変化など求めてはいなかった

ただ『今』が永続する事を 疑いようもなく信じていた


壊したのは己も存知しなかった自分の心









いっそ激情と…









天根が黒羽の家に遊びに来るのは、もう二人が小学生のときから繰り返されたことであった。
もちろん黒羽が天根の家に遊びにいくこともあったのだが、どういうわけか天根は黒羽の部屋を好んでいたため二人で遊ぶ時は黒羽の部屋の方が断然多かった。
とはいえ、彼らが『遊ぶ』といえばおおよそ六角中学校近くの個人持ちの公園か海、あとは空き地など戸外が多かったので、おのおのの家に遊びに行くなどは梅雨時期ないしマンガの発売日ぐらいのものであったが。

そしてその日も例にもれず、天根は黒羽の家をたずね二人で何をするでもなく室内で惰性を満喫していた。
はずだった。




「なあ、いま何してる?」

ぽつりと。
小さな声が、長く続いていた沈黙を破った。

けして広いとはいえない部屋。
床に散らばる雑誌、そこに横になったまま本を読んでいた天根は顔を上げた。
視線を少しだけ上げると、ベットの上に同じく横になり雑誌を手にしていた黒羽が天根を見ている。
いつからそうしていたのだろうか、黒羽の手にある雑誌は閉じられたままで。
天根はぼんやりとそれを見た。

「マンガ、よんでる」

何をしているのかと問われれば、確かに天根の手には今月発売された月刊誌が開かれていて。
それをそのまま返すと、黒羽はふいと視線をそらした。

「…バネさん?」

そんな黒羽の行動に、天根はじっと黒羽の横顔を見つめた。
普段は不機嫌かもしくは眠たそうに(実際はそのどちらでもない)伏せられている瞳が、珍しくしっかりと開きその中に黒羽を映していた。

やがて、パラ…と本を開く音が短い沈黙のあとに響き。
黒羽はそれていた視線を天根へと戻す、その前にゆっくりと細めた。

「なんでもねーよ」

唇の端をつり上げて、それは笑みを形作る。
笑いながら、しかし黒羽はそれ以上は答えてくれず。
天根も言葉なく。
結局その後二人ともまた視線を雑誌へと戻した。










手元の雑誌を目で追うのに夢中であったのか。
いつのまにか、室内は薄暗くなり明かりをつけなくては文字を読み取るのも不可能になった。
黒羽がそれに気づいて、天井の明かりからのびた紐を引くと、しばらくチカチカと点滅した後に室内が明るく照らされた。
ふいの光、瞼の裏に残滓が残る。
明るさに慣れない瞳を瞬かせながら視線をベットより下に落とすと、ふいに顔を上げた天根と視線が合った。
天根も同じようにぱちぱちと瞬きを繰り返している。男にしては多い、それでも天根の顔の造作なら許されてしまう欧米人を連想させる睫毛が揺れた。
合わせるつもりなどなかった、その視線に黒羽は心臓がふいに掴まれたような錯覚を覚える。

「…ダビ、もう帰れ」

「あとすこしで読み終わるから」

どうしてか視線を受け止められず、一呼吸おいて視線をそらしつつ吐き出した言葉。
黒羽の本人自身わからない心の動揺に、他の感情に疎い天根は気付くはずも無い。
手にしている雑誌を抱えたままそう告げる。
その時ベットが唐突に軋んだ。
ベットの上にいた黒羽が飛び起きた為である。
突然の事に天根が目を見開いていると、黒羽はベットから起き上がった勢いそのままに飛び降りて天根の手から雑誌を奪う。
そうして天根が二の句を告げる前に、それを財布しか入っていない天根のリュックにほおりこんだ。

「バネさん?」

「あんまり遅くなると心配されんだろ、それは貸してやっから帰れ」

「バネさん?」

ぐいと突き出されるリュック。
それを両手で受け止めて、それでもわけがわからずに天根は一つ年上の幼馴染の顔を見上げる。
いまだ座り込んだままの天根からは身長180をゆうに超える黒羽の表情は遠かった。
いつもならその気質が表情にまで表れるはずの黒羽の、今日は気持ちが見えない。

