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急に気温が冷えてきて、もう冬も近いと感じた夜。
吐いた息は時折白くなりその寒々さに思わず、首にごまかすように巻いたマフラーを手でたくし上げる。
上げてから、一つ溜息が出た。
 
「なんで、こんな時間に外かな」
 
持ち前の黒髪を夜闇に溶け込ませ、伊武は呟いた。
呟いただけでは止まらなかった。
ブツブツと常日頃彼が繰り返しているぼやきをはきながら、歩いていく足下でスニーカーの冷たさが凍えるようだった。
 
「ていうかさありえないよね、普通0時回ってから買い物になんて出す親がどこにいるのかな、むしろ買い置きの電池がなかったとかだったら明日まで我慢すればいい話でさ。
ていうか別に俺は電池なんかいらないわけだしこういうのは必要としてる人間が買いに行けば済む話であって俺には断る理由はあっても頼まれる理由なんて何一つないと思うんだよね。
大体日付けが変わってさ、今日は何の日かなんてそれこそ覚えてないのかもしれないけどさ俺の誕生日なんだよね一応、別に祝ってもらおうとかそんなことや気持ちはまあ微塵も無いといえば嘘になるかもしれないけど、それにしたって少しぐらい尊重されてもいい日じゃないなんてそんなこと求めた俺が馬鹿だったとかそう言う落ち?どうでもいいけど寒すぎるんだよ今日まだ11月入り口だろしかも祝日国民の休みの日だよ、あー休みの日に誕生日なんて絶対損だよねそれこそテスト期間中とか夏休みとか盆暮れ正月とか誕生日の人は忘れ去られやすいわけでさ同じ誕生日でもクリスマスとかならまだ覚えられるだろうに文化の日ちょっとマイナーついてるんだよねホント、それこそ神尾ぐらいのニワトリみたいな記憶力だったらああこれ別に悪口じゃないんだけどさほらそんなイメージっていうの?
絶対覚えてない…」
 
伊武のぼやきが最高潮に達しそうな頃合。
丁度目にコンビニの夜にはまぶしすぎる光が飛び込んできた。次いで、この場にありえない声も。
 
「よぉ!シンジ!」
 
「…アキラ」
 
コンビニのすぐ手前の角からひょいと飛び出したのは、直前まで伊武がぼやきの相手にしていた同じテニス部の神尾だった。
普段は制服姿とジャージ姿にばかり見慣れているが、今目の前にいる神尾はパーカーにマフラーといったラフな姿だった。
まあ時刻が時刻なのでパジャマで飛び出てこられなかっただけ普通といえよう。
伊武はこの場に不釣合いな神尾の登場に眉を寄せた。
そうして、この深夜に一体どんなことをしでかしにきたか(もしくはしでかしたのか)を問うつもりで息を軽く吸い。
その言葉が伊武の口から飛び出す前に、さらに視線の先で変化があった。
 
『よぉ!』
 
複数の声。
そして、角からさらに出てくるよく知った顔達。
 
「…みんな、なにしてんの」
 
角の電柱に備え付けられた外灯に照らされて、そこには神尾と同じくテニス部仲間の面々がいた。
みな一様にマフラーやジャケットで防寒対策をし、白い息を吐きながら笑顔である。
(もっとも、内村だけは帽子で表情の大半が隠れている為に読み取りずらいのだが)
もしかして今の時刻をわかっていないんじゃあないだろうか?そんなことを伊武は思ったのか、とりあえず何かいってやろうと思い僅かに地面を見ていた視線を上げた時。
 
『誕生日おめでとう、シンジ!』
 
声をそろえれば、中学2年の彼ら。
こんなにも大合唱だ。
おもわずそんなテロップ(?)を打ちたくなるような、大音響がご近所中に響いた。
この場合、時刻が0時を回っていたのはよかったのだろう。すぐ隣の家の番犬が一声吼えた程度で済んだ。
 
