せやけどなぁ
世の中どうしようもあかんときもあるやろ
そんとき笑って誤魔化せた自分は
めっちゃおかしいとおもうんや
 
 
 
 
 
『敗北』
 
 
 
 
 
 
負けてもうた。
 
あっさり。
 
もぉテニスできへん。
 
もぉここにおられへん。
 
そんでも自分が笑うとるのは、プライドが高いせいやろな。
こんな重い板みたいな気持ちなんていらんわ。
 
俺もいらん。
この手ももういらん。
 
 
「なんやの跡部。急に話やなんて」
 
めずらしーやん。
青学との試合から数日、練習のとっくに終わった夕刻に呼び止められて。
ベンチに座りおとなしく待っていると、ようやく待ち人たる跡部の姿が見えた。
 
早ぅ話切り上げたろ…そう思って跡部が口を開く前にこちらから声をかける。
笑うとしかし、目の前の跡部は元から不機嫌そうだった顔をさらに歪め不愉快だというよう。
なんとなく言いたい事がわかった気がして、忍足は苦笑した。
 
「そないに怖い顔されてまうと、ユーシ泣いちゃうで?」
 
両手を頬まで持っていき、わざとらしく乙女ポーズ。
とりあえずうけを狙ってみたのだが、やはり跡部の表情はおもわしくない。
 
「…うぜえんだよ」
 
「ひどいわー、傷心のモンにその仕打ち」
 
跡部らしいやん。
低く一瞬きりつけられるように言われて、傷ついていないようでもサックリ傷口が開いた。
ミナイフリをしていた傷は今、見えない血をダラダラと流している。
でも痛いという感覚は麻痺しているのか、心には漣(サザナミ)一つおこらない。
 
「まあええわ、跡部サマの視界を遮るおじゃまなもんは、さっさと退散てな」
 
腰をあげ、今の今まで座っていたベンチを後にする。
二度とそこに座る事もないだろうと思いながら。
それも感慨深くてええんやない?
 
「ほな、お元気で〜」
 
ひらひらと手を上げて振る。
その手を突然掴まれた。
 
「いいかげん、我慢してんじゃねぇよ」
 
「はぁ?」
 
「悔しかったら…泣きやがれ!」
 
鋭い眼光でねめつけられて。
強い力で腕を握り締められて。
全て読まれていたことを知った。
 
「…あー…心当たり、あらへんよ」
 
「バーカ、隠せてねえんだよ、全然!」
 
ぐっと唇を噛み締めた。
そうしないと、辛かった。
心の奥の傷口から、じわじわ染み出たものが全身に浸透してしまう。
叫びだしそうになる。
その前に笑わなくてはならない。
笑わなくてはならない。
自分は強いのだから。
 
「ほんま、わけわからんで、跡部」
 
「…ならてめぇのこれはなんなんだよ」
 
ひくっと頬の筋肉が引きつる。
笑えているはずだ。自分は今、笑っているはずだ。
なのに。
 
「顔の筋肉いじるぐらいじゃな、笑ったなんていえねえんだよ」
 
跡部の指が頬に触れて。
そこを熱いと思うと同時、濡れていると感じたのはどうしてか。
 
「あとべ…」
 
「泣き笑いなんて、最悪だぜ」
 
笑っているはずだ。
笑っているはずだ。
自分は笑っているはずだ。
 
なのに。
 
瞼はゆるゆると震えて、視界が酷くぼやけて。
 
「負けとぅ…なかったんや!まだ何も…してへんっ!何もはじまっとらんのにっ!」
 
まさかの一回戦敗退。
まさかのダブルスでの惨敗。
もうここでラケットを振ることはないのだと、思った瞬間に傷ついた心。
 
感傷なんてらしないて思うてる。
ありえへんて笑いとばしてまいたい。
でも。
 
何処までも残酷に落ちて来る現実が重いんや。
 
 
 
「なぁ…俺がほんまに『天才』やったら…この未来もちごてたんやろか…」
 
 
「アーン?くだらねぇこと考えてんじゃねぇよ」
 
 
「…ほんまや…ほんまに……くだらん話やね…」
 
 
 
 
そこまで自信なんてものはなかったのだけれど。
ただ認めるのが悔しかっただけ。
 
 
自分は『天才』でもなんでもなく。
 
 
ただの人の身であったと。
 
 
 
 
 
 
 
 
涙は顎を伝い滑り落ちて。
足下に小さな影を造った。
 
 
 
小さな小さな 影だった。