部屋の時計はいつのまにか0時をまわり、日付けも変わる頃。
黒羽春風は、自室のベットの上で寝返りを打った。
 
「…眠れねぇ…」
 
風呂を上がり、布団にもぐりこんだのはもう30分も前のことだ。
いつもならすぐに心地よい眠気が訪れるはずなのに、どういうわけか今夜は目が冴えてしまい一向に眠れない。
かといって部屋の電気は既に消した後で、再びそれをつけて何かをするには部屋は冷えすぎていた。
自分の体温で温もっている布団からは離れがたく、もう一度瞼を閉じてみる。
けれど、やはり今日は睡魔もどこかへ出かけてしまったようだ。子供の頃誰ともなく教わった『眠れない時の羊を数える方法』をとりあえず実践してみようかと、あまり効果の期待できないそれを実行しようとした時。
ふいに電子音が響き渡った。音の元は、机の上に置かれた携帯電話。
普段は最大音にしていても聞き取りにくいその音も、全てが寝静まったこの時間には必要以上に大きく響く。
心臓が大きく跳ねて、そんな反応をしてしまった自分に黒羽は苦笑した。
 
それにしても一体誰だろう。
もう一度、壁にかけられた時計を見ると長針は1の部分をさしている。
0時5分。
健康な中学生男子が起きているには、少々遅い時間である。
それでも自分の携帯に着信。しかも先ほどの曲はメールの着信音だ。
マナーモードにしていなかった自分も悪いと思いつつ、非常識な時間にかけてきた相手は一体誰か確かめるために、肩までかけていた毛布を蹴り起き上がる。
冷えた床板は剥き出しの足の裏から体温を奪った。
黒羽は出来るだけ早く布団に戻ろうと、大股になり一歩。
二歩目で携帯を掴み、三歩で布団まで戻ってくる。短時間であったのに、足は指まで凍えてしまったようだった。
 
「うー…さっびぃ!」
 
毛布を頭までかぶり、できるだけ暖かい空気が逃げないように丸まって携帯を開く。
暗い中で唐突に鮮やかな灯りが浮かび、一瞬目を眇める。
ちかちかと瞼の裏で光が踊って、痛みにも似たそれが治まった後に黒羽の目が確認したはた迷惑な着信相手は。
 
『ダビ』
 
「んだ、あいつ…こんな時間に」
 
自分で入力した相手の名前。
それは黒羽のよく知る一つ年下で幼馴染の天根ヒカルのあだ名であり、携帯は更に一件のメールがあることを伝えていた。
小さな封筒の形のマークがついているのを見て、それを開くために短縮ボタンを押す。
そうして開かれた画面には。
 
−−ばねさん誕生日おめどとう−−
 
と、短く一文。
件名もなく、句読点もなく。
おまけに。
 
「あんだ?おめどとうって」
 
言いたいことはわかる。天根的には『おめでとう』と入れたつもりだったのだろう。
しかし、誕生日?
メールの画面を閉じて、初期画面に表示される日付けを見ると確かに『9/29』。
 
「あいつ、よく覚えてたなー。俺の誕生日なんて」
 
普段なにかにつけぼんやりとしている彼を思い出し、苦笑が浮かんだ。
そういえば去年は完全に忘れていて、部活仲間からたしなめられたりからかわれていたりしたのをなんとなく思い出す。
しっかりと固めたばかりの髪をぐしゃぐしゃにかき回されて、あげくウルトラマンの形にされたりして。
黒羽は皆と一緒に腹を抱えて笑ったのだ。
その凄惨な事件が、天根の記憶力を育てたのだろうか。
 
「つーか、この時間非常識すぎるっての」
 
もう一度メールの画面を開くと、やはり同じような飾り気のない文章が出てくる。
それを見ているうちに、喉の奥からあくびが押し寄せてきて。
 
「ふわぁ…まあいいや、寝るか」
 
先ほどまで冴えていた目がようやく瞼を下ろす気になったのだろう、じんわりと心地よい睡魔が訪れる。
机まで携帯を戻すのも面倒なのでとりあえず枕もとにほおり投げる。かぶっていた毛布をさらに引き寄せ瞼を閉じた。
記憶に残っているのはそこまで。
 
 
 
 
 
*******
 
 
翌朝、黒羽は軽快な着信音で目を覚ました。
昨夜と違い、今度は通話のためにこちらが出るまでは切れてくれない。
普段と違い枕もとに置いたのが災いし、耳元で大音響でかき鳴らされたそれに寝起き特有の不愉快な気持ちが上乗せされて。
 
