暗闇。
何ものも見通せない、奥。
で、響く鈍い音。

鎖の軋みと、空気を切って肌を裂けさせるもの。
苛立ちの言葉は口汚く。

「くそっ!どこまでも強情なやつめっ…!」

鉄格子の奥。
肩を震わせて罵る男は、目の前の相手に再びその手に握られた凶器を振るう。
また一つ、乾いた音。
それでも凶器を突きつけられている、相手に動じた気配はない。反動で鎖が鳴るのみ。
焦るのは男ばかり。
焦るのは男だけ。
湿った空気はまとわりつき、なおのこと焦燥をつのらせる。

「何一つ吐かせずにいたと知られたら…俺はッ」

「なんも心配する事ないで?」

吐き捨てるような男の声に、返る筈のない第三の言葉。
それに男が気づく前に。

「ぐっ…」

衝撃。

男の身体がぐらりとゆれ、そして地に倒れふす。
その後ろから、忽然と現れた者たち。
赤く燃える炎のような色の髪が闇に揺れる。

「こっから先の未来は、わいらが作ったる」

笑みが浮かぶ。
そして、彼を見てまた。
鉄格子の奥の、気配も笑った。

「おっせぇぞ、YUZ」

「待ち合わせ5分オーバーは許容範囲じゃなかったんですか?」

YUZと呼ばれた赤い髪の青年の隣で、彼より上背のある青年が苦笑する。
そんなことも言っただろうかと、彼は眉根を寄せた。

「とりあえず男前がだいなしやな、ニクス」

「男はちっとぐらい傷があったほうが、見栄えがするもんだぜ」

軽口をたたき合いながら、鎖を銃で打ち壊し。
YUZは肩に下げていた銃を投げ渡し、ニクスはその残弾を確認する。
ジャキッと小気味のいい音が反響して。



「さぁて、本番はこっからやで」


その言葉に声はかえらぬまま、三者の笑みが浮かび。
















そして全ては変革する



















【変革】








ズゥン…

耳の奥で振動する小さな地響きのような音が覚醒を促した。
冷たい布越しに五感に触れるその音は、先刻まで深い眠りにあった意識にとって、夢とも現とも判断のつかぬものだった。
指がぴくりと動き、次いで力を込め身体を浮かせる。
目を開くが、まだ慣れぬ為か何も捉えることが出来ない。
ほんの少し前まで身を置いていた夢は、中身こそおぼろげで覚えてはいないが。
酷く幸せだったとそれだけを意識下へ訴えている。
それに答え再び身を沈ませようと意識がまどろみかけた瞬間。


ズ…ズゥン!


今度は夢ではない。確実に現実と思わせる振動が全身に渡った。
鈍い痛みを訴える身体を無理矢理に支配下に置き、彼は身を落としていた寝具から上半身を弾き起こし。

「チェックメイトや」

降ってきた声と共に、額に冷たく硬いものを突きつけられた。
ようやく慣れた目で捕らえた、それは銃口と映った。

「…貴様…見覚えがあるぞ…」

想像の範囲を超えた出来事に一瞬身体が硬直したが、しかし現状をどこまでも客観的に判断するように矯正された精神は相手の顔を、混濁とした記憶の中から引きずり出す。
目覚めに銃を突きつけられるという、あまりに現実味の薄い事態の中。
思いのほか冷静な彼の様子に、銃を突きつけたほうの相手も目を見張る。

「わいを知っとるん?有名人やさかいなぁ」

ふざけたような物言い。しかし、手はミリ単位でもぶれることはなく、ピタリと彼の額につけられている。

「反乱軍…リーダーのYUZだな」

「大当たりや。景品は用意しとらんけどな。わいもあんたのこと知っとるで。
泣く子も黙る冷血の黒薔薇と名高い、セム中佐やろ」

「フン…黒薔薇などと得体の知れない名は認知していないが、まぁそのとおりだ。
貴様に覚えてもらう必要など皆無だがな」

答えながら、セムは思考する。どうすればこの事態を打開できるのか、相手の射撃の腕・現状。すべてを瞬時に脳裏で反映する。
そして迷いは答えのうちに決まった。
その計算にしたがい、寝具につけられたままだったセムの手が僅かに動く。
その瞬間。

チュンッ

その手のほんの数センチ先、白い布に火柱が走り。
ぽつんと黒く小さな銃痕が出来た。
見れば、セムの額に押し付けられた銃口とは別にもう一つ。いつ現れたのか、YUZの手には黒く重い拳銃が光る。

