互いの手を引っ張りあいながら不意に黒羽がもらした溜息に、天根はこくりと頷いて賛同した。
ラケットを握りたい。
黄色い球を追いかけて走りたい。
そうは思っても、実践したならこんなガラス窓だらけのホールの事。
あっという間に大惨事は免れないだろう。まして、天根の特注の長ラケットならなおさらのことだ。
結局かないそうもないことを、なんとなく口にしてみただけなのだが、それだけでより一掃テニスをしたいと自分が求めている事を再確認してしまい、どうにもつまらない。

「いい加減、晴れるといいんだけどな」

「…晴れたら太陽がサンSUN…プッ」

「ハハハ!おもしろいなあそれ!!」

天根の呟きに、黒羽は声高に笑う。
笑っているがその手はギリギリとストレッチを組換え、天根の四肢を捩る形で押さえ込んでいた。
目は当然笑っていない。

「ば、バネさん!ギブギブ!」

全身の関節があちこち悲鳴を上げて、天根は目を白黒させながら必死に言葉を舌に載せた。
黒羽はふうと大きく溜息をつく。

「バネ、そろそろダビデが死ぬのね」

そこへやんわりと、けれど内容的には結構な含みを持って樹が声をかける。
二人から少し離れたところでは、佐伯と樹がやはりペアとなりストレッチを今さっき終わらせたところだった。
同じ頃に練習を始めたのに、黒羽と天根はまだメニューの三分の二しか終わっていない。
こういった堅実さはどうしても佐伯や樹に旗が上がる。

「俺達はもう走りこみに行くよ。
もうお前等だけだぜ、ストレッチ終わってないの」

佐伯も樹のとなりまでやってきて、二人にそう言った。
言われてあらためて周囲を見れば確かに自分達以外の部員の姿がない。
遠目に見えるのは、それぞれにストレッチを終えて走りこみに行く後姿だ。

「…マジか」

黒羽がそうぼやけば、樹と佐伯は見事に同じタイミングで頷いてみせる。
そしてそのままきびすを返すと、走りこみのために足をもう一度伸ばしたりしてみせた。
とんとん、とつま先を床につき、上履きをしっかり足に馴染ませて。

「じゃあね、バネ。おさき」

「なのね」

平坦な床をきゅいきゅいと蹴って、あっという間に二人の姿は階段の上へと消えていった。
そのあとほんの数秒、沈黙が室内を支配して。
やもあってその沈黙をやぶったのは黒羽の伸びをする声だった。
欠伸のような口の形で空気を肺に取り込み、そのまま床に腰を下ろすと梅雨で少し水滴のついた部分を避けて、廊下に後頭部をつける形で横たわり。
天根は突然の黒羽の行動に一瞬虚をつかれ、けれどすぐ同じように黒羽の隣に寝転がった。
それははたから見ればちょっとおかしな光景だったと思う。
もっとも幸いにして部活時間の今、校舎内に残っている生徒はそれぞれの部活動に専念しており、廊下や上の階から伝わる人の声はしても実際には誰にも見られることはなかったが。

「テニスしてぇな」

「うぃ」

「床、つめてぇな」

「うぃ」

「…なんでお前まで寝てんだよ」

「…バネさんが寝たから」

「アホ」

「うぃ」

天井の蛍光灯の本数を目で数えながら、特に必要ないような駄話をする。
ひとつだけ、しぱしぱと時折明滅するのを見つけて。
ああ、あれはそろそろきれそうだな、などとくだらないことを考えて。
隣の天根の髪をかき混ぜてやろうと伸ばした黒羽の手は、宙を掻いてどうやら少しばかり目測を誤ったらしく天根の顔面に落ちた。

「ぶっ」

「わりぃわりぃ」

べちんと情けない音がして。
噴出すような天根の声。
悪びれない黒羽の謝罪。
上の階や廊下越しに聞こえてくる雑多な人の出す音が大きさも様々に届く。
それら全てを受け止めて。
聞き流して。


「あーーテニスしてぇ」

「てるてるぼうず、作る?」


ぐだぐだと、リノリウムの床の上で隣り合い転がる学生二人の。
たわごとはもうしばらく続きそうだ。






あいかわらずのぐだぐだ具合です。
青い春なので青春ですよ。
(?)