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【イチゴジャム】 夕飯後、しばらくテレビを見ていたのだが食べたり無かったらしい。 胃が僅かに空腹を訴えたので、階下にある台所へ足を運んだ。 タトタトと床が音をたてる。 台所の入口にある暖簾を手で上げてはいると、そこには予想していた姿はなかった。 (んだ、お袋いねーのか) 黒羽は内心でそう確認すると、そのまま冷蔵庫へと向かった。 手をかけてドアを引くと、ガチャンと入っていたビール瓶がぶつかって鳴る。 薄いオレンジ色の人工灯に照らされたそこを、しばらく物色するが生憎とそのまま食べられるようなものは入っていなかった。 あてが外れたと溜息をつき、少々乱暴に閉める。 翌朝まで我慢するかと首をめぐらせたとき、視界の隅にコンロが映った。 「ん?」 視線を送った先。コンロの上にちょこんと置かれた小さな鍋。 「ジャムか」 そこには赤いどろりとしたジャムが入っていた。 そういえば夕飯前、苺を買いすぎたとか言っていたのを聞いた気がする。 食卓にも出されたがあまりいい物ではなかったんだろう、水分ばかりが多くてぼやけた味だったなあと思ったのだった。 コンロの前まで行き覗き込むと、ジャムはまだ少し原型をとどめていた。 火は既に消えており、湯気もない。 濃淡のついた赤だけが在る。 「なんか、思い出すな」 赤い、赤い、その色。 脳裏をかすめる記憶。 ああ。 「ダビデみてえ」 一つ年下の幼馴染。 その髪の色に。 それも、普段の色じゃなくて…この前見た夕暮れの刻の色。 なんとなく。指を伸ばしてそっと赤いそれに触れる。 熱いかと思ったそれは、予想外に冷えて指先を痛めることは無かった。 そのまま少しだけすくって、舌に乗せた。 「…甘」 砂糖と果物で煮詰めたそれは、やはり甘かった。 舌の上にあまり得意でない甘味がじんわり広がったので、思わず黒羽は顔をしかめた。 「こら!春!つまみぐいするんじゃないの!」 突然、背後から声。 と同時に衝撃が背中に一つ。 「った!ゴメンゴメン!」 振り返ると勢いよく背中に平手打ちをくれた、生みの親の姿。 即座に謝って、そのまま勢いよく自室までかけて逃げた。 部屋のドアを閉めてもまだ、ジャムの味は抜けきらなかった。 「砂糖の入れすぎだっての」 溜息一つ。 そのまま、机の上に置いてあったペットボトルに手を伸ばした。 ***** 翌日。 学校からの帰り道。 「なあ、ダビ」 「いでっ!いてーよ、バネさん!」 声と共に髪を引き寄せられて、突然の痛みに天根は非難の声を上げる。 しかし黒羽は耳も貸さず、手にしていた髪に顔を寄せて。 「…やっぱ甘くねえよな」 「はあ!?ちょっと、手ぇ離せって!」 丁度死角になる位置なので、天根には黒羽が何をしているのかよくわからない。 わからないが、どうでもいいので早く手を離して欲しいと天根は思う。 「バネさーん…」 天根の情けない声が聞き入れられるのは、あともう少し時間がかかるだろう。 見上げた空は、きれいな茜色の夕暮れだった。 終 :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: 日記から引き上げ。 家でつくり途中のイチゴジャムを見てぼんやり。 ちょっと変態っぽくないか、このバネさん。 最近バネちゃん家ブームです。 むしろバネ母ブーム。(なにそれ) |