「なに、みんなそんなことわざわざ言うために来た訳?かなりの暇人ていうかさ、大体一応このあたりうちの近所なんだからもう少しTPOってものを」
 
「で、これは俺達からのプレゼント!皆で選んだんだぜ!」
 
「ちょっとさぁアキラ、小学校で人の話は最後まで聞きましょうって先生に…」
 
「ちなみにケーキも持ってきた!」
 
伊武の冷ややかな突っ込みぼやきにも、普段なら一歩引く神尾も今日はどうやら耳にも届いていないようだった。
実際耳に入っていないのだろう。ペラペラと自分の言いたいことをどんどん舌に乗せている感じで。
伊武は深く溜息をつく。ついて、もう一度言葉を選び。
 
「だから…」
 
「驚くなよ、このケーキはなんと橘さんの手作りだ!!」
 
「ああ、洋菓子はあまり作った事が無いが、まあ味はなかなかだと思うぞ」
 
「…っ!」
 
そうして神尾の言葉に突然、角から部活の長である橘が出てきたことで、伊武は一瞬言葉を失った。
ひくっと冷たい夜の空気が勢いよく伊武の肺に送り込まれた。
伊武の動揺をしかし、目の前の面々は感じ取らなかったのだろう。神尾が手にしている『橘さんの作ったケーキ』を囲んで、賑やかに談笑し始める始末。
橘だけは伊武の僅かな変化に目を止め、数歩近づいてくる。自分より背の高い橘に前に立たれて、伊武はそっとその顔を見上げた。
まだ返す言葉は思いついていない。
橘は言葉を求める事はせず、やんわりと笑って言った。
 
「神尾達が企画していてな、それに俺も混ぜてもらったわけだ」
 
「…でも橘さん…受験勉強とか…は」
 
とりあえず出た言葉は受験というそれで、しかし橘はその言葉に再び笑みをこぼし。
そしてそっと右手を伊武の頭に乗せた。
 
「一日ぐらいさぼったってどうということはないさ、何より大切な部の仲間の誕生日だ。俺が祝わないわけにはいかないだろう?
それとも迷惑だったか?」
 
「えっ…や、迷惑とかはまったく…」
 
乗せられた手が随分自分より暖かい気がして、伊武は益々言葉がでなくなってしまう。
と、そこへひときわ高く。
 
「シンジ!すごいぞ、橘さんのケーキ!!」
 
神尾の声が響いた。
その声に弾かれるように視線を移すと、神尾は手にしていたケーキの箱を横から覗き込んでいる。
さらには他の仲間も神尾の後ろからそれを覗き込んでいるようだった。
 
「おいおい、それはシンジにと作ったものだぞ。まずはシンジが見るのが当然だろう」
 
『あ、すいません橘さん!シンジ!』
 
「まったく、仕方のないやつらだな」
 
そう言いながらぽんと一度だけ、橘の手は伊武の頭を撫でて離れていく。
離れた場所に夜風が冷たくて、手を上げてそこを抑え。
やはりそれがどうしてか気恥ずかしく思えすぐ手を下ろしてしまう。
その間に仲間が伊武の前に集まって。
 
「ではあらためて」
 
神尾があらたまったように、一つ咳をしてピシッと立つ。
その声に他の面々も同じように伊武を向いて。
 
 
『せーのっ』
 
『ハッピーバースデイ!誕生日おめでとう、シンジ!!』
 
 
言葉はやはりTPOを考えればもう少し小さくした方がいいようなもので。
空気が冷えた為に煌めき始めた星空にくわんと響いた。
(溶け込んでくれるほど生易しい音量ではなかった)
 
伊武は一瞬呆然として。
 
「ていうか場所と時間とかさ考えて欲しいっていうか、非常識って言っても否定できないよね…」
 
もちろんぼやきを入れることも忘れずに。
けれどそれからほんの少しうつむいて。
唇を小さく動かした。
それは夜の排気音にかき消されてしまうくらいに小さく、しかし鮮明に。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「でも……ありがとう…」
 
 
 
 
 
 
 
 
夜の闇。
外灯とコンビニの明かり。
その中で。
0時過ぎにはじまった、今日は君のバースデイ!
 
 
 
 
 
 
 
オワリ