「あ゛あ゛?」
 
『おはよう、バネ。すごい声だね』
 
「…サエ?」
 
電話の向こうから届いたのは、同い年であり幼馴染の佐伯のものだった。
さわやかな彼の声は朝にふさわしいといえばそのとおりだが、それでも時計を見ればまだ7時を少し回った所。
部活をやっていた頃ならイザ知らず、この夏に引退した三年は朝のHRが始まる8:20までに登校すればいいのだから、7時起床は早すぎる。
まだ霞がかったような頭を振りながら起き上がって、黒羽は溜息を一つつく。
 
『朝から溜息なんて、景気が良くないね』
 
「誰のせいだよ、誰の」
 
『ははは、俺かな?』
 
「わかってんなら、こんな朝っぱらに電話すんな」
 
悪びれない佐伯の口調に頭をかき、黒羽はベットから起き上がった。
そのまま窓際まで歩いていき、形態をもっていない方の手でカーテンを開けると、やわらかな朝の光が室内に差し込んでくる。
それを全身に浴びて、ようやく体が覚醒していく感覚を味わいながら、再び電話越しの会話へと意識を集中させる。
 
「で、一体なんのようだよ」
 
『用事?ああ、バネ、誕生日おめでとう』
 
「あ?」
 
『だから、今日はバネの誕生日だろう?
せっかくだから、朝一で祝ってあげようかと思ってね』
 
くすくすと、電話向こうから押し殺した笑いが聞こえる。
 
「サエ、お前からかってるだろ」
 
嘆息して、返せば心外だと言わんばかりの声音。
 
『そんな、酷いな。
せっかく親友がいの一番に祝ってあげようと、こんな早朝から電話したのにさ』
 
「残念だけど、一番はもう祝ってもらったんだよ」
 
電話を取ったときからどこか余裕のある相手の言葉を崩したくて黒羽は思わずそう返すと、佐伯は意外…と呟いた。
何がだ、と怒鳴りそうになるのをこらえて次の言葉を待つ。
 
『誰から?
俺の電話で起きたって事は、家族じゃないんだろ?』
 
「ダビデだよ。あいつ、日付けが変わったあとすぐぐらいにメールよこしたんだ」
 
『へぇー、あのダビデがね』
 
はぐらかすのも面倒なのでそのまま伝えると、佐伯は感心したのか馬鹿にしたのかイマイチ判断のつかない返答をする。
それを聞きながら視線を映したその先にある壁にかけられた時計。その時刻はいつの間にか7時15分を回っていた。
流石にそろそろ学校へ行く支度をしないとまずいなと思い、電話向こうでまだ何か話している佐伯に電話を終わらせるための言葉を伝えようと口を開く。
 
「んじゃあ用件すんだなら切るぞ。朝飯も食ってねぇんだからよ」
 
『ああ、はいはい。
それじゃあ今日また学校で』
 
「おう」
 
電話越し、切る直前の佐伯の声に一層喜の感情が混じったような気がしたが、それは特に追従せず通話ボタンを切る。
もともと佐伯は含みのある言動や行動が多いので、それにイチイチ付き合っていても仕方ない事を幼少時からの付き合いから既に悟っている黒羽だった。
 
机に携帯を置いて、ハンガーにかけておいた制服を取って着替えている時に、何度か携帯がメールの着信を伝えて鳴った。
数回に分かれたそれはこの調子だと、おそらく友人からの祝いのメールに違いない。
そんなことが以外に嬉しくて、黒羽は口元を弛ませた。
ややあって階下から母親の呼ぶ声が聞こえてくる。
それに短く返事をし携帯を掴んで、黒羽は部屋を後にした。
 
 
 
 
*******
 
 
「おはよー」
「おはよう、昨日のあれ見たー?」
 
気持ちよく晴れた朝の登校時間。
既に部活を引退した三年生や、朝練のない部活の学生が校門手前で会話しながら登校している。
最近ようやくその光景に自分が混じることに慣れた黒羽は、やはり同じように顔見知りや友人に挨拶をしながら校門をくぐった。
と、そこへ背中から声をかけられる。
 
「おはようなのね、バネ」
 
「ああ、おはよう樹ちゃん」
 
振り向くと、そこには特徴的な鼻からいつものようにシュポーと音が出そうな鼻息を出して、樹が笑っていた。
視線を少しずらすと、木更津や首藤の姿もある。
 
「よう、バネ。おはよう」
 
「ああ、やっぱこの時間は慣れねーな」
 
「そうだね、クスクス…」
 
黒羽が何気なくそういうと、木更津は口元に手を当てて小さく笑う。
隣の首藤がそれに対しなにやら居心地を悪そうにしているが、それは今更なので別に気にならない。
(ホラー映画などの恐怖系が全般苦手な首藤は、時折木更津が見せる座敷わらしのような笑いが苦手なのだ)
そういえばいつもはこのメンバーの中に混じっている佐伯がいないなと、黒羽が何気なく視線をめぐらせたとき。
 
