【傍らにあるもの】



桜の季節である四月。
新たなる門出の月は驚くほどはやく過ぎ去って、気づけば満開だった桜の花も青々とした葉を茂らせていた。
そろそろ新しい環境にもなれ、周囲を落ち着いて見れるようになる頃。
黒羽春風は、ふとした違和感を感じた。

それはなんなのか。
突き詰めるほど気に障るものでもなかったし、元々細かい事は気にしない質であったので。
黒羽は時折心にさす影のようなそれを気にとめずにいたのだが。
4月もいよいよ終わると言うこの頃になってもどうにもそれは消えない。
それどころか日常のいたるところで、ふいに訪れるようにさえ。

「わけわかんねぇ」

「なんだよ、黒羽」

呟いた声を、隣に並んでいた級友が聞きとめた。
いぶかしげに見てくる彼は、この高校に入ってから知り合ったもので。
容赦ないものいいが気に入っていた。

「や、なんでもねぇ」

「きもちわりいな」

「そりゃねえだろ」

笑い返した彼の顔は黒羽の肩のあたりだった。
思い返せば入学当時、うっかり小さいなとこぼしてしまい『お前が規格外なんだ』とさんざん喚かれた気がする。
悪気があるわけではないが、どうも自分より随分下に顔があると違和感を感じて。
それは何故なのかと、一瞬考え込む。

「おい、黒羽?」

「そうか」

「は?」

納得した呟き。
いざ考えてみれば、思考はいともたやすく答えをはじき出した。

返されるのはあきれた級友の声。
けれど、それに続く問いかけは黒羽の耳には届かなかった。


『バネさん、高校いってもがんばって』


懐かしいと感じるには、まだ少ししかたっていない。
けれど思い起こすと随分前のような気すらする、一つ下の少年の声。
当時184センチ(入学の測定でまた2センチ伸びていたので、今は186)だった自分の少し下にあった、それでも十分に高いと言える身長を持った。
赤い髪の。

「ダビデ」

「はあ?」

すっとんきょうな声は、オイオイ大丈夫かよ、そんな響きをまとっていた。
けれど黒羽の脳裏にはいまだ、掘り起こされた天根の記憶が鮮明に。


『俺も、三年。がんばるから』

『ああ、頑張れよ』


最後に言葉を交わしたのはいつだったろう。
別に避けたわけではない。卒業したからといって疎遠になったわけでもない。
ただ。
新しい環境に入り込むのは存外に楽しくて、そして忙しさもあり。
後ろをかえりみる心がしぼんでいたのだ。


隣を見れば、やはり肩までしかない級友の顔。
なにやら怒り始めている。

「わるい、小さくて気づかなかった」

「てめっ!喧嘩売ってんのか?」

ぽん、と頭に手を置くと、軽く叩き落とされる。
そういえば、天根はいつでも避けることがなかったなと思った。
ワックスをつけていないときの髪は驚くほど柔らかくて、実はワックスで固めるのは勿体無いと。
密かに思ったこともあった。

「おい、次移動教室だとよ!」

手を振り払った級友は、鼻をならして背をむける。
雰囲気からそれほど怒っているのではないなと読み、黒羽は一言相槌を打った。
教科書等を手に、廊下へ出ると上級生なのか知らない顔ぶれも見える。
そのなかに。
でも思い描いたものはない。


『バネさん、次理科室?』

『お前は体育か』

『バスケ、苦手』

『うそつけ』


すれ違い、交わされた言葉も今はない。
当たり前なのに。
それが事実だと言う事に。変えようも無い現実だということに。
改めて気づいてしまった自分の阿呆さ加減に、黒羽は嘆息する。

傍らがぽっかりと空いてしまったような気がして。
そんな自分の思考に、黒羽は頭を振った。

少し先から、級友が声を上げてせかしている。
それを少し歩調を早めて追いかけた。


廊下の窓から、真白い雲が見えた。






−−−−−−今、なにしてんだ? ダビデ?









 
 
 

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バネダビをそっと根底においた、バネさん話。
六角中を卒業して、その四月。高校一年の黒羽春風。
ダビデもバネさんも身長高いから、しかもいつも並んでたりしたら。
きっと、隣にダビがいないとバネさんは違和感を感じると思う。
なんて思ったので。

2003年の六角オンリーで出したバネダビ本【春の歌】にも記載しました。