触れたいと思うことは異なことだろうか。

その腕に。
その髪に。
その頬に。
その唇に。

触れて確かめたいと思うのは。
それは異なことだろうか。


そうなのだろうか。








かえりみち




「バネさん、最近多い」

「ああ?何が」

「眉間の皺」


前触れなく伸びてきた手が、黒羽の眉間を押す。その力の強さに小さくうめくと、天根はやはりという顔をした。
そのまま押し広げるようにぐいぐいと天根の指は触れてくる。
額の中心に急に熱をねじこまれたようだと黒羽は感じた。触れてくる天根の手は冬だというのに熱く、普段は子供体温だと笑えるそれが今日は火傷しそうなほどで。
臓腑にぽつりとその熱が飛び火した気がして、反射的にその手を払いのけていた。

「いてっ」

「あ、悪ぃ」

思うより力が入っていたのだろう、天根が小さくうめいたので謝罪しつつその手を取る。
天根の手はやはり熱かった。
冬空の下で手袋もせずにいれば冷えてもおかしくはないのに、実際黒羽の手はひんやりと冷たく自身ですら頬に触れれば寒気が走るほどなのに。
天根の手は痛いほど熱い。もしかしたらその熱は暖かな陽だまりくらいのものだったのかもしれないが、痛いと感じる。

「お前、あっちぃな」

「バネさんの手は、爪までつめたい…プッ」

「・・・・・・そうだな」

「?」

いつものやりとり。くだらない言葉遊びをしたあとの、黒羽の蹴りを想定して身構えた天根の体に、しかし予想していたものは飛んでこなかった。
ただ手を掴んだまま上の空でつぶやく黒羽の様子に天根は首をかしげた。
背負っていたリュックにつけているキーホルダーの鈴が、ちゃりんと鳴る。

「バネさん、今日は変だ」

「そうかもな」

声をかけても会話が続かない。
ならそれもいいかと天根も言葉を止める。止めても、手が離れない。
離れないまま歩いた。
ふと見上げると、空は高く高く澄んでいた。星は青く輝き、無造作にばら撒いたガラスの粒のようだった。


「…触れたらわかると思うか?」

「え?」

空に傾けられていた意識は、一瞬黒羽を範囲外まで押しやっていた。そのために、天根はかけられた言葉が聞き取れない。
距離はとても近いのに。空に輝く星よりもはるかに近いのに。それていた意識は黒羽をいとも容易く排除して。
タイミングがずれて振り向いた天根の顔。視点が定まらないままの世界が揺れる。
繋いだままの手を強く引かれて、半歩バランスを崩し黒羽の肩にぶつかりそうになった頬に冷やりとした気配。
それが黒羽の手だと気付く前に何かが息を塞いだ。

「…熱いな」

「…冷たい」

視界が、ずれていたピントを修正して世界を細やかに表現する頃には、黒羽の顔は離れていた。
天根の日本人離れした薄い色の瞳が、黒羽をまっすぐに映す。
星明かりの下で、それは硝子玉のように光を反射した。

「わかるか?」

表情らしい表情が浮かばないまま、黒羽が問えば。

「わからない」

同じように天根も答える。

「俺もだ」

「そう」

そこで、ようやく黒羽は笑った。
それはいつも通りの、天根のよく見知った笑い顔だった。
ひたりとした僅かな滲みを見せてはいたが。
確かに黒羽の笑みだった。

天根も普段と変わらぬ硬い表情のまま、少しだけ口元を緩める。
それに気付くのはいつも黒羽くらいのもので、感情の緩やかな変化はひっそりと周囲に溶けた。



星の輝く夜だった。
月はなかった。













 
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バネとダビ。おそらく中2と中1の頃。
まだ好きとか愛とかそういうのとは遠いところ。
『かえりみち』は、部活後の『帰り道』であり、原点へ戻る『返り道』であり、孵化する前の『孵り道』であり、『欠えり満ち』でもある。
キスしたからってわかるわけでもなく、わからないからといって何も変わらないわけでもなく。
でも全てが入れ替わりはしないというか。

ここの所、書くとよくわからない小難しいものばかりになってしまいがち。
パターンも同じになりがち。
精進せねば。