それは短いようで遠い距離。






【壇上の恋】





夕陽が斜めに差し込んでいた。
ガランとした空間だった。
広い体育館の、その先にある舞台の上には明日に控えての装飾が施され、床には沢山の折りたたみイスが無言で並ぶ。
一糸乱れぬその状態は、妙に非現実めいていた。

「こんなとこに居たのか」

”ダビ”と呼ばれて、天根は振り返った。
足下の靴がゴムとワックスの間を滑って鳴った。
赤い髪が、夕陽で更に赤く染まっていた。

「…バネ、さん」

天根は目の前にあった花瓶に生けられている花をつまむ。
その仕草に黒羽の目が少し細まった。
もちろん綺麗に整えられたそれを崩す気などない。ただ、天根は妙に現実を欠いたこの世界を確かめたくて。
確かな芳香を伝えるそれに、現実を教えて欲しかった。

「校長が怒んぞ」

「別に、何もして無いし」

黒羽の足音が近づく。
天根の指に触れた花弁は、静かな冷たさとわずかなぬくもりを指先に与える。
壇上から見た黒羽は、天根を見つめているために僅かに首を上げていた。普段は少し見下ろしているその顔の意外な角度が与える別の顔に。
天根は息を止めた。

黒羽も見下ろす天根の顔が珍しく、そしてそれが思っていたよりも大人びている事に胸が軋んだ。
なぜかと問われても、理由などはわからなかったが。

「こんなとこ忍び込んで、どうすんだ」

「なにも」

しない。
ただ、気付いたらいた。
気付いたらこの場所にいた。
明日、黒羽達が旅立つこの場所へ。

壇上の前には明日のためにしばらく前から階段があつらえてある。
幅広いその段に、黒羽はしかし足をかけず。
天根の立つ、その下に歩み寄った。
舞台の上と下では思うよりも段差がある。黒羽の胸のあたりに天根の足があった。

「ダビ」

「どうして、俺はいけない」

「…」

天根はすとんとしゃがみこんで、膝をかかえる。
舞台から少しはみ出したその足先を、黒羽がポンと叩いた。
両肘をつき、背中を壇上に寄せて黒羽は立ち並ぶイスを見る。

「俺はいつも、後だ」

「馬鹿。剣太郎はどうすんだよ」

「…」

黒羽の言葉に、天根は黙り込む。
一つ年下の部長の顔が思い浮かんだ。

「お前が、あいつを支えてやらなくちゃダメだろ。先輩なんだから」

「…剣太郎は、強いよ」

顔を膝にうずめたまま。
くぐもった天根の言葉の小さな強さ。見せる弱さ。

「お前だって、強いよ」

夕陽が少しずつ消えていく。闇の空間が広くなる。
天井に下がったバスケットのコートの影が消えた。

「その強さで、六角を全国に連れて行って。
それから追いかけて来い」

「…勝手だ。バネさん」

いつもいつも。
置いていかれる。
追いかけるのは天根だけで。

「待つのも、案外きついんだぞ」

「っ!」

息を呑む気配。
キツイといわれた、その瞬間に歪んだ顔を見られたくない。
天根は益々強く顔を膝に埋めた。

そんな天根の様子に、黒羽は息を一つ吐き。
目をつぶって、言葉を紡いだ。
ゆっくりと歌うように、正しく天根の耳に届くように。


「そんでもな」

「そんでも、俺は待ちたいんだ」

「俺が、お前を待ちたいんだ」


「お前を俺が、待っていたいんだよ」


言葉に顔を上げた瞬間。
腕を引かれた。
強く。優しく。
引力で落ちる。明日の別れの前触れの段差を、引き落とされる。

両足で床に立ち。
あやうくバランスを保って、顔を上げたら笑顔があった。
いつものあけすけな笑顔とは別の、滲むような柔らかな光。


「バネさん」

「帰るか、ダビデ」

「…うぃ」



傍らに並ぶ。
いつもと同じように並ぶ。
そうして帰り道をたどっていく。

この掌の間にある、一年と言う歳月を抱きしめながら。












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タイトルがつけたくて書きました。
実際は卒業式前の体育館なんて忍び込めないと思いますが。
捏造捏造。週番とか。
これはどっちかというとダビバネ?
バネ→←ダビかな。

妙に恥ずかしい話になってしまいました。