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うとうととまどろむ。 指先が冷たい。触れる毛布も冷えきっていてすぐに腕をひっこめた。 頬に触れる空気が刺すようだなあと思い。(なんて詩的な表現) ああ、どうせ今日は学校ないし。 部活ももうないのだし。 もう少しこのまま… そう思って、布団の中にくるまっていられる幸せを、トロトロと睡魔に解けていく思考の中で噛み締めようとして。 その幸せは唐突に破られた。 ある朝 「ばーねーさーーん!」 バフン! 突然、何か重みを持ったものが腹の上に落ちてきた。 「ぐえっ!」 情けなくも、おかしな声がもれる。 まるで蛙を潰したみたいだと、どこかで冷静な自分がそう表現して。 その間にものしかかる何かは遠慮というものを知らないらしい。 「くおらっ!ダビデ!!」 たった一つの言葉で、わかりすぎるほどわかった。 無遠慮な侵入者。 怒声を肺から吐き出しつつ腹筋と腕の反動を使って跳ね起きると、まだ明かりに慣れない目に見慣れすぎた顔。 おいおい、近すぎる。 「おはよう、バネさん」 「おはようじゃねぇ!どけ!」 無表情で。(でもなんだか知らないが嬉しそうだ) そう言う一つ年下の幼馴染は、布団の上に(つまり俺の上に)乗ったままそう告げた。 しゃあしゃあと、いつものことだが。 思い切りしかめ面を作り怒鳴るが効果はない。 というか。 「お前、体冷てぇよ!」 「バネさんはあったかい。春風だから?」 布団越しでも体重と共に伝わってくる、ダビデの体温は冷たすぎた。 いつでも年中子供体温のくせに、なんだって今日はこんなに冷たいんだ。 というかなんだ、その理論は。 「俺は今の今まで寝てたんだから、当然だろうが!つかどけ!」 そのまま布団ごとぎゅうとしがみつかれそうになるので、すぐに足を跳ね上げてやった。 「でっ」 鍛え抜かれた俺の足は、思い切り良くダビデの腹部を直撃する。 痛みにダビデの眉間がよったが、知った事ではない。 そのまま二撃目を加えて、ベットから蹴落としてやる。 「バネさんひでぇ…」 「五月蝿い。お前重いし冷たいし…何しに来たんだいったい」 部屋の中の気温は思い切り冷えていて、完全に布団から出るのには少し勇気が必要だったが。 このまま布団にいてもきっとまた同じことを繰り返すだけだろうと観念し、ベットから降りた。 降りるときに足下に転がるダビを軽く蹴飛ばすのも忘れない。 裸足に冷えたフローリングは痛いほどだったので、それに比べればダビデの体は温かかった。 「うらうら」 ぐりぐりと足の裏でダビデの肩やら背やらを押すと、うぐーとうめく声が届く。 その反応で、とりあえず無理矢理寒い中目覚めさせられたことに対する腹立ちも収まったので、転がるダビデを跨いで部屋の端にあるストーブにスイッチを入れた。 もちろんすぐに暖まるはずはないんだがまあ、あと5分もすれば暖かくなるだろう。 もう一度ダビデを跨いで、またベットの上まで戻る。 布団の上を見ると、ぐしゃぐしゃになったトレーナーと厚手のジーンズがあった。 (そういえば、昨日ほうりなげてそのままだったか) 「ま、別にいいか」 特にどこかでかけるわけでもないし、昨日学校から帰ってから着替えたものだからそんなに汚れてないはず。 そう算段をつけてまだ冷えた空気の中、パジャマ代わりのジャージを勢いよく脱ぎ捨てる。 「さびっ!」 シャツだけの体にやはりこの部屋は寒い。 あわてて抱えていたトレーナーに頭から突っ込んで被る。つぶっていた目を開くと、床に転がったままのダビデの髪が見えた。 「おい、ダビ」 さすがに気になったので、ごつごつとかかとでつついてみるが反応がない。 「…死んだか?」 「…しかばねじゃ、しかばねーな…プッ」 「ころすか」 床にころがったまま、くぐもった声で聞えたのはちょっと遠くを見たくなるような言葉だったので。 ぽつりともらすと、凄い勢いでダビデが飛び起きた。 「すんません、勘弁してください」 そのまま下げられた頭に、軽くかかと落としを一つ。 ゴガスッ いい音がした。 「なんなんだ、お前」 「…蹴る前に…言って欲しかった」 うずくまり脳天をおさえて、見上げてくる視線はちょっと非難混じりだった。 その目にじんわり涙がたまっているのを見ると、相当痛かったんだろうな。俺だってかかとが痛い。 「朝っぱらからつまんねー駄洒落聞かすからだ」 「うぃ…」 「で、お前何しに来たんだよ。部活どうした」 視界に入る壁掛けの時計は、まだ午前の9時を指している。 部活を引退した俺はともかくとして、ダビデは今日も部活があったはずだ。そう思ったので聞くと、顔を上げたダビデの目が煌めいていた。 「おい」 「ゆき!バネさん!」 「はぁ?」 言うが早いか、ダビデは突然立ち上がると窓の方へ向かっていた。 その手が分厚いカーテンにかかる。 