「おら、早くしろよ」

「バネさん、俺なんか悪いことした?」

片手を取られて引き上げられる。
無理に立たされたような具合で、黒羽と向き合うとようやくその表情が見えた。

「してねーよ、ホントに外暗いからよ」

みてみろ、と指で示された窓には確かに先刻まで意識にあった明るさはなく、深い闇色が広がっていた。

「玄関まで送ってやっから」

そう言った黒羽の表情はいつも通りの笑みで。
天根はぼんやりと浮かんでいた疑問を掻き消す。もともと考え事には向かないのを自分でもわかっていた。
黒羽に背を押されるようにして階段を降り玄関まで到達すると、台所から黒羽の母親が夕食の支度をしている音が聞こえた。
本当に随分遅くまでいたのだと思い、天根は擦り切れかけたスニーカーにつま先をねじ込む。
黒羽も出してあったサンダルを履いて一緒に玄関を出た。

玄関のドアを開けると、室内とは違う外の空気が夜の色を濃くして入り込んできた。
日中より冷えたそれにかすかな肌寒さをかんじつつ、天根はポケットに突っ込んでいた自転車の鍵を手探りで取り出し自転車のストッパーを外した。
鈍いこすれる様な、それでいてかすかにかん高さをまじえた音が夜闇に響き渡る。
ハンドルを掴みペダルに片足を乗せて、そこでようやく天根は黒羽を振り返った。
天根が自転車に向き直っている間、黙って玄関先で立っていた黒羽はいつも通りの笑みを浮かべている。

「じゃあな、本は学校で返せよ」

「うぃ。バネさんも、また明日」

天根は頷き、勢いよくペダルをこいで自転車に飛び乗った。
そうして迷うことなく帰路を駆けていく。
その後姿を黒羽はただ見ていた。


黒々とした夜の空の中。
自転車によって生まれた風で揺れる赤い髪。
その髪を。
ふいに。


掴みたいと 思ってしまった




「…っ」

反射的に口元を手で押さえる。
天根の後姿はどんどん小さくなっていく。振り向きはしないまま、少しずつ遠ざかっていく。
遠ざかって、遠ざかって。
角を曲がって見えなくなったころ、黒羽は膝をついた。
安い石で出来た玄関先の路面は冷たい感触を残す。

本当は笑ってなどいなかった。
天根に見せた笑みなど、いつもどおりというならばそのかけらもなかった。

理由などつけられなかった。
衝動というならばそれが一番近いのかもしれなかった。
いっそ、激情と飾り立ててやればよかったのか。


二人だけの部屋。
言葉の無い空気。
どれもいままで当たり前すぎて、何も違和感など無いはずの世界が。
唐突に壊れた。

空気が重くのしかかり、時計は秒針を神経質に鳴らした。
吐息というほど甘いものはなかったが、それでも小さな呼吸音に自分がどうにかなったかと黒羽は思わずにはいられなかった。
何も考えられず、考えれば頭を抱えたくなるようなことばかりが脳裏をめぐった。
空が最初に時の終わりを告げてくれなければ、どうなっていたのか。

名前を呼ばれて泣きそうになった。


どうして
どうして
どうして

どうしてよりによって




「壊せるかよ…」




天根が感情の機微に疎くてよかった。
きっとこれからもこうして押し殺していけば、時間は勝手に流れていく。
何も変わらないままに。

全て同じように。











玄関の扉越しに、母親の呼び声が聞こえた。
黒羽はそれにいつもと同じように声を返し、天根は帰宅したことを伝えた。
『食べていけばよかったのに』という母親の声にも、ただ相槌をうつにとどまった。
















 
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これはなにか。
と説明を求められても実は書き出しの部分は3ヶ月くらい前のものなので、自分自身疑問マークを終始浮かべつつ書いていたものでした。
バネ→ダビ?
やたらネクラでありえない話。
なんかとにかくバネダビをゴーホモしようと思ってやっきになっていたころ、どうにかこうにかなんねーかと考えていた。
その一部分だと思われる。
バネさんが先に意識しちゃう編。(ありえない)
私の中でダビは破滅的に人間関係を維持するのがヘタだという間違った認識があります。
(だってあの子は駄洒落のことしか頭にない子ですよ。他の人とは見ている次元が違うんです。試合中にもチョウチョを追いかけちゃうような子です)
他者に無関心ダビデ。まさに彫刻ダビデ像。(ダビデ初期〜中期にかけての私的見解でした)(現在はわん…以下自粛)