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三月末日 天気良好。 卒業式も無事終わって、春休みはあっという間にやってきた。 それでも部活の練習はなくなるわけもなく、今日も六角中のテニスコートではボールを打ち合う音が青い空に高く響き渡る。 そんな、時刻にして11時を少し回ろうかという頃。 「そろそろ休憩にしようか」 全体に声をかけたのは、三年生が部活を引退した後に副部長職を引き継いだ佐伯であった。 副部長、という肩書きではあるがその実、他校の部長クラスと同じ権限を彼は今現在扱っている。 それというのもこの六角中テニス部の伝統的な行事(?)として、テニス部部長は新一年生が入ってきた4月に顧問兼監督であるオジィが名指しすると決まっている為に、 三年生が引退した秋から翌年の春までは部長が不在となるからだ。 佐伯の声を聞き、コート周辺でそれぞれ練習をしていた部員たちがきりのいいところで休憩に入り始める。 それを視界の端にいれながら、佐伯が次の練習メニューを頭の中で組み立てているとき。 「おーーーい!サエさーん!バネさーーん!みんなーーー!」 ありあまる元気が溢れている声が響き渡った。 声の主を探す部員たちの視線は、すぐに一箇所へと集中する。 「剣太郎じゃねえか!」 名前を呼んだのは、すでに休憩には入りタオルで汗を拭っていた黒羽だった。 くせ毛なのか寝癖なのかいまいち判断のつかない髪をガシガシと拭きながら、片手を上げている。 それに葵はブンブンと手を振り返しながら、あっという間にテニスコートの前まで来た。 「どうしたんだよ、お前まだ小6だろ」 駆け寄ってきた剣太郎に黒羽がそう切り返せば、同じように休憩に入っていた樹はシュポーと独特の鼻息をならしながらあきれかえる。 「バネー、もう剣太郎は卒業してるのね?小学生じゃないのね」 「そうだよー!酷いよバネさん」 「ていうか剣太郎、その恰好」 ぷりぷりとふくれてみせる葵の、見慣れぬ姿に佐伯は指を指す。 けれど佐伯の指摘に葵が答えるよりも早く。 「黒ガクランでも、葵(青い)とはこれいかに…プッ」 実はずっと黒羽の隣にいて、同じように休憩に入っていた天根がぽつりと呟いた。 しかしその呟きが全員の気持ちを冬に引き戻す前に、一つの影が飛ぶ。 「ダビデ!つっまんねえんだよ!相変わらず!!」 春の日差しを背に、黒羽の姿が輝いた。 肩に巻いていた白いタオルが青い空にとても映えて綺麗だった。 「ちょっ!たんま、バネさ!」 慌てる天根の言葉は最後まで続かず、代わりにブンブンゴッという低音が残り。 地面に倒れ伏す天根に一瞥をくれ、黒羽は葵達に何事も無かったかのように向きなおる。 佐伯も中断されていた会話を天根の駄洒落が入る前から仕切りなおすことにした。 「ていうか剣太郎、その恰好」 区切りも同じ。 律儀な性格だった。 葵は佐伯のその堅実さにいたく感動し、しっかり返さなくては!これはプレッシャーだと感じる。 そしてぐうと握りこぶしを握りながら。 「今日できたてのほやほや学生服を着たら、もういてもたってもいられなくって!」 「まさか家からそのまま飛んできたとか、いわないだろうなぁ?」 元気すぎる葵の声に洗濯帰りの首藤が冗談めかして聞くが、葵が大きくうんと頷くのを見て開けた口がふさがらなかった。 「さすがに飛んできたは言い過ぎだけどね…くすくす」 いつからいたのか、または初めからいたのかわからない木更津が、いつの間にか首藤の隣で独特の笑みを浮かべている。 しかしその表情は大き目の帽子に遮られて口元辺りしかわからない。 おまけに長身の首藤から見ればさらに帽子はその遮断度を大きくしたため、怖いものが苦手な首藤には恐怖効果倍増といったところ。 首藤の顔に漫画的な青線が入ったのだがそれに気付くものは生憎といなかった。 首藤がガマの油よろしくたらーりたらーりと脂汗を出し始めても、誰も見向きもしない。 六角中テニス部の人権を守るため言うならば、けしてイジメではない。みんな本当に気付かないだけなのだ。 なのでみんなは先ほどとなんら変わらず、葵のガクランについて楽しく談笑している。 「でも結構ぶかぶかなのね」 樹はごくもっともな客観的感想を述べてみた。 