「俺は抜けないよ、バネ」
 
唐突に背後から声がした。
素早く振り向くと、そこには案の定探していた佐伯の姿があった。
 
「お前、いつからそこに!」
 
「サエならさっきからずっとバネの後ろにいたのね」
 
「気づかなかったの?クスクス…おかしいや」
 
「ああ、マジマジ…」
 
「まだまだだね、バネ」
 
「お前ら…」
 
全員に図られたのだと知った黒羽の全身から、怒りのオーラが立ち上り始める。
他の生徒だったら思わず固まってしまうようなその状態にも、三年間(実際はもっと以前から)付き合いのある彼らは気にしない。
それどころか、黒羽の怒鳴るタイミングを見越して。
 
「「「「バネ、誕生日おめでとう」」」」
 
「へっ…」
 
声をそろえて、祝いの言葉を送られたものだから。
黒羽は怒鳴ろうと開いた口のまま、マヌケな声を出してしまった。
そうして、なにやら照れくさくなってしまい頭をかく羽目となる。
 
「バネ、照れてるのね」
 
「クスクス、本当だ」
 
「う、うっせぇな!」
 
「強がりはダメだよ」
 
「強がりじゃねぇっての!」
 
結局それらも全てからかいのネタになってしまうのだが、それでもなんとなく強くは出られない。
そんな会話を繰り返しながら校門から少し離れた昇降口まで辿り着いた時。
 
「あーーーーー!!!バネさんおはよう、お誕生日おめでとうーー!!!!」
 
それこそ、全校舎に響き渡るのではないかというぐらいの声が響いた。
(とりあえず昇降口付近にいた生徒には、今日という日が黒羽春風の誕生日だという事が知れ渡った)
見なくても黒羽達にはわかる、そのはた迷惑なまでの大きな声の持ち主。
 
「剣太郎…朝から声が大きいのね」
 
「あ、みんなもおはよーーー!!!」
 
六角中テニス部の現部長である葵は、そんなみんなの態度もまったく気にせずにやはり音量を大にして近づいてくる。
葵のその声が嫌いではないが、朝聞くには少々きつすぎるとみな思っていただろう。
黒羽も例にもれずそう思っていた。その時、綺麗に坊主刈りされた頭の向こうに赤いものを見つけて歩みを止める。
 
「ダビ!」
 
「…あ、バネさんおはよう」
 
かけられた声に気づいて顔を上げる。
既に朝練で相当の練習をしてきたのだろう、いつもワックスで整えている髪は額にいくつか無造作にかかっていた。
 
「副部長のお出ましだね」
 
佐伯も黒羽に続き、足をとめて天根を見た。
 
「サエさんおはよう」
 
言葉は非常に単調で、表情も変わらない天根の様子に、しかし気を悪くするものはいない。
佐伯は相変わらず感情表現が不器用な後輩に歩み寄り、肩を叩いた。
 
「今日の朝、バネに一番最初にハッピーメールしたんだって?」
 
「え!そうなの!ダビデすごいねーー!!!」
 
話題が聞こえるや否や、葵も持ち前の好奇心で会話に混じってくる。
すると離れていた黒羽や首藤、木更津に樹も寄ってきていつものメンバーになった。
 
「べつに…」
 
葵の言葉に、天根は特に興味なさそうにそっけない返事をする。
そこにすかさず黒羽の言葉の突っ込みが入った。
 
「凄いとか言うか、早すぎんだよお前。
0時だぞ0時。普通なら寝てる時間だっての」
 
「へーそうなんだ」
 
「ダビデ、夜更かししたの?」
 
「ちがう。ねてた」
 
「え?」
 
「ならなんで?」
 
寝ていたという天根の声に、みな一斉に拍子抜けした顔になる。
そして、ならば何故0時にメールを送ったのかという疑問を言葉にすると、天根は肩に担いでいたリュックを下ろし、その脇ポケットから携帯を取り出した。
二つ折りのそれを開いて、規格ギリギリの長いラケットを握る大きな手で危なげなく操作する。
ピッピッと数回、ボタンの電子音がして。
 
「ん」
 
天根の様子を見守っていた先輩(1人は後輩)達の眼前に、ある画面を見えるように突き出した。
 
「え?なになに?」
 
天根の一番近くに居た佐伯がそれを受け取り、視線を数度画面を読み取るように動かして。
 
「ぶっ!」
 
噴き出した。
わけがわからないのは他の面々。
 
とくに、祝われた張本人である黒羽はもどかしくてたまらない。
 
「おい、サエ。なんなんだよ」
 
「あはははは!これはハッピーメールもするね!」
 
「えーー!なになに!なんなの、サエさん!」
 
「まぁまぁ、みんなも見て御覧よ」
 
佐伯は腹を押さえて笑っている。
その手から天根の携帯を受け取った黒羽。小さなそれを、他の面々が一斉に覗き込むと。
 
 
【スケジュール表】
9月29日 00時01分(アラームON)
黒羽春風様の誕生日だ。忘れんなよ!
 
