「バネさん、空が青い」
 
「ん?」
 
 
それはもう夏の入りも過ぎたというのに、相変わらず肌寒ささえ感じる夜の事。
 
 
 
 
 
【手を伸ばして届く星】
 
 
 
 
 
 
黒羽と天根が部活の練習を終え。そろって帰路につく、その途中。
 
いつのまにか空は茜色に取って代わり、濃い藍色が彩っていた。
先刻まで鳴いていたヒグラシもなりを潜め、変わって蛙や季節の虫の声がそちらこちらから響いてくる。
田舎。といってしまえばそれだけのことであったが、二人はその時間がそこそこに好きであった。
なにより去年は悩まされた蒸し暑さが、今年はいまだそれほど頻繁には訪れていないことがいい。油蝉のけたたましい声も耳に残ってはいない。
道のそこそこに点在する外灯の灯りが僅かなちらつきを見せて、明滅する。
その下を通り過ぎる二人の影も、伸びては消え、消えては伸びるを繰り返し。
アスファルトはまだ日中の熱さを残し、薄い靴底にぬるい感触を押し付けてくる。
 
練習で散々走り回った結果、午前中はワックスで固めてあった天根の髪もすでにほどけて。
その赤とも橙ともとれる日本人離れした色に、触れるほどの風がすり抜けていく。
 
ふわ。 そんな形容が出来る。実際は音などしない情景が、何気なく黒羽の視界に映った。
黒羽が何を思ったか、それは彼の心にしかわからないことで。
もちろん、肩を並べる天根は気づきもしない。ただぼんやりと。むしろほうけたように空を見上げているわけで。
 
そうして先ほどの言葉と相成った。
 
 
 
 
天根の言葉はいつも突拍子が無い。
それは黒羽の認識するところで。とかくボキャブラリーの少ない、なおかつ表情も豊かとはいえない天根の言動には手を焼かされることもしばしばだった。
場の雰囲気を読めない。読む気が無いというのは罪なものだと、黒羽は何度天根に伝えただろう。
伝えた所で、天根がそれを気にすることはなかったが。
 
そんなことがあり、慣れきっていた黒羽はさして気にするでもなく、同じように空を見上げてやる事にする。
天根の目は相変わらず上を向いたまま。
しばらく二人、空を見て歩く。
そうしていてもぶつかるものがないほど、二人の行く道には何も無かった。よほど端によりでもしない限り、電柱やゴミ箱に衝突する事もない。
 
「星がたくさん、見えるね」
 
「ああ、そういえば久しぶりに見た気がするなぁ」
 
「ここんとこ、曇ってたし」
 
「梅雨明け、もうしたか?」
 
「知らない」
 
「俺も」
 
二人の頭上には、宇宙の青を透かしたような空。満天、とは言いがたいが砕いたガラスの欠片を無造作に振りまいたような星達。
青に仄白いきらめき。それを眺める。
足音は二つ分。時折大通りからの排気音。
 
夜の気配。
 
 
「バネさん」
 
「ん?」
 
少しして、天根は空から視線を下ろし。そうして黒羽の横顔に向かって声をかけた。
その声に、照らす光の少ないために漆黒となった瞳が動く。
どうしたのかと、視線だけで黒羽も天根へ向き直ると。
 
 
「星が欲しい」
 
 
「…駄洒落か?」
 
「プッ…」
 
少し殊勝なその言葉。可愛げすら錯覚してしまうそれに思わず確認を入れる黒羽。
ややあって、一瞬遅れの小さな笑いに。
静かな空気が破れて、鋭い蹴りが天根の後頭部を直撃した。
 
ゴス!と結構な音がして。
その騒がしさに、周囲の音が全て一瞬だけ止まる。
静寂はしかし長くは続かず、すぐさま黒羽の大きな声が世界に音を再び与えた。
 
「つっまんねぇんだよ!ダビデの駄洒落はよ!」
 
「…面白いはずだけど」
 
「もう一度蹴られたいか?」
 
「ごめんなさい」
 
黒羽が足を軽く蹴り上げる動作をすると、あっけなく天根は謝罪した。
そこまでもがいつものことで、別に仲たがいをしたわけでもないとお互いが知っている。
天根はいまだ痛みを訴える後頭部をさすりながら、もう一度空を見上げる。
 
「でも、欲しいとか思わないかな。…星」
 
「あんだけ綺麗ならな。…でも」
 
黒羽もまた空に意識をあわせ。
【でも】と付け加える。
天根は首を傾げた。
 
「でも?」
 
「俺は地上の星がいい」
 
さらりと黒羽の口から出た言葉に、天根はきょとんとして。
 
「バネさん。『プロジェクトX』の見すぎ」
 
「うっせぇ!中島みゆき、いいだろーが」
 
珍しく、天根の突っ込みが入る。
指摘された事がたまらなかったのだろう、黒羽は歩幅を大きくして天根を置いていこうとする。
あっというまに離されて、その後姿を追いながら。
 
「風の中のすぅ〜ばるぅ〜」
 
「適当な裏声使って歌ってんじゃねぇ!気持ち悪いわ!」
 
「砂の中の銀華ぁ〜」
 
「しかも歌詞違ってるし!!」
 
 
背後から朗々と(?)聞こえてくる歌声に、いちいち叫び返しながら。
段々と黒羽の歩調は早くなっていく。もちろん、追いかける天根の足も。
 
 
二人の声と足音で静けさの無くなった世界は、虫も蛙も息を潜める。
けれどもそんなことはおかまいなしで、二人はいつの間にか走っていた。
真昼の熱を内包するアスファルトを蹴って。外灯の灯りを掠めて。
犬の遠吠えも、飛行機が頭上を掠める音も気にしないで。
 
 
 
 
 
 
満天とはいえないけれど、それなりにばら撒かれた星の下で。
 
間違った『地上の星』とそれに呼応する怒声をBGMにして。
 
 
 
流れ星のように転がって帰る。
 
 
 
それはもう夏の入りも過ぎたというのに、相変わらず肌寒ささえ感じる夜の事。
 
 
 
 
 
 

 
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久しぶりに見た星空が、あまりに蒼くて綺麗だったので。
内容はないよう…プッ(ツッコミなし)
空しい(笑)
 
プロジェクトXは面白い。
テーマ曲も好きです。