実際樹の言うとおり、葵の学生服は袖の部分が余っており『着る』というより『着られている』といった印象が強い。 みんなが樹に同意するように頷くと、葵はむうと唸った。 「これからまだまだ伸びる予定だから、大丈夫なんだよぅ!」 負け惜しみのような葵の言葉に、しかし黒羽だけはうんうんと頷いて同意してみせる。 「まあそうだなー。俺もダビデも中1の後半に一気に伸びたし、剣太郎もそうかもな」 「言っとくけどバネとダビデは異常成長すぎだからね?」 「そうそう、ありえないのね。10cm以上伸びるなんて、非人間的なのね」 顎に手を当てながら黒羽が昔を懐かしむように語ってみせると、すかさず佐伯と樹の言葉が切り込んだ。 黒羽は納得がいかず、そうなのか?とダメージが予想より大きかったのかいまだコートに這い蹲っている天根に問い掛けてみるが、当然の如く答えは無い。 「今は身長いくつあるんだ?」 首藤はそれとなく木更津から距離をとるようににじり移動しながら、普通っぽい質問をした。 まあ実際問題、彼の脳内は葵の現在の身長よりも木更津亮との距離の方が明らかな重要性をしめていたために空々しい感も拭えなく。 その上、顔に青線は入ったままだったが誰も当然の如く気付かない。 いや、木更津だけはひそりと気付き、にじり離れた分だけにじり寄るという遊びを楽しみはじめたところではあったが。 「身長はー…163cmだけど、目標は180cmオーバー!」 目をキラキラさせて。 おそらくは180cmオーバーした自分を想像している葵を、皆は微笑ましく見守り続ける。 「少年よ大志をいだけ、だね」 「見込みなくはねーよ」 「カルシウム取るといのね」 「身長は慎重に…プッ」 (ベコッ) 「ずっとそのまんまっていうのも、面白いけどね…くすくす」 「…運動してよく食って寝りゃあ伸びるぜ」 そうこうしている内に、休憩時間は終わっていたらしい。 学校に据付られている時計を見て、佐伯はハッとなり全体に声をかけた。 「休憩時間終了!各自、休憩前の練習メニューに戻って!」 「おう」 「うぃ」 「OKなのね」 「まだ洗濯途中だぜ」 「くすくす」 佐伯の副部長としての言葉に、皆はそれぞれ頷き練習メニューへ戻っていく。 後に残ったのはまだ指示を出していた佐伯と、葵の二人だけで。 「それじゃあ、僕もう帰るね」 「え?何でだい?」 葵がそう言いながら背を向けようとすると、佐伯は首をかしげた。 「だって皆練習に戻ったし、僕まだ中学生じゃないから」 そう言う葵は少し寂しそうで、また少し拗ねているようでもあり。 やはりまだ小学生を抜けたばかりという印象を佐伯に感じさせた。 「そんな事言って、本当は練習参加したいんじゃないのか?」 思わず佐伯が苦笑しつつ聞くと、葵は顔を赤くして口を尖らせる。 「そりゃしたいよ!でも…」 「そんなら参加してきゃいいじゃねーか」 あっさりとそう言ったのは、練習に戻ったはずの黒羽だった。 見回すと、天根も樹も首藤も木更津も。 皆が戻ってきている。 そこで佐伯が笑みをさらに崩しながら、葵に聞こえるように全体に問い掛けた。 「俺は少し早い部活見学も兼ねたっていいと思うんだけど、どう思う?レギュラー予定のみんな」 それに対する答えはもちろん。 『当然、副部長に賛成!』 みんなの斉唱に、葵の拗ねかけていた口元がぎゅーっと上がる。 そうしていると独特の坊主頭に手を伸ばされ、ガシガシと撫でられた。 「ラッキーじゃねぇか、剣太郎。一足早いぜ?」 「今年の桜より早咲きなのね」 「うん!へへへ、僕って凄い?」 「いーや、葵はまだまだ青い…プッ」 (ゴガッ) 「こりねえなぁ、ダビデは」 「バネも相当付き合いいいと思うけどね、くすくす」 「さあ、今度こそ練習再開だぞ!」 佐伯の副部長としての声は空に響き。 再びコートはボールを打ち合う音で満ちていった。 ところでその日の夕方。 首藤の家のクリーニング屋に葵の制服が急きょ運び込まれたのだが。 その新品と呼ぶに呼べない状態に、首藤聡はそれを直視できなかったらしい。 おわり 久しぶりに書き下ろした六角中SSです。 今回は剣太郎がメインの、剣太郎入学前話! 六角中メンツは一番年下の剣太郎に何かと甘いといいと思っています。 (事実、ラブプリではD1はあきらかに剣太郎に甘いので) 仲良しって、いいですよねー。 剣太郎、可愛いですよねー! |