03.砂浜


「こんなとこだったっけ…」

呟きに返って来たのは波の音。
打ち寄せては引いて、そして再び新たな波を作り訪れる。
小さな浜辺には、天根一人きり。
たった一人きり。

ばたばたと強い海風が、天根の髪を揺らす。
ボタンを留めていない学生服は、風を孕んで膨らんだ。
ズボンの裾に、砂と浜昼顔の蔓が絡みつく。
今だ着慣れないその服は、天根の意に添わぬ事が多い。

耳に掠めるのは、少し離れた道路を走る車のエンジン音。
平日の海に人気は無い。

さく
   さく

 さく

足下で砂が鳴く。
時折貝殻を踏み潰しては、バリバリと乾いた音を立てた。

天根は無言で砂浜を歩く。
足音がついてくる。
風が歌う。
波が躍る。
天根はただ、歩いていく。

波打ち際まで来ると、もうそれ以上は進めないように思われて足を止めた。
幾万の生命を身に宿す海はしかし、今何の生き物の気配もしない。
水平線は無く、かわりに海の先に対岸の島が霞みかけて見える。
空はどこまでも青く、白い雲が洗い立てのシーツのように広がっていた。

ふと視線を左方へずらすと、腰の曲がったお婆さんがゆっくりと歩いてきた。
ゆっくりと、踏みしめるように。
手には小さな布の巾着を持って。
天根がぼんやりと、そして不躾に眺めていると、ぱたりと目が合う。

「こんにちわ」

「あ、こんにちわ」

お婆さんはにこりと微笑んで、曲がっていた腰をさらに曲げて会釈をする。
天根は慌ててそれにならった。
少しの間。天根が顔を上げると、もうお婆さんは歩き出していた。
薄くなった白い頭髪が、海風に重さ無く浮く。
それは天根に、中学時代の部活顧問を思い出させた。

奇妙な邂逅があり。
そしてまた天根は一人きりに戻る。
海も風も空も、変わらず穏やかだ。

天根は息を一つ吸い、そして吐いた。
酸素が肺から出て行くのを全身で感じる。
全てを吐き出し終わった後、もう一度海を見て。

強い感情のぶれを感じた。
痛みにも近かった。
それが「何」なのか、天根にはわからなかった。
ただ、強く。
「泣きたい」と思った。
けれど涙は出ることなく。もしかしてと思い頬をさすってみたが、塩の混じった海風でわずかべた付いただけだった。


「こんなに、小さい浜辺だったんだ」


もう誰も居ない海。
少し離れた母校から、慣れ親しんでいたチャイムの音が風に乗って響く。
おそらくは4限が終わったのだろう。

そういえばお腹がすいているかもしれない。
ぼんやり考えていると、それにならうように胃が「ぐぅ」と鳴って主張する。
帰ろう、と天根がきびすを返す。
そのかかとに、目測を誤ってか波がちゃぷりと当たって、弾けた。

『かえっておいで』

何かがそう伝えたような気がして。
天根はかぶりをふって、置きざらしにしていたバイクの元へと戻っていった。



バイクの中。
つっこんだままのスポーツバックから、無造作にはみ出した携帯にメールが一件届いていた。

『さぼってんなよ』

短い伝言を天根が読むのは、もう少し後の事。








明るい話のつもりが、気付けば灰色。
そんなこと、よくあるよくある。
今までほとんど書いたことがない、天根のみの話。
高校ぐらい。
バイクと携帯を持っています。

いつまでも子供ではいられない。幼い名残を滲ませた光の海。