かぶと あおいそら こいのぼり ぼくら







5月5日、子供の日。
この日は決まってオジィのアスレチック場に大きな鯉のぼりが上がり、近所のおばさん達が集まって柏餅を配ってくれる。
見上げる程高い支柱には色とりどりの帯をつけた吹流しから始まって、黒や赤、青に緑と色とりどりの鯉たちが風に泳いでいた。
元は近所で上げられなくなった鯉のぼりをまとめて上げようというところから始まったらしいこの行事は、数年かけた今とても盛大だ。
オジィが昔からコツコツと作り上げていたらしいアスレチックはその数を大分増やし、近所の小学校や保育所に通う子供達の絶好の遊び場となっている。
集まるのならオジィの庭。そんな合言葉まで出来てくるほどだ。

今年、六角保育所ゆりぐみ(年長)になった春風も例に漏れずこの場所へ来ており、先刻吉村のおばちゃんから貰った柏餅をぺろりとたいらげ、親指についた餡子を未練がましく舐めとった後。
さて遊びに入ろうかと思ったときに名前を呼ばれた気がして振り返ると、そこには見知った朽葉色があった。
ともすれば無表情に取れてしまうかもしれないほど感情表現の下手な一つ下の幼馴染。
その口端にちょこちょことついている餡子を見ると、もう柏餅は貰った後なのだろう。ぽてぽてと駆け寄ってくる。
いつも何かと春風や他の幼馴染についてまわる事の多いヒカルが可愛くて、春風はいつものようにヒカルの頭を撫でてやろうと手を伸ばして、その頭に普段無いものがあるのに気付いた。

「…ヒカル、お前なんだそれ」

「かぶと」

春風の疑問にヒカルはへらっと笑って答える。
朽葉色の頭に乗るというよりもひっかかっているようなそれは、お世辞にも彼がいうようなものには見えない。
かろうじて原型がイメージできるかも、という程度のものだ。
春風が二の句を告げずにあきれていると、ヒカルは嬉しそうに言葉を続ける。

「せんせいにおしえてもらった。こどもの日、かぶるもの!」

「自分で作ったのか?」

「うん」

こくりと頭を縦に揺らした瞬間、ぱさりとそれは簡単に地面に落ちた。
ヒカルが反応する前に拾い上げ、春風はそれをよく見える位置まで持ち上げる。
新聞紙で作られたそれは実際まさにギリギリのラインだった。折り目は合っていないしあちこちセロハンテープでベタベタに貼り付けてある。
それでも不十分で、うまくつなげられていない場所はヒラヒラと紙が風に躍っていた。

「…これ、テープいらないだろ」

確か春風の記憶ではそうだ。
そもそも簡単な折り紙はハサミなど使わないはずで。
春風が何か言ってやろうと思いヒカルを見たが邪気のない表情に溜息だけで止まる。

「まあ、いいんじゃないか?」

ヘタクソとも言えず、結局手にしていたそれを再びヒカルの頭の上に乗せてやろうとして。
ぐしゃ。

「あ」

「…う」

簡単にそれは、ヒカルの頭と春風の手の間でへしゃげてしまった。
慌てて春風は直そうと試みるが、もともとバラバラに近いものだったので触れば触るほどどんどん形はゴミくずに近くなっていくばかり。
ぺろぺろになったセロハンが風を受けてひらりと動く。
暫く奮闘した後再現不可能と割り切ると、春風は誤魔化し笑いを浮かべてヒカルを見上げて…ひきつった。

「わ、悪かったって!新しいの作ってやるから」

じわじわと色の薄い目に涙がたまるのを見て春風は慌てる。
両手をわたわたと意味なく動かし、そのたびに春風の手の中にあるカブトだったものは益々原型を失っていって、それを見てまたヒカルはぐずぐずして、の悪循環。
あとちょっとでヒカルの大きな目から涙がこぼれてしまう。そう思うともう、春風だって泣きそうだった。
鼻の奥がツーンとしてきて、それでも自分の方が年上で。
どうしようどうしようどうしようと春風がパニックになりかけたとき、ふと目の端にオジィの家の屋根が飛び込んだ。

「ほら、きっとオジィの家なら新聞紙あるし!だから、な?泣くなよ!」

自分より小さなヒカルの手を取ってひっぱると、ヒカルがようやく顔を上げた。

「ほんと?はるちゃんつくれる?」

「お、おう!あったりまえだろ?俺に不可能はないんだぜ!」

春風はそう言い聞かせると、手を繋いだままオジィの家に向かって歩き出した。
他の子供たちが遊んでいる遊具の間を通り抜けて、どんどん歩いていく。少しすると瓦屋根と茶色の縁側が見えてくる。
そこにオジィが腰を下ろしてお茶を飲んでいるのを見つけて、春風はぶんぶんと手を振った。