「おい!寒い…」 「見て見て!」 ジャッというレール音と共に、雨戸を閉めていないためすぐに外の景色が飛び込んで来る。 寒いからやめろという言葉は途中で止まってしまった。 「マジか」 「これで今日、部活休み!俺、バネさんにも教えようと思って来た!」 嬉しそうに、興奮気味にしゃべるダビデの背後。 窓の向こうには、確かに雪と思われるものが降りしきっていた。 ようやく暖まってきた部屋との気温差で、窓が少しずつ曇っていく。 「どうりで寒いはずだぜ」 もっと近くで見ようと窓の傍まで歩いていくと、随分と雪は大降りだった。 普段と同じ窓なのに、いつもと違うように見えるってえのは不思議だなと思っていると。 「外行こう、バネさん!」 「…お前犬か」 【ワクワク】と顔に書いてあるダビデに詰め寄られた。 溜息混じりにそう言ってやったが、まったく気にならないらしい。言うだけ無駄。 違う事を考えようと、意識を外に飛ばした時。 窓の外にあるベランダの更に下。庭の方から『ワンワン!』と飼犬の嬉しそうな鳴き声が二重で聞えてきたので、更に脱力せずにはいられなかった。 本気で犬と同レベルという事実は、一応ダビデの人権を尊重すべき先輩として、心の底にそっと留めて置くことにする。 ***** 流石にトレーナーとジーパンだけという恰好は無理だったので、茶の間にかけてあったジャンパーを拝借することにした。 マフラーもかけてあったが、それはダビデに貸してやる。 こいつときたら、あんまり雪が嬉しかったもんで随分適当な恰好で来たのだから。 「マフラーふかふか」 「あんなかっこで来るな、まったく」 「だって、バネさんに一番に教えたかった」 「あーそうかよ」 嬉しいとか。 思わないからな。 「おいこら!傘させ!」 一瞬考え込んだら、その隙にダビが傘も持たずに玄関から飛び出した。 赤い髪が一瞬だけひるがえって。 それでおしまい。あっというまに姿が見えなくなる。 慌てて傘を二本掴み、玄関を勢いよく閉めた。 お袋の怒鳴り声が聞えた気もするが、この際無視だ。 「ダビデ!」 玄関の門柱を通り抜け、通りに飛び出したところでダビデの姿を見つけた。 路面はまだ積もるほどじゃない。 脇の植木だとか、塀の上だとかに積もった雪もほんの少し。 濡れて所々だけ雪の白があるそこで、空を見上げる姿。 「…何やってんだ?」 なんとなし聞く。 「雪食べてる」 聞いただけのかいがある答えかどうかは別だ。 俺があきれている傍で、ダビデは変わらず口を大きく空に向かって開けている。 けれど、口の中にあまり雪が入ってくれているとは…思わないんだが。 「んまいか」 「あー」 …この光景。去年もその前も見た気がする…。 まあダビデが突拍子もないのはいつものことなので、俺も付き合って空を見上げた。 もちろん、傘はさして。 灰色で重たそうな空から白いかたまりが落ちてくるのが、透明なビニール越しに見えた。幻想的といえば聞えはいいかもしれない。 しばらくそうして空を見上げて。 首が僅かに悲鳴をあげたので、視線を外して隣を見ると。 「おい、ダビ」 苦笑が漏れた。 「うぃ?」 俺の声に振り向く。その赤い髪に真っ白な雪。 「積もってんぞ」 声と共に、昔話の傘地蔵に出てくる爺さんのように、ぱさぱさと雪を落としてやる。 指先に触れた雪は冷たく、ダビデの体温で少し溶けていた。 落とし終わるとそのまま指をすべらせて、肩や背にも同じように触れてやり。 ものの数秒で、ダビデの全身に積もっていた雪は全て路上へ落ちる。 「風邪ひくだろ?」 「ども」 軽く頭を下げるダビデの、その顔に。 「まだついてる」 睫毛の上に少しだけ残った雪。 一度上着のポケットへと戻しかけた手を引っ張り出して、ゆっくり触れると。 瞬間、水になって溶けた。 ダビデがまっすぐにこちらを向いていて。 「バネさん」 「ん?」 「雪ですのう(SNOW)」 その時の俺の笑顔は完璧だったと思う。 後の事は、まあ説明しなくてもわかりすぎるぐらいいつも通りだった。 「春ちゃん…出て行ってまだ10分しないわよ」 自宅に泥まみれのダビデを連れ帰った時には。 正直、もう一度寝直したかったが。 おわり :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: 今日地元(千葉っこです)に初雪が降ったので。 大喜びでその時の気持ちをそのままSSにぶつけました。 ぶつけたら、余計なとこまで長くなりました。 『雪ですのう』はもう2ヶ月前くらいから使いたかった駄洒落です。使えて嬉しい。 バネちゃんは寒がりだといい。 ダビは雪が大好きだといい。 六角っこたちはお互いが相手の寝ている間でもおうちに上げてもらえるぐらい、家族ぐるみで仲良しだといい。 バネママはバネちゃんのことを『春ちゃん』と呼べばいい。(わりと女親ってチャン付けで呼びませんか?) |