「バネさん、キスしよう」


「・・・はぁ?!」




○● キスをするなら。 ●○



雨が気まぐれに降る火曜日。
空を見上げれば、どんよりとねずみ色。
朝方は曇り空だったからと甘く見たために、安いビニール傘にガタイのいい男二人がムリムリ入っている現状。
傘を持っているのは天根。その肩に腕をまわすのは黒羽。
はたから見れば悪目立ちすること間違いなしの姿ではあったが、ここは地元で田舎で人の目もない。
二人が実は必死に雨から避ける面積を奪い合っていることを気にするものもない。

衣替えが終わったばかりの制服、その肩にパチパチと雨が当り濃い染みを作っていく。
天根の左肩も、黒羽の右肩も、同じ位には濡れていた。
それでもどうにか雨を避けようと押し合いへし合いを狭い傘の下で繰り返すばかり。
そんな時。
ふいの天根の一言だった。

『キスしよう』といわれ、黒羽は雨を避けているせいでかなり近くにある天根の顔を凝視する。
これは駄洒落か?俺は突っ込みを入れるべきところか?
そんな風に考えるのも仕方のないことで。
黒羽が眉間に皺を寄せて沈黙していると、天根は口元を少し歪めてもう一度同じ言葉を繰り返した。

「バネさん、キスしようよ」

「…雨で酔うって事は、あるのか?」

「は?」

「いや、なんでもねー」

聞かすつもりのない小さな呟きも聞き取れつぃまうほどの距離。
足下で水たまりが雨粒を受けて波紋を広げている。
そこに踏み込む校庭の泥がついたままのスニーカー。
足首に僅かしぶきがかかって、その冷たさに視線を下に落とした。
ふいと視線をずらした黒羽の様子に、天根は唇を尖らせ。

「バネさんのケーチ」

「あん!?」

「ケチケチ。ケチ羽春風」

そのまま至近距離でケチケチと連呼される。

ただでさえ雨は冷たいのに。
(秋雨なんて風邪のもとだ)
予想外の天候なのに。
(午後は晴れると思っていた)
傘を忘れたのに。
(もちろんダビデだって忘れた。この傘は佐伯の傘だ)
午後の授業は延々と漢字の書き取りだったのに。
(担任が休みだった)
(しかも提出期限付きだった)
もう部活はないのに。
(ダビデはある。でも今はテスト期間中。三年は引退した)


「うっせえな!くそっ」

ふいにイライラして。
理由なんてありすぎて、でもそれらは天根には関係のないことばかりで。
なのに。
憤りにまかせて、天根の顔を回した腕で固定して。

勢いよく、口をぶつけてやった。
(それはキスっていえるのかい?)


パシャンと何かが落下する音。
すぐに、頬に雨粒が当る。
天根は傘を取り落としていた。
やれといったくせに、だ。


「…冷てぇだろうが」

額を流れ落ちる雨を袖口で拭いながら、溜息と共に言葉を吐き出す。
天根はといえば、落とした傘を腰をかがめて拾っている最中だった。
茜色の髪は雨に濡れて崩れて落ちている。
額にかかるその髪のせいで、天根の表情は読めない。

「おい」

「ん」

天根は傘を先ほどと同じように、黒羽に差し出す。
何かいってやろうと思ったが、目先の寒さにまずは傘の下に避難。
それでもやはり、肩は濡れてしまうのだが。

「ダビ?」

いつからか止まったままの足。
見回せば、通りに人影はなくなっている。
この狭い道には珍しく、一台の乗用車が二人の横を速度を緩めて通り過ぎていった。
地に落ちる雨は黒羽の感情のぶれも吸っていったのだろうか。
黒羽は先ほどまでのイラツキが嘘のように、ゆっくりと隣にある天根の顔を見た。
天根もどうやら黒羽を見ていたらしく、茶というよりも赤に近い色素の瞳が黒羽を映した。

「ダビデ?」

「キスをするなら…」

「うん?」



「キスをするならチューズデイ」





「………」


「…プッ」


雨は相変わらずアスファルトを叩く。
バタバタと、トタン屋根を叩く。
そして。


「つっまんねえんだよ!っつーかお前、それ言うためにかよ!!」


−−バッ…シャーン!

一際激しく何かが水たまりに落ちた音がして。

黒羽はビニール傘を自分の手で持って、帰路への足取りを再び進め始めた。

その後。
天根の制服は、出して早々クリーニングのお世話になることになったとか。





オワリ

 
 
 

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そういえば今日は火曜日・チューズデイ。
そう思ったら、思いついたネタ。
そっとサエマレ(佐伯は持っていた傘を好意で貸すと見せかけて、その後忘れたふりをして樹ちゃんの傘に入り込むのです)