[5]

「…なあ、バネさん」
「却下」

二の句を告げるまもなく、瞬時に言葉を断絶された。
一仕事終えて帰路につく途中。
普段も通る狭い路地裏に、いつもと違うものを見つけて天根が表情を変えたのに、もっと早く気付くべきだったと黒羽は今更ながらに思う。
天根は座り込んだまま、足下に寄ってきた真っ黒の猫をじぃっと見つめ続けている。唇が少しだけ抗議するようにとがっていた。
何か不服があるときに出る天根の癖だ。
子供みたいな顔をして、と思うのだがまあそれを口に出せば余計に噛み付いてくるので黒羽はその話題に触れたりはしない。(時と場合により、意識的に触れたりするのだが)
「なんだよ、バネさんだって犬飼ってるくせに…」
天根が反抗するようにそう言えば、黒羽は半眼になり天根の背を脚で小突いた。
「犬は犬。猫は猫。
大体、お前が生き物の面倒なんて見られるか」
「また!馬鹿にして!!」
「事実だろうが。サボテンを枯らしたのは誰だ」
「っ!」
痛い所を突かれて、天根は押し黙る。
それでもせめてもの抵抗か、立つように促す黒羽の意思を無視して黒猫に指を伸ばした。
けれどその指が猫のビロードのような毛並に触れる前に、猫はついと顔をそらし、背を向けてさっさと離れてしまった。
天根の手は宙をかく。
行き場の無いそれをパタパタと上下させると、頭上でくっくという小さな笑い声が響いて天根は顔を上げた。
「うーっ、笑うな!」
「笑いでか」
天根の視線の先。
ニヤニヤと笑みを浮かべ、黒羽は天根の髪をガシガシとかき回す。
その行為にますます唇を尖らせて、天根は乱暴に立ち上がると大股で歩きだした。
あまりにも子供のような行動に、黒羽は笑いが止まらない。
生憎と大声で笑い出すような場所ではないので、自然声は押し殺したようなものになるが、それでおかしさが半減するわけでもない。
「もう、今日は寝る!」
「メシはどうすんだよ」
「食う!」
「…あっそ(本当にガキだな。つーか動物か)」

細く暗い路地裏で、黒い服の男二人が子供のように口喧嘩。
誰にも届かない。誰も知らないそのやりとりを。
去ったはずの黒猫だけが見ていた。