[8]

すべてはコマ送りのようにゆっくりと。
あまりにも現実からかけはなれて目に映った。


「…ダビデッ!!?」

黒羽が声を発する事が出来たのは、全てが終わってからだった。
目の前でスローモーションのように天根がゆっくりと倒れていく。
冷たいコンクリートの床に、その肢体が投げ出されて。
無機物がゴトリと落ちて。
一瞬の静寂の後の、言葉だった。

黒羽は弾かれたように天根の下へと駆け寄る。
膝をついてその顔を覗き込みながら、背中に手を回し上体を起こさせ。
最悪の事態を浮かべそうになる思考を叱咤し、天根の顔を覗き込むと、うっすらとその目が開いた。

「だいじょぶ…肩、かすっただけ」

たいしたことない、と立ち上がろうとする天根の身体を、黒羽はそのまま抱きこんだ。
突然の抱擁に、天根の目が見開かれる。
驚いて、その身体を離そうとしたが黒羽の手は天根を捕まえ離そうとしない。

「ばねさ…?…バネさん…あいつ」

『あいつ』と天根が名指したのは、数瞬前に天根を撃った相手。
抱きこまれたこの体勢では黒羽が影になってしまい、視界に相手を捕らえられなかった天根はそう黒羽に問い掛けるしかなく。
黒羽は視線だけでそちらをチラと見。

「もう動かねえ、平気だ」
「…そう。じゃあ今日の仕事、終わりだね」
「…ああ」

ふう、と安堵の息をつく天根。
しかし黒羽はいつまでたっても天根を離そうとしない。
無言のまま余計に腕の力は込められるばかりで。

「バネさん、痛い」
「…」
「…バネさんてば」
「なんで、なんですぐ撃たなかった!?」
「え」

今度は激しく怒鳴られる。
きつく抱きしめられたまま、言葉だけが鼓膜を打って。

「いつもなら、すぐに撃ったろ!
相手に反撃されることなんて、なかったじゃねえか!!」

あのとき、黒羽の視界は間違いなく捉えていた。
今まで一度も迷った事の無い天根の銃口に、ほんの一瞬だけ戸惑いがよぎった瞬間を。
そのコンマ数秒のゆらぎが、相手の銃弾を呼び込んだのだ。

「だって…」
「だってなんだよ!」
「だって、あいつにも大事なやつとか…あいつがいなくなったら辛いやつがいるのかって思ったら…」
「っ!!」

言いよどんだ末の天根の言葉に、黒羽の呼吸が一瞬止まった。
叫びかけた言葉が、喉の奥で張り付く。

「ごめん、今度は失敗しない…今日の俺、どうかしてる」

小さく謝罪する天根の身体を、黒羽はよりいっそう強い力で抱きしめた。
あまりの強さに、天根の肩口からはうっすらと血が滲み始めたのだが、黒羽はそれに気付かないまま唇を噛み締める。
天根もじわじわと訴えられる痛みをこらえたまま、黒羽の力を感受した。


黒羽の背を冷たいモノが滑り落ちる。
恐ろしい、ことに気付いてしまった。

−−−俺は、コイツの開けちゃならなかったところを開いたんじゃないのか…?

非情になりきれなければ。
相手を消さなければ己が消えてしまう、0か1しかないこの世界で。
今まで天根の命を守ってきたものは…


「…そんなこと」


その先は、考えたくも無かった。