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結局。
あの後天根はしばし床の上の人となった。
傷の方はさほど深くも無く数針縫うでとどまったのだが、その傷が元で発熱したのだ。
冬場でも風邪一つひかなかった、馬鹿丈夫な体がとり得だった天根のそんな姿を見るのは久しく無かったので、黒羽は自分自身を持て余していた。
仕事を天根の分までこなさなければと思いもしたのだが、二人一組が原則の組織では仕事など回ってくるはずも無く。
なにより、こんな状態の天根を置いていくことは出来なかった。
幸いなことに二人の組織での成績はよく(というか、主に天根の功績がものをいって)天根の怪我が完治するまでの間を療養という形で休暇にしてもらうことまで出来たので、黒羽はこうして現在進行形で天根の看病を続けている。

看病、といってもそれほどたいした事が出来るわけでもない。
風邪などからくる発熱ではないので、特別薬もないし出来る事も少ない。
せいぜいが、額の上のタオルを変えてやったり、一日一度汗に濡れた身体を拭いてやるぐらいが関の山で。
それ以外の時間を黒羽はただ、天根の傍に付き添いその顔を見つめ過ごした。

静かに眠る顔。
普段会話をしていると忘れがちだが天根は整った顔をしている。
男にしては長めの睫毛が、しかし女々しい印象を微塵も与える事は無くしっとりと伏せられている。
厚めの唇を横一文字に引き結び、時折それでも薄い呼吸の下で開いたり閉じたりしていた。
眠るその顔は、天根を年相応かそれより下に見せた。

「お前…俺よりいっこ下、なんだよな」

ポツリと漏れる呟きは軽い自嘲も含まれた。
一つ年下の、たった一つといえばそれまでだが仮にも自分は年長。
なのに、いつからかそれを忘れて自分は様々な重いものをコイツに背負わせたのではないか。
黒羽は天根の額に置かれたタオルに手を伸ばす。
触れると、それはもう随分と温まっており役目を終えようとしていた。
氷水で冷やしてやろうとして、それまで隠されていた天根の眉間を目にして黒羽は指の動きを止めた。

天根の眉間は苦しそうに寄っていた。
これまでに天根がそこまで苦しそうな表情を作っていたのを黒羽は見た事が無い。
ここまで天根を苦しませるのは、今彼の全身を苛む熱なのか、それともそれ以外の…。

黒羽は一つ嘆息して、己の思考を打ち消した。
考えていても始まらない。
天根はいまだ目覚めない。
とにかくまずはこの熱を下げる事が一番、そう思いなおして黒羽は天根のタオルを変えるために立ち上がった。


黒羽が腰を下ろしていた椅子が、反動でギッと小さく軋んだ音を立てた。