うららかな日。
その陽気に誘われて、校庭に立ち並ぶ桜は例年よりも早いほころびを見せる。
おそらく入学式には持たないだろう、僅かに風で散っていく花びらの下で。


僕らは。





【この門出に祝福を】





卒業式は例年通り、滞りなく終了した。
しんみりとした雰囲気の理由。
なにより小学校から中学校への卒業と違い次のステップは高校。
ここで長年顔を付き合わせた友人達と別れる可能性は高い。そのラインを引く儀式。
感情の強い女子は涙を見せたし、手のかかる奴等だったと担任の教員も目頭を熱くした。

天根は式終了後に卒業生が出て行くのを見送った後、教室に戻っていく級友についていく事が出来ずにいた。
足が地面に張り付いたように動かない。
卒業式なのに、スニーカーで来てしまった。磨り減ったゴムの底がうすぼけたアスファルトに喰らいついたようだ。
早く教室に戻らなくては。
ホームルームが始まってしまう。担任が来てしまう。
薄情な同級生達は先刻、声をかけたもののそのまま天根を置いて行ってしまった。
というより、天根がまったくの無反応・そして普段にもましての無表情であったことが彼らの手を遠ざけたのだけれど。
ふざけていない時の天根は、堅い雰囲気の造形も影響して怖いと感じさせることも多多だった。

視界に入る世界は空の青と、咲き誇る桜の白。
そして友人や家族と卒業を示す写真を取る卒業生達。
距離は近いのに、その光景は全て天根にはガラス越しだった。

透明な、硬質なガラスの板。
どんなに近寄っても、言葉は繋がっても。
天根はそこにはいけない。
明確な年齢という越せない壁に、知らず胸が痛んだ。

もう帰ろう。
天根がぼんやりとそう思い、足を踏み出そうとした時。
唐突に、左の頬が痛みを訴えた。
胸が痛いだけでも病気かと思ったのに、今度は頬だ。
前触れの無い痛みの訴えに、天根は自分の体がどうにかなってしまったのではないかと思う。
が。

「…い、おい!ダビデ!」

耳元で叫ばれて、脳みそが全部振られたような衝撃を受けた。
目を見開くと、いつのまに居たのか視界いっぱいに黒羽の顔があった。

「あ」

「大丈夫かお前。立ったまま寝てんのかと思ったぜ」

そう言って苦笑する黒羽の。
その手が伸ばしていた部分を見て。

「…バネさん、痛い」

「目を覚ましてやろうと思ってよ」

黒羽の左手は、天根の頬に触れていた。
というか、つねっていた。
先ほどの左頬の痛みはこのためか、と天根が現実を反芻していると黒羽が指に力をこめる。

「った!痛いって、バネさん!」

「何、しけた面してんだよ」

ようやく指が離れていく。
自分のものでない、他者の体温は離れた瞬間にその存在を曖昧にした。

「ぜってー跡になった、これ」

「男なら顔の傷の一つや二つ気にするな」

「そうだけど」

釈然としないものを胸中に残しながらうつむきがちに天根が呟く。
黒羽はそんな天根の気持ちを知ってか知らずか、明るい。いつも以上に。
どこか不必要なほどの明るさだった。
天根は気付かない、黒羽自身でさえ気付けない程度の異質はこの日の周囲の雰囲気のためなのか。

風がひとつ、通り抜けた。
桜の花弁がぱらりと舞う。
流れる白い雲の下。
ほんの少しの沈黙を挟んだ後。
ふいに天根は顔を上げて、黒羽を見据え口を開いた。

「バネさん、高校いってもがんばって」

その言葉は、天根が昨夜ずっと繰り返し頭の中で反芻したいたもの。
何度となく、最後には紙に書いてまで考えた。
天根の黒羽に送る祝福の言葉。

「俺も、三年。がんばるから」

そして、昨日の体育館での黒羽の言葉に対する、天根なりの答え。
真剣な天根の様子に、黒羽は笑みを少しだけ和らげて。

「ああ、頑張れよ」

短く答えた。
その瞬間に、ガラスが消えた。
二人の間にあった、透明なもの。確かに存在していたそれは、まだ緩やかに残ってはいたが。
もうそれはガラスではなくなっていた。

「そんで、来年は俺とバネさんで漫才コンビ再結成」

「テニスじゃねーのかよ!!」

ドカッ!
黒羽の蹴りはすでに反射的なもので。
気付いた時には天根は天地が入れ替わり、わずかに花びらの落ちている地面へと手をつけていた。

「お前は本当によ…」

首をめぐらせて見上げると、黒羽は苦笑して手を差し出していた。
その手に掴まる。
引かれる力に合わせて立ち上がると、黒羽の肩越しに見知った顔を見つけた。

「サエさんだ」

「ん?ああ、集合写真撮ろうと思ってよ」

「ふーん」

気の無い相槌の天根に、黒羽が何か言おうとしたとき。
それより先に、駆けて来た佐伯が言葉を発する。

「バネ!お前何分かかってるんだよ。みんなもう待ってるぞ」

「わりぃ」

「ダビデも、さっさとする」

「え?俺?」

自分が呼ばれるとは思っておらず。
天根はぽかんと口をあけて、自身を指差した。
佐伯はそんな天根の様子に呆れて、そして黒羽をじろりと睨んだ。

「バネ…お前何しにいったんだよ」

「いや、これから説明しようと思ってよ」

「ったく…」

「サエさん、何?」

「テニス部のみんなで写真を撮るんだよ。
それでバネがダビデを呼んでくるのを待ってたんだけど」

樹っちゃんが待ちくたびれちゃうだろ、早くしろ!
そう言うがはやいか、佐伯は天根と黒羽の手を掴んでさっさと歩き出した。
二人に比べれば低い身長の佐伯に手を引かれて歩く。
天根が傍らの顔を見ると、その視線に気付いた黒羽は苦笑を見せ。

「記念撮影もフォトフォト(ほどほど)に…プッ」

「「ダビデ!!!」」

反射的に天根の口からついて出た駄洒落には、前方と側面からのダブル突っ込みが綺麗に入った。
揺れる視界の先で、馴染みの深い姿が待っているのが見えた。








共に過ごした歳月の為に。
終わりではないこれからの為に。


だからこそ。



この門出に祝福を。















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バネさん卒業はバネダビストーリーの中でのカナメです。
大切なキーポイントです。
「壇上の恋」→「この門出に祝福を」→「傍らにあるもの」という展開をイメージしました。
この3つだけは世界観が繋がっているということで。
他のSSの中には、もう中学時代で色々しちゃってるバネダビもいますから。(苦笑)