それは儚くも美しい 遠い昔のお話です
 
 
 
『にんぎょひめ』
 
 
 
むかしむかし。そう、それはちょっと現代からかけはなれたメルヒェンな世界。
とある海の底には、ある大きな国がありました。
そこに住まう人々はみな、二本の足でなく魚と同じ尾ひれを持ち、耳の裏にある鰓で呼吸し、水中でも自由に生活していました。
そこは人魚の国。
 
そしてその国の中央にある大きなお城で、今日もまた一悶着があったのです。
 
 
 
 
 
 
「なぁなぁ、ジロ〜…どうやった?どうやった?」
 
せわしない口調。
次をせかすように言葉をねだる声。
それに、ジロはうっすら目をあけた。
 
「なーに、ユウちゃん…俺、眠いよ」
 
そして一言そう言うと、また目を閉じてしまう。
ぽこぽこと、中途半端に開いたままの口から気泡が生まれては消える。
まったく相手にしてくれない状態に、ユウシは眉根を寄せた。
蒼い尾が不機嫌そうに揺れる。
 
「なんやの!ジロのイジワル!ええやん、地上の事教えてくれたって!!」
 
ユウシがそう怒鳴ってみても、ジロの耳にはもう届かないらしい。
あとはぷうぷうと幸せそうな寝息が聞こえるだけ。
金色の髪と同じ、金の尾も眠たげに一つ揺れただけ。
珊瑚の枕にうっとりと目を閉じて夢を見始めたジロを起こす事は、ユウシでも困難だった。
ぷうっとふくれて腹いせにジロの頭をぺしんと叩く。
そこへ、背後から声がかかった。
 
「ったく、オメーもこりねえ奴だな。ジロに聞いたって無駄だって事、少しは学習しろよ」
 
後ろを振り向くと、そこには苦笑している黒髪のひと。
 
「おかん!」
 
「おかん言うんじゃねえよ!ったく、その古めかしい訛り、どうにかなんねえのか」
 
「しゃーないやん、俺を育ててくれたんはおかんやなくてばあちゃんやもの」
 
口答えすれば、赤い尾ではたかれた。
ユウシが睨んでみても、まったく通じない。
『おかん』とユウシが呼ぶその人は、溜息を一つもらした。
 
「激、だせぇぜ?だいたいテメーが地上に出るにはあと10日程度だろうが。
そのくらい我慢できねぇのかよ」
 
「やから!地上を見たことあるジロに聞いとったんやん!そんくらいはええやろ!」
 
ビッと尾で指す先。
ジロは幸せな夢の中だ。『もう眠れないよ〜』などと、意味の通らない寝言を言っている。
ふぅ、と大きな溜息をまたされる。
 
「仕方ねぇだろ、ジロの方が生まれたの早かったんだしよ。16になるまでは駄目だっつうのがしきたりなんだよ。
大体、地上なんてそんなに面白いもんじゃねぇぜ」
 
「おかんは見たことあるからそんなこと言えるんや!
俺かて見てみたいんや!太陽さんがどんなやとか、お月さんは欠けるのかとか…」
 
そのまま延々と地上への憧れを聞かされそうになって、彼は閉口する。
もうずっと以前から、ユウシは地上への憧れを抱き続けていた。それはおそらく、時折この国まで迷い込んでくる地上の書物だとか、降り注ぐ人工物のかけらだとか。
そんなものが、ユウシの心を捉えて離さないのだと。
このままではユウシの誕生日(つまり解禁日)までずっとこの話につき合わされそうだと思ってしまい。
同時にここまで思いつめるのだから、どうにかしてやりたいという親心もうっすら芽生えてくる。
 
「…ユウシ、いいかこれは俺の独り言だぞ」
 
「なん?おかん、あらたまって」
 
ひとしきり地上のすばらしさを語っていたユウシは、突然話が飛んだことを不思議に思い問い返す。
首を傾げて顔を覗き込もうとしたが。
 
「独り言だ」
 
「お、おん」
 
じろりと目で一括されて、珍しくおとなしくなる。
その様子に満足して、彼は口を開いた。もちろん視線はあわせず、まったくあさっての方向を見ながら。 世間話でもするように。
 
「そういえばあれだなー、東の門はここのところ警備が手薄だっていってた気がするぜ。
まったくもっとチョタに言ってやらなくちゃならねぇ。
そう、本当に手薄でな。
今の時間、一人ぐらいならそっと抜け出して地上に行ったりなんかしても、ばれねえかもしれねぇなあ」
 