「オジィ−−!新聞紙くれよー!」

「んー…」

春風の声が届いたのだろう。オジィは細長く皮と骨ばかりの指を縁側の脇の方へ向けた。
その先にはなるほど、古新聞がいくつか積み上げられている。
春風とヒカルは小さい歩幅をめいっぱい広げてそこまで駆け寄ると、新聞紙をよいしょと持ち上げた。

「これ」

ヒカルはその中からカラフルな広告の紙を引っ張り出したが、春風はそれを一瞥して首を振る。

「それじゃ小さいだろ。かぶれるの犬とかぐらいだぞ。お前とか俺の頭が入るぐらいだったら新聞紙じゃねーと」

「…そっか。じゃあこれははるちゃんのおうちのわんこ用…」

「いいから、お前の作るんだろ」

そう言っては見るが、ヒカルは次々に広告を広げて「これはうちのにゃんこ用…」などとえり分け始める。
まあ機嫌もなおったようだしいいかと思うことにして、春風は一番大きな新聞紙を広げて立派なカブトを作るために折り目を付け始めた。





しかし数分後。

「げ、どうするんだったっけ」

目の前では三角に折りたたまれ無数の皺がついた新聞紙。
ヒカルはといえばまだ広告をえりわけている。
春風はすっかり困ってしまっていた。

「作り方忘れた…」

何度か試してみたのだが、一向に作り方が思い出せない。
この連休前に保育所で先生が教えてくれたはずなのだが、その時春風は折り紙をやるよりもずっと園庭で遊ぶ方が魅力的だったので気もそぞろだったのだ。
結局その時の春風のカブトは先生が作ってくれた。
その付けが今になって回ってきたわけで。

ちろりと横を見ると、ヒカルはまだこちらに気付いてはいない。
でももしもこれで春風がカブトを作れないと知ったら、直りかけた機嫌はまた下降してしまうかもしれない。
それだけは避けたくて、でもどうしようもなくて。
春風の眉間に皺が出来始めた時、ふいに目の前に影が落ちる。

「なにやってんの、春」

頭上からかけられた声に顔を上げると、青空を背に佐伯がたっていた。
よくよく見ると一歩はなれたところには樹もいる。

「それ、カブトなのね?」

「え、ああ…でも作り方がわかんねーんだ」

すると虎次郎は春風の手元にある新聞紙をながめて、くすりと笑った。
笑われたのが気になって春風が少し怒ったような顔をして見せると、佐伯は肩をすくめるまねをする。(それは佐伯の姉の癖だった)

「だって、春は先生のやり方見てないからだよ」

「!だったらお前はわかんのかよ、サエ!」

「当然。作って欲しい?」

「!!」

からかうような佐伯の発言に、春風は脳みそに血がいっぱい上ったように感じる。
おもわず手をあげようとして、その前に二人の間にヒカルが飛び込んだ。

「いっちゃん!サエちゃん!」

にこにこと明るく名前を呼ばれて広告を渡されて、佐伯も樹もきょとんとした。
樹はそれでも律儀に「ありがとなのね」と返している。
佐伯もとりあえずはにっこりと微笑んで、ヒカルを見て首をかしげた。

「ヒカル、これ何?」

「はるちゃんが言ってた。広告はどうぶつのカブト!
サエちゃんのおうちにもいっちゃんのおうちにもわんことか鳥がいるから、あげたらいい!」

「…馬鹿、ヒカル」

「こら!春!…ヒカルありがとうね。じゃあ変わりに俺はヒカルにカブトをつくったげようか」

うっかり馬鹿と呟いてしまった春風に黙るように言って、佐伯はヒカルの頭をなでた。
カブトという言葉にヒカルがますます表情を明るくしたのをみて、春風はつまらなそうに口を尖らす。

「じゃあぼくと春ちゃんは鯉のぼりをつくったげるのね」

「え?」

「ほんと!?いっちゃん、はるちゃん!」

「ほんとなのね。クレヨンを取ってくるから待ってるのね」

「うん!」

こくこくと頷くヒカルに手を振りながら、樹は春風の手を引っ張って自分の家の方向へ走り出した。
佐伯もいってらっしゃいとニコニコ手を振っている。
春風はそれに引っぱられるままにしながら、目を白黒させた。
しばらく走った後、樹食堂の前までやってきてようやく2人の足は止まった。
走り続けて少しあがった息を整えながら、春風はすぐ隣にいる樹の顔を見て問う。

「いっちゃん、こいのぼりって…」

「カブトより簡単なのね?ワリバシとハサミとクレヨンとテープで出来るのね」

「あ…」

ちょっと待ってて、と言い樹が家の中に消えていくのを道端で見送りながら、春風は少し頬を赤くした。
なんだか自分が恥ずかしかった。
樹は春風の気持ちを考えたのだろう。
先ほどの会話、春風はなんとかカブトをヒカルに作ってやりたいと思ったし、それが無理な事にも気付いていた。
それが無性に悔しくて。佐伯はずるいと思ってしまったりしていて。