 
「「「「・・・・・」」」」
 
「これ…」
 
「あははははは!!!」
 
「クスクス、クスクス」
 
「起こされたのね?ダビデ…」
 
「うぃ…」
 
黒羽は携帯を持ったまま黙り込み、葵と首藤は佐伯と同じく腹を抱えて笑い転げる。
木更津ですら口元を隠し、笑いが止まらないといった様子。
樹だけは、少し同情を帯びた目で天根を見た。樹の確認するような問いかけに、天根は小さく頷く。
 
「…だから、『おめでとう』じゃなくて『おめどとう』なんて打ち間違えてたのか」
 
「めちゃめちゃ眠かった」
 
「…」
 
「携帯の画面、まぶしかった…」
 
「お前が去年忘れたのがいけねーんだろ!」
 
「あ、バネが逆切れしたよ」
 
「大人気ないのね、バネ」
 
次々にからかわれて、黒羽も身の置き所に困る。
何か言ってやろうとしたときに、しかしそれよりも早く。
 
−−− キ−−ン コ−−ン カ−−ン コ−−ン…
 
校舎から、耳なじみの音が響いてきた。
ふと面々が周囲を見渡せば、いつのまにかあれだけいた生徒の姿はほとんど消えている。
 
「まずいのね、HRはじまるのね!」
 
「急ぐよ、樹ちゃん!」
 
「がってん!亮も急ぐのね」
 
一番最初に反応したのは佐伯と樹だった。
佐伯は声と同時に昇降口に向かって走り出す。二人のコンビネーションは、テニス部を引退した後でも健在だ。
(ただし、C組の佐伯だけは二階で、三年A組とB組は一階なので階が違うのだが)
二人を追って、(こちらは優雅に)木更津も昇降口へ向かう。
その後姿に、我に返った葵は慌てて追うように走り出した。
 
「わーー!僕なんて、一年だから三階なのに!!」
 
「俺たちも行こうぜ、バネ」
 
「おう」
 
首藤の言葉に答えながら、黒羽も走り出そうとしたとき。
ふいに、制服のすそを引っぱられて足が止まった。
 
「ん?」
 
見ると、それを掴んでいるのは天根の手で。
何かあるのかと天根の顔を見ると、珍しく真剣な目と視線がぶつかる。
 
「なんだ?ダビデ」
 
「バネさん…誕生日、おめでとう」
 
しっかりとした口調。
そう伝えられて。
黒羽の顔に笑みが浮かぶ。
 
「サンキュ」
 
感謝の気持ちを掌に込めて、赤い髪の上に置く。
それを思うままくしゃくしゃに撫でてやる。
ワックスでべた付いた髪はけして触り心地がいいというわけでもなかったが、それでも手を離すのが惜しくて数度そうしていると、首藤の声が聞こえた。
 
「おい、俺はもう先に行くぞ!」
 
見ればいつのまにか首藤は昇降口に入り、靴まで履き替えている。
 
「今行く!」
 
天根の髪から手を離しながら、首藤に向かって返事をして黒羽は止まっていた足を向けた。
 
「行こうぜ、ダビ」
 
「うぃ」
 
短い返事と共に、天根も走り出す。
 
本鈴が鳴り響くまで、あともう少し。
 
 
 
 
 
 
 
 
おわり
 

黒羽春風、六角中三年生!お誕生日おめでとう!!
そんな気持ちをぎゅっと詰め込んで見ました。
男の子ってあんまり誕生日を重要視していないみたいなことを以前聞いたので、今回は誰もプレゼントは用意してません。
でもハートだけはね!ぎゅっとなんだよね!
携帯ネタ、ありがちでごめんなさい!てゆっか中学生なのに持ってるの?って突っ込みはナシで!
今回は六角中オール出演させてみたんですが(オジィ除く)どうかなー。
ムダに幅を取るSSとなりました。
でも、かけて楽しかった!
 
そんなわけで、もう一度言う。
バネさん、ハッピーバースデイ!!