02.豆電球


「ん?なんだこれ」

ふと視線を落としたベンチの上。
ぽつんと置き忘れられた小さな物。







「豆電球か?」

放課後の部活。
いつも通りの活気。いつも通りのメンツ。
変わらず楽しいといえる日々の中で、練習と練習のほんの合間。
給水しにいこうとした際に通りがかったベンチに残されていた、記憶にはあるが実際はほぼ目にしないようなものは、ころりと無造作に転がっていた。
黒羽は思わず足をとめる。
彼の全身からは汗が噴出していたし、この後にはまだ練習試合が残されていた。
体は確実に渇きを訴えていたが、それでも目にしたものに対する好奇の気持ちは抑えられない。

少し腰をかがめて指先でそれをつまむと、青と赤の配線に繋がったソケットがぶらりと頼りなく揺れた。
指先ほどの小さな電球が、透明で脆そうな風体を装いつつそれに組まれている。
黒羽はふと、二年が今、技術の授業でスイッチ式の箱(棚?)を作っていることを天根から聞いたのを思い出した。
だとするとこれは天根か、もしくは部内の二年生の私物だろうか。

「つってもなぁ…」

手元で時折風に揺れるそれは、あまりにもちっぽけで。
なくしたからといってわざわざ探すよりは、担当の先生にひとつ謝って新しい物をもらった方がはるかに容易そうだ。
おそらく今黒羽がこの存在に気付かなかったとしても、誰かしかが見つけたところでこれは捨てられる確率の方が高いだろう。
持ち上げてしまった手前、また元の場所に置くわけにも行かずに黒羽がどうしたものかと思っていた矢先。

「なんかあった?バネさん」

唐突に声をかけられた。
死角になった位置を振り向くと、いつのまにか同じように練習を一区切りさせた天根が立っていた。
今日はまだ試合をしていないせいだろうか、時折本気になるとゴムで結わえる髪は風に揺れていた。
それでも練習の激しさを思わせてか、部活前よりは確実にワックスで固められていた髪型は弛み始めている。
天根は黒羽の顔を覗き込み、表面上は感情など滲ませないような硬い表情で聞いてきたが、彼の内がそのままでないことを黒羽は良く知っていた。

「コイツが落ちてた」

恐らく純粋な好奇心から覗き込んできたのだろう天根に、指でぶら下げていたものを見せる。
すると、天根はしばらくそれをじいっと見つめて、それから「ああ」と呟いた。

「今日、使った」

「やっぱ二年のか」

天根の答えに確認するように黒羽が問い返す。
暗にお前のか?という意味も含めて。
普段は他人の感情の機微にとことん疎い天根は、しかし珍しくそれに気付いたらしく、少しだけ眉をよせて首を振った。

「多分。でも、俺のはロッカーだ」

「お前、なんでも教室のロッカーにつめこんでんじゃねえよ。
そういえば英和見つかったのか」

「探してない」

「…探せ。誰のだと思ってやがる」

「バネさんの」

過去数度見たことがある天根のロッカーの惨状を思い出し、黒羽は瞬時に渋面した。
ついでに連想して先日天根に貸したまま行方知れずとなってしまった自分の辞書を思い出し、釘を刺してみるが天根にはあまり効いていない様に思われた。
ハァと溜息をつき、天根の額を小突く。

「あれから俺はずっと、樹っちゃんやサエの辞書にお世話になりっぱなしなんですがね?天根君?」

「…スンマセン」

丁寧な口調が逆に、黒羽のひそりとした圧力を感じさせたらしく(事実、そうなるように仕組んだのだが)天根はばつの悪そうな顔になり謝った。
黒羽はそんな天根の様子に満足し、ふと手の中に在ったものを思い出して天根の前にもう一度見せた。

「そんじゃ結局、コイツはお前のじゃないんだな?」

「木村か芝野のかもしんね。俺聞いとくよ」

天根は頷きながら「だから貸して」と手を広げた。
掌に豆電球を乗せろということだろう。けれど、黒羽は咄嗟にその動きが取れなかった。
あまりにも突然に、黒羽の内部で上手く言語化できない感情が滲みかけていた。
天根が同学年の(当然黒羽だって知っている)名前を上げた、それだけのことに。
驚きに似た感情が零れたのだ。

「バネさん?」

掌を出して待ってみても、なかなか反応のない黒羽に天根はいぶかしげに名を呼んだ。
その声に我に返る。

「ああ、わりぃ。んじゃ聞いとけな」

言いながら天根の手に電球を手渡した。
と、渡した瞬間、指先からビリッと何かが走った。
それは小さな電気が伝わったような感覚だったのだが、どうやらそう感じたのは黒羽だけであったらしい。
天根は何も解することなくすぐにそれを握ると、ポケットの中に少々乱暴に放り込んでみせていたから。
何か言おうかと黒羽は言葉を探す。
しかしそれが終わる前に、1コートでの試合が終わったらしい。
少し離れた場所で、佐伯がこちらにむかって何か言っている。おそらくはサボってんなとかそう言う類のものだろう。
天根もそれに気付いたらしい。

「げ、サエさん怒ってる」

「まじぃな、さっさと水飲んで行くか」

声をかけながら、既に水場に向かって駆け出しつつある黒羽の後ろ。
天根はいつもと同じように頷いて駆け出していた。









走りながら思い出す。
後ろに天根の気配を感じながら、記憶を探る。






豆電球が光るのは、電気を通すからという単純なものではない。
乾電池と2本の配線と電球。
単純なその構造の中で、電球は流れようとする電気にとってただの障害。
電池から流れ出て配線を通った後の、唐突な制限。
配線内よりはるかに狭まった電球という通り道は、電気にとっての苦路。
その際のぶつかり合ったエネルギーが光となって、電球を発光させているに過ぎないのだ。

電気は求めていない、勝手な負荷。





まるで人の心だと。
他人事のように思った。



いつか訪れる消滅に向かって力をすり減らすさまが、似ているようだ、と。










おセンチ話。こういう話が得意です。
ほのぼのは実は苦手です。
バネは自分内の恋情について真っ向否定タイプです。(男同士の場合)
ダビデは真っ向肯定タイプです。(男女共関係なく)
それでも、恋はするものじゃなくて落ちるものなんだよ、バネさん。