「おかん!それって!!」
 
話を聴き、段々とユウシの目が輝いてくる。
しかし、彼はそれを全部ミナイフリをして息を吐いた。
 
「ユウシ、お前今日は出かける用事があったんじゃないのか?」
 
「用事って…そないなん……」
 
ふいに話を振られて、ユウシは一瞬きょとんとした顔になったが。
それはさとい彼の事。すぐにその意図に気づき、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
 
「あったわ!
あった!あった!おかん、俺ちょお行ってくるわ!」
 
そして、言うが早いか尾を素早く動かし、飛び出していく。
ユウシの姿はあっという間に見えなくなった。
 
「ったく、俺も大概に甘いよな」
 
ぼそりと一人ごちる。 ゆらゆらと自生している草がゆれ、その横でジロはいまだ夢の中。
さて、次はこの寝ぼすけをどうやってベットまで運んでやろうかと、考えあぐねていた時。
 
「シシドさんらしいですね」
 
飄々と、少しの笑いを含みながら言われて。
 
「んな!てめ、何処から見てやがった?チョタ!」
 
声の相手が誰か、見ずともわかったシシドは恥ずかしさに顔を真っ赤にして怒鳴った。
チョタと呼ばれた青年は、銀の尾を自由に動かし苦笑しながら頭を掻いた。
 
「すいません、独り言〜のあたりから聞いてました」
 
「っち!」
 
そんなに前から聞かれていたのかと、シシドは益々顔をそむけてしまう。
それは目の前の相手が嫌だとかそういった感情でなく、ただ正直でないだけなのだ。
シシドの性質をよく知っている彼はそんなことは百も承知。
だから微笑む事さえすれ、怒ったりする事なんてない。
 
今も苦笑したまま、眠っているジロを背中におんぶしてあげている。
よいしょ、とつぶやくと背中のジロが少しだけ動いた。
 
「む〜…ユウちゃん〜…」
 
「ジロ、起きたの?」
 
呟きに問い返すが、次には正しい寝息がまた聞こえてくる。
その様子にシシドは大きく溜息をつく。
 
「寝言が多いぜ、ジロは」
 
「素直なんですよ」
 
「お前に似てな!」
 
別に悪態をついたつもりはないが、そうチョタにフォローされてしまい益々やるせない。
どんどん大人気なくなっていく自分が嫌で、シシドはすいっとその場を離れた。
水は空気のように柔らかく。
(もっとも彼らにとっては空気と同等だったのだから、当然といえば当然)
数メートル上ってから見下ろすと、微笑んでいたチョタの表情が少しだけ曇った。
 
「でも、心配ですよ」
 
水が振動して言葉を伝える。
チョタの言葉に少し考えてから、ああユウシのことだろうと思い当たった。
 
「別に、平気だろ」
 
「でも…」
 
まだ言いよどむ彼に、シシドはユウシが去った方向を指差しながらあけすけに笑った。
 
「あいつは、俺達の子供だぜ?」
半端な事じゃやられねーよ。
 
「…そうですね!」
 
つられてチョタももう一度笑顔になる。
背中ではジロがむにゃむにゃと言葉にならない呟きをいくどかして。
 
 
 
今日も一悶着あったのだけれど。
今日も人魚の国は平和であった。
 
 
 
 
 
 
落ちて行く静けさ。
浮上する光。
瞼に焼きつく薄い蒼。
 
ぐんぐんと、ユウシは上っていく。
 
「もうすぐやで…まっとって!地上はん!」
 
うっすらとだが水の色が軽くなり、暗いながらも小さな光を見る。
それを星のまたたきとユウシが知るのは、あとほんの少し。
 
 
 
 
 
 
 
続…かない
 
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本当は続きがあったのですが、書くのを先延ばしにしている間に記憶が薄れてしまいました…。
(いさぎよく忘れたといいなさい)
この後、ユウシ人魚は跡部王子と出会い(強制イベント)、跡部王子は乳兄弟の樺地に夢中(からまわり)。
ユウシ人魚は地上に出たくて(地上愛)魔女伊武に殴り込みをかけ、声を代償にすることもなくこころよく薬をわけてもらい(強奪と言います)、方向音痴のために目指した地上は浦島太郎ワールド。
浦島バネがカメと呼ばれるどんくさいダビを助け(強制イベント)、恩返しをしようにも実家のわからない亀ダビデは浦島バネの居候になります。
違う場所に出たと気付いたユウシ人魚は仕切りなおし。(ポジティブです)
そして何度かチャレンジするのですが、目的の場所とは違うところにばかり出てしまう極度の方向音痴ユウシ人魚は、いい加減飽きてきて地上をすっぱり諦めました。(おとこらしい)
一方、跡部王子の婚約者だった隣の国の千石姫は跡部王子と婚約する気などはさらさらなく、自分の国の平民だった南に一目ぼれして生涯彼を追いかけたということです。(千南)