「変な気はおこさへんほうが長生きできる秘訣やで?」

「ご忠告痛み入るよ。余計なお世話だがな」

ぎり…と冷たい殺気を込めて、セムはYUZを睨みつける。
一方のYUZはそんなセムの視線を軽く受け流して、再び笑った。

「そないな格好で死体になりとうないやろ、あんたも」

すい、とYUZが指差した先。
いまだ寝具に上半身を起こしたまま、とりつくろうように前をあわせられたシャツ。
ボタンが一つ・二つ無いその襟元からのぞく赤い幾つもの痕跡。

眠りに落ちる前の残滓だった。


「まぁキリキリすることないやろ。
今日はええ報せを持ってきてやったんやで?」

「それはそれは、ありがたくて涙が出るな。貴様らがこの戦いに勝利するという絵空事なら聞き飽きたぞ」

唇を噛み締め、前を手で掻きあわせる。
その動きにはYUZは言葉を挟む事は無かった。
ただ、鼻をならして息を一つ吐く。

「…あんたの妹…死んどるで」

「ッ!?」

前置きなど無意味に、その言葉はセムの精神を直撃した。
言葉が音となりセムの鼓膜を震わせ、そして情報に再変換され脳裏に焼かれた瞬間。

くわぁんと世界が回った。
喉がひくりと息を吸った。
寝具にいまだ置かれたままの、白い指先が意識せず微々と震えた。


絶望が、音も無くセムを引きずり込んだ。




赤い瞳から余裕が消え見開くのを、YUZはどこか冷めた気持ちで見た。
自分の言葉がどこまで相手に精神的苦痛を与えているのか、それを確認するようでもあった。
自分の行為の結果を忘れまいと、記憶に刻み付けるようにと。
ただ、見た。


「何年か前に…ちょっとしたぶつかり合いがあったやろ。そんときそん中におったらしいで」

「…嘘だ」

ようやく吐き出した声は、酷く震えて。
それでも抵抗するように向けられた。
YUZの言葉には裏付けなどあるわけはない、と。しかしその衝突をセムは知っている。

YUZの言葉は止まらない。
僅かに残る軍人としてのプライドのために、耳を塞ぐ事すら出来ず。
逃げる事も赦されず。
言葉は鋭い切っ先をもって、喉元に滑り込んだ。


「妹さんの名前、リリスいうんやろ」

ひくっと、白い喉元が再び上下する。
それでもその言葉は根拠のないものであること。そして言っているのは信用などできるはずもない敵であること。
頼りにするのはそれだけで、そしてセムはひくつく喉を抑え、精神に立つ波を抑えようとした。

「嘘だ…嘘だ!
は、はは…そうだな…貴様らテロリスト得意の陽動か?
どこまで詳しい個人情報を調べたのか知らないが…そんな…」

「あんたんとこに届いとる手紙は、真っ赤な偽もんや。
偽装工作は、そっちの得意とする分野やないんか?」

どこまでもまっすぐに、信じられないことを突きつけてくる。
銃口と同じように。
冷たく容赦なく。いくつもの言葉という凶器を撃ち込んで。

「…違う…この前…そうだ、電話を…!」

「電話いうんはこれのことか?」

銃を一つホルスターに戻し、YUZは内ポケットを探る。
そしてその手が小さな機械を(形状から見て録音機と思われる物を)取り出し、おもむろに起動スイッチを押す。
ウィン…と僅かな機械音と共に流れ出したのは、すべてを切り落とすなにか。



