■アクアプランツ■□□
 
 
ふと見かけた雑貨屋で。
目にとまった小さな小瓶。
ゆらめく緑に、やわらかな夢を見る昼下がりのこと。
 
 
 
 
掠めるように視界に入ったそれに、意識をもっていかれて振り返る。
休日の午後というやや人通りの多いショッピングモールの中ほどで、忍足は立ち止まった。
同じように通りを歩いていた人々が背中を抜け、肩に風を切って過ぎていく。
向かいから来た親子連れ。その子供が大きな目をまん丸にして忍足をじっと見ている。
それを母親がせかして、声に出さず手を僅かに強く引いて子供はすれ違っていった。
 
大通りで立ち止まるなど通行の妨げにしかならない。
忍足はとりあえずの応急対応として、意識を惹いたものの傍へと身体を移動した。
スニーカーがキュッキュッと人口の床との間で鳴り渡る。
 
3秒もない間の後、忍足は自分を引きとめた存在の前で足を再び止めた。
 
「なんや?これ」
 
それは細長い直径4センチほどのガラス瓶。
銀色の蓋で封をされたそれの中に、透明な水とそして。
 
「草ぁ?」
 
水の中に浮かぶ一束の植物。
薄黄色のラインが入った葉の色は緑。根は殆んどなく、まして花など咲いているはずもなく。
まるで水中に葉をちぎって投げ入れたような、無粋。
しかしそれが不思議なバランスをもって存在している不思議。
 
店頭に並べられている事から、売り物だとはすぐに知れて。
忍足は手を伸ばし、それをそっと持ち上げた。
ためしに手首のスナップを効かせて振ってみるが、よほどギリギリまで水が入っているのだろう。
揺らめくだけの水面は無く、振動に緑は無関心だった。
ふと見れば、蓋のすぐわきに小さなラベル。
 
『アクアプランツ・水中で生長する観賞用の植物です。
水道水でも生育できます。ときおり水を入れ替えるだけで、生長していく姿をお楽しみいただけます。』
 
小さな葉っぱのイラストのわきに、少し丸めの文字。
それをレンズ越しに流し読み、忍足は興味がむくむくともたげるのを感じた。
 
「…時々水変えるだけでええなんて、おもろいなぁ。
こんくらいやったら机の上に置いとけるやろし…」
 
シンプルなガラス瓶は試験管を彷彿とさせ、安定したそれを自分の部屋の机に乗せることを想像する。
ブラウンの机と、その上の銀と光を弾くガラス。その中に飾る緑。
なかなかいい感じぢゃあないかと自分の考えに満足して、忍足はラベルにもう一度視線を落とす。
そして。
『1,500円(税別)』
 
の一文字に、ほこほことほころんでいた笑みが引きつった。
 
せんごひゃくえん。
千円と五百円である。
忍足の脳内で、それこそ素早く金額の換算がされる。
いったいどれだけの金額か。ちょっと小遣いの潤っている学生なら鼻で笑うような金額ではあったが。
今の自分のサイフには…
 
「たりひんわ」
 
見合わなかった。
ほんの暇つぶしに出てきた冷やかしだけの買い物。
もちろん、財布だって軽いもので。
 
ハァ…と一つ溜息をついて、忍足は手にしていたガラス瓶を元の位置に戻した。
コツン、と軽い音をたてて離れてゆく冷たい硬質。
なんだか名残惜しくて、ツ…とその表面を指で撫でて。
未練がましい自分の態度に苦笑を隠せず。
 
「あほらし」
 
背を向けて再び雑踏に戻っていった。
今はやりのラブソングが、有線から流れていた。
 
 
 
□■■
 
 
明けて月曜の午前
 
 
 
ガヤガヤガヤ。
今しがたの静寂を押し破って、チャイムとともに賑やかになる教室。
昨日の野球はどうだったとか、放課後はどうするかだとか。
中には携帯で連絡を取り合ってる姿もみられる。
 
忍足は自席に突っ伏したまま、ふぁ…と一つ欠伸をした。
 
『…次、英語やなぁ…ねむうなるやん』
 
退屈な次の時間を思い、もう一度欠伸をかみ殺す。
と。
 
ザワッ…
 
先刻まで賑やかだった室内でどよめきが起こった。
いや、正確には入口である扉の付近から。
ざわめいたのは主に女子。
何事かと思い、欠伸のためにやや涙の混じった視界でそちらを見ると、よく見知った姿をみつけた。
 
「ヨォ」
 
「なんや、跡部やん」
 
ざわめきを起こした張本人である跡部は、周囲など眼中に無い様子で忍足の方まで歩いてくる。
クラスの女子はきゃあきゃあとまるで芸能人でも見たような反応だ。
なんや同い年相手にようやるわ、と忍足が同級生にやや失礼な感想を抱いたあたりで、跡部は目の前に立った。
忍足は席についたままであったため、それは自然と跡部を見上げるようになる。
 
「なん?急用でもおうた?」
 
とりあえず、急なお越しに対してといてみる。
と、普段は迷う事の無いような跡部が一瞬だけ。
本当に一瞬であったが言葉を捜すように逡巡する。
 
「?」
 
その普段らしからぬ彼に何事かと忍足が二の句を告げる前に、目の前に突きつけられる紙袋。
袋が机に置かれると、ゴツンと堅い音がした。
突然出されたそれの真意がわからず、紙袋に捕られていた視線を跡部へ向けると。
 
「やる」
 
「は?」
 
ぐいと押し付けられて、返事に困る。
そして次に今日は何か特別な日であったかと考えて。
やはりなんでもない、ごくいつもと変わらない日だと確認して。
 
「跡部?」
 
問い返そうとした先。
跡部はもう背中を向けていた。
 
「じゃあな」
 
「っ、ちょぉ!」
 
待てや!
忍足の言葉を待たずに、跡部は訪れた時と同様にざわめきを引いて帰ってしまった。
残されたのは机の上の紙袋一つと、周囲の人間に提供された新たな話題。
なにかいろいろなことをはぐらかされたような気がして、忍足はどっと疲れが沸いてきたようになる。
跡部に振り回されるのは今に始まった事ではないけれど。
 
「わけわからんなぁ、ほんま」
 
ふ、と息を吐いて。
置いていかれてしまった用途のわからない紙袋に手を伸ばす。
やるといわれた以上、跡部からのなんらかのアプローチなのかもしれないが。
 
薄茶色の紙袋を指で開く。
ガサガサと軽い音がして、中を覗くと。
 
「あ」
 
中に入っていたのは小さなガラス瓶。
そしてその中に浮遊する緑の葉。
この前忍足が見ていた、アクアプランツだった。
 
「なんでこんなん…」
 
欲しいと思っていたのは事実で。
でも懐具合から諦めたのもまた事実で。
なのにふいに訪れたそれ。
持ってきたのは、跡部。
 
 
「ちゃんと理由言うてかんかい」
 
 
 
もうこの場にいない友人に呟く。
もちろん当人がいたとしても、返答は望むべくもないと思われたが。
 
 
チャイムが一つなって。
 
ざわめきは静寂へと舞い戻る。
 
 
 
 
 
机の横のカバンの中で
 
緑はいまだ水に抱かれ眠っている