秋晴れと呼んでいい天気が続くようになり、いつの間にか空気に潜んだ熱がなりを潜め始めた頃。
衣替えの季節です。
 
 
「おはよう、いっちゃん!」
 
佐伯はにこやかに目の前を歩いている樹の肩を叩いた。
軽快なタッチにまったく同じ高さにある顔が振り返る。
 
「サエ、おはようなのね」
 
そう返された言葉と共ににこりと笑顔を向けられて、佐伯も同じように微笑んだ。
そうして、そのまま少しだけ歩調を速めて樹の隣に並ぶ。
まだ学校までは少し距離がある。道を行く学生もまばらで、二人のかつての部活仲間(今は部活を引退しているので、友人と言えばいいだろうか)の姿もまだない。
ゆったりとした坂が続く道は佐伯のお気に入りで、ここを毎朝樹と一緒に他愛もない話をしながら行き来するのが楽しかった。
今日も例にもれず二人で、佐伯は意識せず柔らかい笑みが浮かぶ。
 
「サエ?楽しい事でもあった?」
 
「ん?やー今日はいい天気だなと思ってさ」
 
にこにこと嬉しそうな佐伯の様子に樹は首を傾げる。
 
佐伯は空を見上げてやはり笑顔で。
その視線に誘われるように、樹も通学路の空を見上げた。
 
「うん、いい天気なのね。部活があったらきっと楽しかったかな」
 
「そうだね、きっと今ごろ剣太郎やダビデは頑張ってるんじゃない?あーあ、引退したくなかったなぁ」
 
「サエもそう思うのね?」
 
「いっちゃんも?」
 
二人は上げていた視線をお互いに戻し、くすりと笑った。
足下ではスニーカーが砂利を踏んで音をたてている。
 
 
「そういえば、いっちゃん制服少しきつくなったんじゃない?」
 
「そう?でもサエもちょっと窮屈そうなのね」
 
二人が身に付けているのは、昨日までの白いシャツではなく黒い学生服であった。
銀色のボタンが縦にならぶそれを、二人とも首元まで締めている。
規定どおりの着こなしではあったが、よくよく見れば首元や袖のあたりが少々寸足らずといった印象を受けた。
 
「まぁ、バネやダビデにはかなわないけどね」
 
「あの二人は別なのね。亮は去年、袖が長いってぼやいてたし」
 
「あー、亮はね。今日もきっと言うかもしれないよ」
 
佐伯が上げた友人、黒羽と天根。その身長や背格好を思い出し樹は頷いた。
黒羽も天根も身長が180の大台に乗っており、中学生男子にしては突出したその高さに制服の方がやや悲鳴をあげている。
一方で樹の出した名前、木更津の身長は二人よりも大分低く三年通して制服のサイズ余りを快く思っていないのだ。
毎年この衣替えの季節に必ず一度は話題にあがるそれ。
去年までは所属していたテニス部の部室での会話だったが、今年は二人でしている。
なんとなく寂しい気もしたが、佐伯も樹もあえてそのことは口にしなかった。
 
しばらくはそうして昨日見たテレビのことだとか、最近買ったゲームの攻略法などで話が盛り上がる。
話に熱中していても2年半通い続けた通学路をもう体は覚えていて、迷うことなく学校までの距離は短くなっていく。
周囲も学生の姿が増え始め、佐伯や樹にもクラスメイトが「おはよう」と声をかけてきた頃。
 
「あ、あれ聡じゃないか?」
 
佐伯が指を差した方向。少し前をあるく背中と、その髪型に二人は覚えがあった。
やや金の混じる茶色の髪を乱雑に立てたそれ。
その隣に帽子をかぶった姿も見つける。
 
「亮も一緒なのね」
 
友人の見慣れた後姿を見つけ、佐伯は声をかけようと足を一歩踏み出す。
と、その前に肩を叩かれた。
視線をめぐらせると、佐伯の肩口に手を置いていたのは樹で。
 
「いっちゃん?何?」
 
「サエ、これ」
 
耳を少し赤くして、樹がポケットから何かを取り出す。
目を丸くした佐伯の手に、小さな袋を握らされた。
 
「え?」
 
「お誕生日、おめでとうなのね。サエ」
 
「いっちゃん…」
 
佐伯の手の中で、シンプルな白い紙袋が存在を伝えている。
小さく囁くように祝いの言葉を伝えられて、佐伯は珍しく動揺する。
 
「なんか、こういうのってやっぱり恥ずかしいのね」
 
何も言えず歩みも止まってしまった佐伯に、樹ははにかんでみせた。
途端、佐伯も頬に熱が集まるのを自覚する。
テレというものは伝染するのだということを、二人は知らず考えていた。
 
