ふとした瞬間に心をよぎる
 
通り雨のような『感情』
 
 
 
いつかは隠しきれなくなるとしても 今はまだ…
 
 
 
 
 
 
陰 る 心  
 
 
 
 
 
 
「バネさん、どったの?」
 
急に視界を阻まれて、肩が揺れた。
視線を上げれば見慣れた顔が陽光を遮っている。
目の前でダブルスのパートナーであるダビデがいぶかしげに見つめていたのに気づき、黒羽は初めて自分が注意力散漫になっていたと知れた。
休憩時間、木陰でぼんやりとしているうちにたった一つの思考に支配されていたのだなどと。
黒羽が認識したのは遅い。
 
「なんでもねぇよ」
 
いつもと同じように、軽く押しのけたつもりだったのだが。
押し返した腕には予想よりも力が入ってしまったらしい。
おそらくは予期しなかったであろうそれに、天根は体が追いつかず。
二、三歩後ろへとよろめいた。
 
「バネさん?」
 
口調は問いただすでなく。
ただ、本当にわからなくて投げかけられてくる視線が痛い。
黒羽はそれを振り払うように。それを意識してしまう自分を振り切るように、勢いをつけて立ち上がった。
パラパラと、ジャージについていた芝生が舞い落ちる。
それを数回手で叩いて落とし。
 
並べば視線は殆んど変わらない高さ。
相変わらず首を傾げる天根。
少し猫背の分、彼のほうが若干低くさえ見えて。
 
「オジィが呼んでるんだろ?」
 
「ウィ」
 
確認をとれば、素直な頷きが返って来た。
それを横目に捉えながら、先刻脳裏によぎった思いをかき消す。振り払う。
足を踏み出す。
ぎこちなくないように、意識しないように。
 
黒羽が一歩踏み出せば、天根も後をおって歩き始める。
ほんの少しだけ離れた部室に向かいながら、天根は手を伸ばし黒羽の肩を小突いた。
つんつん、というには少し力の強いそれ。
視線だけを向けると、天根は先ほどまで黒羽が涼んでいた木陰を作ってくれた大木を背にして。
 
「そういえば、さっきはなんか考え事?」
 
「別に?」
 
興味津々と聞いてくる。輝く目は小学生のそれと大差ない。
口を閉じていれば大人びて見えるのに、このギャップ。
それが特別に見えてしまうなどということは、普通の感情だろうか。
 
黒羽が気のない返事を返せば、天根は望んだ応えを得られずにムッとする。
 
「秘密主義反対!」
 
ぐっと右手を拳にして空に突き上げる。
 
「へいへい」
 
黒羽はヒラヒラと手を振って、気のないふり。
そのまま歩を進める。
けれど背後でブツブツと不平をもらす天根がいつまでたっても浮上しない事に、ほんの少し進んだ後に気づき。
 
「帰りにラーメンおごってやっから」
 
精一杯の譲歩を見せれば、パッと現金に表情が変わるのが声だけでも感じられた。
 
「!マジで? バネさん太っ腹!母さんは三段腹ー!」
 
「つまらん!」
 
ゴツン!
 
軽口のあとの鉄拳制裁。
天根は殴られた部分を手でさすりながら、それでも黒羽を後を追いかけていった。
 
それはいつもと同じやり取り。
けれど、些細な違和感は水に投じられた石のように波紋を呼び。
世界を歪ませて見せた。
 
黒羽はそれに気づかぬふりをして。
ただ笑う。
 
 
 
 
 
ふとした瞬間に心をよぎる
 
通り雨のような『感情』
 
 
 
いつかは隠しきれなくなるとしても 今はまだ
 
その時ではないと 繰り返しながら
 
 
 
 
 
 
 




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バネダビか、バネとダビか。その間ぐらいなのでどっちに置くべきか迷います。
バネ→ダビ。
これを書いた頃は、書けば書くほどダビデが可愛くなってしまうので(しかもありえない方向に)。
とても頭を抱えた夜もありました。
バネさんの笑顔が好きです。