ジジッ…


『 もしもし 兄さん ? 
うん
違うよ
大丈夫   元気です 
頑張って 国のために   ワタシは 楽しくすごしています 
それじゃあ また かけますね 』



…プツン



「…簡単な合成音声の塊や。
ちょっとコレ系の機械をいじくったことのあるやつなら、すぐ出来る」

「…嘘だ」

呆然と。
ただ、呆然とそれを聞き。
そしてセムはまだ『嘘だ』と繰り返した。

「しんじとうないのはわかる…でもこっちも高い金出してこうた情報の一端や。
それに…本当はさといあんたや、もう薄々かんづいとったんやないか?」

「……嘘だ…嘘だ」

ガクガクと震え始める肩を止めることもせず、セムは視線ばかりをさまよわせる。
なにか、見えない助けを求めて。
と、その時。

「YUZ!!火の周りが早いです!!!」

バタン!と突然扉が激しい音を立てて開き。
長く続くと思われた平行線状態の膠着に、新たな声が飛び込んできた。

「識!
ちっ、予定より早いやないか!あいつら…火薬の量間違えたんやな!?」

「うっせえな!仕方ねぇだろ、予想より火の移りがはえぇんだよ…!
…セム!」

識と呼ばれた青年に次いで、金髪の青年も飛び込んでくる。
飛び込むとはまさにそのままで、煙と返り血と硝煙をまとってきた彼の姿はみるも無残だった。
しかしそれは当人になんの影響もないとばかりに、ひとしきり悪態をついたあと。
彼はYUZの銃口の前に居る、セムの様子に目を見張った。

突きつけられたままの銃口。
そして、今までに目にしたことが無い様子のセム。
なにかに意識の淵を捕らえられたままの。

「YUZ!てめぇ、セムに何しやがった!?」

がぁっと怒鳴って、詰め寄ってくるニクスを慌てて識が押しとどめる。

「ニクス、落ち着いて!」

「そうやで、派手な誤解や!」

なんとか取り繕うとしている二人にニクスは一瞥をくれて。

「わーってるよ!!冗談だ!」

その言葉に二人があっけを撮られているまに、ニクスはさっさとYUZを押しのけセムに詰め寄る。
そして躊躇せず手を伸ばしその襟首を掴んで揺さぶった。

「おい!セム、何ほおけてんだよ!!」

「……14年だ…」

「あぁ?」

揺り動かされ、焦点のさだまらないまま。
セムは何処を見ているわけでもない瞳で呟く。

「14年間…リリスのため……リリスのためだけに何もかも捨てた…
あの子が幸せでいられるならと、そのために!」

呟きは正常値をはるかに上回る感情の揺れで、次第に叫びに近くなっていく。
誰に聞かせているわけでもないその言葉は、だからこそニクスの心に突き刺さった。

「…セム」

「やれといわれたことは何でもやった!
人を殺す事もいとわなかった!
なにもかも、全てを売り払った!

そして

そして…その結果が……これなのか…?」

フツリと、糸が切れたマリオネットのように力なく。
セムは肩を落とし、両手をついた。
襟首を掴み上げられているため、顔だけが上を向かされ。
それでもニクスを見ようとはしない。
一度振り切れるほどの激情を内包していた瞳は、少しずつ冷えて感情という色を落としていく。

「…軍に復讐しとうないか?
あんたを陥れとったヤツラを見返してやりとうないか?」

けれど。
ゆっくりとかけられるYUZの声に、ぴくりとセムの眉が上がった。

「妹をあんたから奪った軍を…」

「…もとはといえば…
もとはといえば貴様らが…貴様らが反旗などをひるがえすからッ!そんなことがなければ!」

激昂し、詰め寄ろうとするセム。
しかしその瞬間に無防備になったみぞおちへ、ニクスは突然拳を叩き込んだ。

「ッ!ぐっ…」

「…時間がねぇんだろ、YUZ。こいつを興奮させてどうすんだよ」

ふいの激痛に、憎悪を再び瞳に宿らせ、苦渋の表情のままセムは倒れこむ。
力の抜けたその身体を腕で支え、ニクスはひたりとYUZを見据えた。

「…悪い、急ぎすぎやったな」

「そうですね」

一瞬の気まずさからくる沈黙。
それにあわせて、遠くから再び爆音。

ドォン…ドォン…と間隔を短くして、響いてくる。

「とりあえずここは引くで。
必要なもんは全て奪った」

「ついでにお姫様もGETでな」

「…お姫様ですか」

「姫にしちゃあ、肉付きがない思うがなぁ」

意識のない人間に、聞かれないからこその言葉を並べ。
まず、現状とそぐわない一瞬の笑みが3人に浮かぶ。
しかし扉の向こうに急速に人の気配が集まっていくのをみな、感じ取っていた。

「ま、今回はこれくらいで勘弁したらぁ!」

軽快に笑う、その言葉にあわせたように飛び込んで来る銃口。銃口。銃口。
けれど、もはやそこに彼らの姿は無かった。
一瞬前まで3人がたっていた場所。いまは何も無い空間。






はたはたと
窓を覆っていた布が、吹き込んでくる乾いた風に淡い想い出を語るように踊った。
















end