「え、あ…ありがとう!覚えててくれたんだ、誕生日。
俺から言うのもなんだし…さっきまで話題にあがらなかったからてっきり…」
 
「なんか、切り出すタイミングが読めなくて」
 
「やっぱり覚えててくれたのってバネのすぐ後だから?」
 
「?確かに一昨日はバネの誕生日だったけど。別に関係ないよ。
サエはサエなのね」
 
きょとんとして、そう返す。
それはまぜっかえしのない、純粋な言葉で。
 
「(いっちゃん…それ反則)」
 
「なに?聞こえないのね」
 
ぼそぼそと赤くなりながら呟いた佐伯の言葉は、運良く樹の耳には届かなかった。
そうこうしているうちに、前方を歩いていた木更津がふいに後ろを向いた。
そうして、その視線が佐伯と樹を見つける。
 
「サエ、いっちゃん。おはよう」
 
「え?あ、本当だ!」
 
抑揚なく木更津が声をかけると、ようやく首藤も気づき盛大に後ろを振り返った。
その勢いで、近くを歩いていた学生にぶつかりそうになってよろめく。
それを見ていた木更津は、口元に手をあてて小さく笑っていた。
 
「あー、また亮笑ってるのね」
 
「聡がおかしいからでしょう」
 
佐伯は空いた手を軽くあげて、挨拶を返す。一方に握っていた紙袋はそっとポケットへ入れて。
樹も手を振った。
そのまま止まっていた足を動かし、待っていてくれた首藤と木更津に合流する。
学校はもうあと少しのところまで迫っていた。
灰色と薄茶色の混じったような色の校舎が木や電柱、並ぶ家屋の隙間から見え始める。
 
「おはよう!」
 
その時ふいに、頭上から元気のいい声が振ってきた。
 
「バネ、おはよう」
 
みなが一斉に振り向くと、そこに黒羽が立っていた。
十数分前に佐伯と樹が話したとおり、制服は前を全部開け白い開襟シャツが見えている。
 
「おう、サエ。そうだ、誕生日おめでとうな」
 
笑いながら黒羽がそういうと、首藤や木更津も同じようにシンプルな祝いの言葉を口にした。
 
「ありがとうバネ。聡に亮も」
 
「なんだ、お前らまだ言ってなかったのか?忘れてたんじゃね−の」
 
自分の言葉に続くように言った首藤と木更津に、黒羽はシャレも含めてそう言う。
それに首藤は大いに慌てた。
 
「ば、バカ!ちげぇよ!こういうのはタイミングなな…」
 
「聡…かんでるのね、言葉」
 
「クスクス、おかしいや」
 
「プッ」
 
「お前マジおかしいぜ」
 
からかわれ、全員に笑われて。
首藤は首から真っ赤になってしまった。
 
「あー、今日英語だぜ。たりぃ…」
 
「俺のとこはないね」
 
ひとしきり笑った後、校門は目前だった。
話題は自然、今日の学校のことになる。と、ふいに黒羽は声をひそめて。
 
「また昇降口で剣太郎にバッタリ…なんてな」
 
「『サエさんお誕生日おめでとーーーー!!』なのね?」
 
「まあ、元気なのが剣太郎の一番のとりえだから」
 
二日前の黒羽の誕生日。
昇降口でとてつもない音量で祝われた黒羽は、苦笑する。
他の面々もそれを思い出して口元を釣り上げた。
 
校門の車輪が通る溝をまたげば、校舎まではもうすぐ。
 
「あ、やっぱりなのね」
 
ぽつりと樹が呟き、その顔が向いていた方向を佐伯も見ると、見慣れた坊主頭が見えた。
厳しい髪型指定がないこの学校であえて坊主刈り。見間違いようがない。
その後方にやはり二日前と同じように赤い髪も見止める事が出来て。
 
「まあいいんじゃねえの、サエ」
 
「まあね」
 
あと数分後。もしかしたら数十秒後には確実に行われるであろうことを想像して。
それでもけして、嫌ではない気持ちが浮かんでいた。
 
 
微笑む佐伯のポケットの中で、小さく紙袋がかしゃりと鳴った。
 
 
空は高く澄んで。
いつもと同じ、そして少しだけ特別な一日が始まる。
 
 
 
 
 
 
 
 
            おわり
 

佐伯虎次郎、六角中三年生!お誕生日おめでとう!
バネさんに続き、六角バースデイ祝い中!
今回はちょっと乙女仕様で(?)
いっちゃんは三年間テニスでも一緒のパートナーだった佐伯に、ありがとうのき持ちも届けたんだと思います。
プレゼントの中身はなんだったのかな。きっとサエはドキドキして自分のクラスで開けるに違いない。
(本人の前では開けられない)
帰る頃には女の子からのプレゼントをいくつか鞄にいれてるとおもう。(美形設定だから)
でも一番嬉しいのは小さな白い紙袋だと思う。(いっちゃんからの)
 
きっと今日のサエ心の日記には、『いっちゃんにプレゼントをもらった俺のバースデイ記念日』が。 (身内ネタ)
 
そんなわけで、サエさん八ッピーバースデイ!!