[12]

思えば、あの頃からもうそれは無意識下に黒羽の脳裏に焼きついていたのだ。
視界を通して、天根の在り方に対する違和感を。
じわじわと緩く確実に浸透していた。



「…おい!」

黒羽の短い声が飛ぶ。
しかし、その忠告が届く前に天根のだらしなく下がったネクタイには男の手が絡んでいた。
溺れるものが流木に必死にしがみつくような力で、その腕は天根のまだ小さい部類にはいる身体を引き倒そうとする。
黒羽は慌てて駆け寄ろうとして。
耳に届いた言葉に、動けなくなった。

「まだ動けんの…ひつこい」

ガチャリと硬い音。
そして硬いものが打ち抜かれる鈍い音が立て続けに2回。
静音機能のついた拳銃は、音も無く赤いものを目標物から撒き散らした。

「…お前」
「バネさん?片付いたよ」

早く帰ろう、お腹空いた。
立ち尽くす黒羽の前に、そう言って駆け寄ってくる天根の表情は年齢相応に明るく。
黒羽は反射的に頷いた。
天根はもう背後を振り返ることは無い。肉が食べたいとか、そんなくだらないことを喚き始める。
けれど、黒羽は鼻腔に突き刺さるような錆びた鉄の匂いをどうしても振り払えずに。

「バネさん?どうせもう少ししたら処理班の方が片付けに来るよ」

黒羽がそっちの心配をしていると思ったのだろう。
天根は首をかしげながら黒羽の袖を引いた。
その力に引かれるまま、黒羽は止まっていた足に動くように命令する。
少しの間の後、動き出した足はどうしてか鎖でも絡まったように重かった。