「いっちゃんにはかなわないなー…」

頭をちょっとかきながら、春風は足下に転がっていた石ころを一つ蹴飛ばした。





**********



それから。

樹の家からワリバシを貰いクレヨンとハサミとセロハンテープの小さいのを借りて、オジィの家の縁側で4人座り込んで黙々と工作を続けた。
佐伯は言葉どおり、とても綺麗にカブトを折り上げてくれた。しかもヒカルの分だけでなく、春風や樹の分もだ。
4つのカブトが並ぶと、その上にヒカルはクレヨンを握り締め様々な色をのせていった。ぐるぐるの丸だとか、誰かの顔のようなものだとか。
カラフルなカブトが仕上がっていく横で、樹は広告の白い面を表にして輪のように閉じる。
白い鯉のぼりの原型に、春風はクレヨンで立派な顔をかいてやった。
ついでに一つ一つ名前を書いてみせる。ひらがなは今年に入ってかけるようになり、ちょっとした自慢でもあった。
オジィはただ縁側に座って、ぼんやりと空を泳ぐ鯉のぼりを見ていた。
時々トイレに出かけたり、4人におせんべいを出してくれたりもした。


おひさまがてっぺんより斜めに傾いた頃、樹の手元にみんなの視線が集中する。
ぺりぺり、ぺたり…。
最後の一匹がセロハンテープでワリバシにくっつけられて…。
佐伯、春風、ヒカルの6つの目が樹の顔を伺った。
樹はその目を見て、一つ深呼吸をしてからにこりと笑った。

「かんせい、なのね!」

「「「やったーーーーー!!!」」」

子供達の声に、いつのまにかうたた寝していたらしいオジィの肩ががくんと揺れた。





**********


結局その後。
日が暮れるまで遊び倒していた4人に、オジィが「そろそろ返りなさい」と声をかけてお開きになった。
樹がセロハンテープやハサミをもって帰るのを見て手伝おうとしたのだが、春風が動くより前に佐伯が樹の手からセロハンテープを持ち上げて取る。
樹はしばらくの間いいのにと言っていたが、佐伯が離さないので諦めたらしい。
「ありがとなのね」という樹に佐伯はとても嬉しそうに笑って見せていた。

空はゆっくりと茜色から夜の色へと変わっていった。
旅客機の光がぴかぴかと宝石のように光りながら流れていく。
あれだけあちこちの家先で泳いでいた鯉のぼりは、流石にもうみんなしまわれてしまったようで影形もない。

4人でしばらく歩いていった先。
角の電柱の所まで来ると、樹の家と春風やヒカルの家のある道は二つに分かれていた。
いつもみんなで遊んでもここでバイバイになる。佐伯の家も春風の家のほうなのだが、佐伯はセロハンテープを届けるといって聞かない。
結局、樹はさっきも言ったのにまた律儀に「ありがとなのね」と佐伯に言い、春風とヒカルに「また明日」と言って帰っていった。
佐伯は片手で2人に手を振りながら、笑顔で樹の後を追いかけていった。


春風はしばらく2人に手を振った後、なんだか急にその手がカラッポになった気がして、同じように隣で振り続けているヒカルの手を取った。
手を取られてヒカルはきょとんと春風の顔を見上げる。
急に顔の方向を変えたので、ヒカルの頭に乗っていたカブトが前にずれた。
それを鯉のぼりをもったままの手で直してやって、春風は笑う。

「かえろう、ヒカル」

「うん」

笑う春風を見て、ヒカルも笑った。







もう夜に近い色の空を、カラスが声長く鳴きながら飛んでいった。
冬眠から目覚めて久しいカエルが近くの田んぼで輪唱していた。
子供達の、「こいのぼりの歌」が大きく伸びていた。


小さな手に握られた鯉のぼりが、空を渡る暖かな風にふわりと音もなく揺れた。







それは少し昔の、子供の日のこと。





おわり



 
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反則技でしょうか。まだ5才ぐらいの六角っこでこどもの日。
名前の表記が「黒羽→春風」「天根→ヒカル」になっているのはわざとです。
小さいころは「バネさん」じゃなくて「春ちゃん」で「ダビデ」じゃなくて「ヒカル」だったと思うので。
サエは昔からサエ・又はサエちゃんだと思うので「佐伯」。いっちゃんはずーっといっちゃんだと思うので「樹」のままで。

これで小学生真ん中ぐらいになって「春ちゃん」と呼ばれるのをバネは恥ずかしくなるわけで。
その前のまだきゃっきゃしてたころの話。
剣太郎は三男坊なのでおうちでこの日はきゃっきゃしてると思います。(3歳だし)

こどもな話も書いていて楽しいなと思いました。