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『公園の真ん中で』 「おーい、ジロー。自分いつまで寝とんのや」 ふわふわ。 夢心地の中でふいに振ってきた声に、鼓膜がぴんと反応した。 瞼がしぱしぱいって、その隙間から斜めに差し込む光がまぶしくて。 本音を言えば、もうちょっと寝ていたい。 でも、そう思ったのもつかの間。次に振ってきたのは声だけでなかった。 「こら!ええかげんにせんか!ジロ!」 ドカッ 声と共に落ちて来る衝撃。 次いでじんじんとした痺れがおでこに広がる。 どうやら何かで頭を叩かれたらしい。ちょっと痛い。 「う〜…オシタリ…酷くない…?」 ぼんやり目をあけて、やっぱりというか予想していた顔をみつけて。 そして彼が手にしているカバンに、何をされたか大体想像がついた。 「自分いつまでも寝こけとるからや。自業自得ゆうんやで」 「えー…だって、眠いし…」 ふわぁと生あくびをかみ殺しながら、そう呟く慈郎の言葉は一瞥されて終わった。 彼は一つ嘆息。 「今、何時やと思てんの」 問われて、あれ?と思う。 確かここで自分が眠り始めた頃は、まだ日も高かったはず。 しかし、今ざっと周囲を見渡すと見えるのは、遊ぶ子供の姿がみえなくなった無人の遊具。 ブランコはキィ…と鳴り、すべりだいは泥団子のかけらをのせて。 砂場には中途半端に崩された小山と、忘れ物らしいシャベルが一つだけ。 その世界全てを、傾いた日が赤く染めている。 「うーん…思ったより、俺寝ちゃってた?」 「阿呆。気づくんが遅い」 小首を傾げて聞くと。 彼は、忍足は本当にどうしようもないという表情をした。 そしてふいに片手を持ち上げ、手にしていたものを慈郎へと投げてよこす。 持ち前の反射神経でそれを難なく受け取り、目を凝らせばそれは慈郎の通学カバンだった。 「忘れもん。自己管理ぐらいしっかりせぇ」 姿をくらました慈郎を、これを渡すためだけにわざわざ探してくれていたのだろうか。 「ん、サンキュ」 ありがたかったので、素直に感謝の気持ちを言葉にする。 するとようやく忍足は少しだけ笑った。 「ドウイタシマシテ」 かっちりと標準語。時々ふざけたように混ぜてくる。 普段は関西弁は俺のアイデンティティやなんて公言してるのにね、おかしい。 ざぁっと風が一陣凪いで、それに忍足の髪が持っていかれる。 木の葉が揺れるざわめきと、よく見知った腕が髪を掻きあげる様。 それ全てが赤い世界での出来事。 綺麗だな。臆面もなく純粋に、そう思う。 「オシタリ、髪の毛切ったほうがいいんじゃない?」 「なんや、やぶからぼうに。ほっとかんか」 うっとおしそうだから、言ってみたら。 やっぱり忍足はつっけんどんにそう返した。 「うん、まあ俺も長い方が好きだけどね」 「…自分、まだ寝とんのとちゃう?」 言うてることが滅茶苦茶や。第一オトコに好き言われてもきしょいだけやで。 そう呟かれて、やっぱり笑ってしまった。 どうしてだろう、自分たちを取り巻く空気はこんなにも優しい。 いよいよ夕日は姿を隠して、周囲の熱は徐々に失われていたのだけれど。 「はよ帰らんと、夕飯抜きになるで」 「寮の時計は厳しいからね」 本音を言えば、もう少しここでまどろんでいたかったのだけれど。 学生には学生の。寮生には寮生の事情と言うものがありまして。 重いカバンを片手に、慈郎は体を預けていたベンチから立ち上がる。 ぐぅっと手を上げて伸びをすると、少しだけ忍足と目線が近くなる。 いつもは少し上にある、涼しげな目元。テニスの時は驚くぐらいその内が熱くなるのを知っていた。 「もしかして、俺ってば伸び盛り?」 「…何ぬかしとんの」 伸びをやめればやっぱり忍足の目線は少し遠い。 なんだか理不尽な気もして、とりあえず慈郎は背中を向けると走り出した。 「え?あ、コラ!ジロ!」 後ろで置き去りに忍足の怒鳴る声が聞こえる。 走りながら振り返ると、駆け出しにせかされたため上手くスピードに乗れない彼の姿。 どんどん小さくなる、白いベンチ。 どんどん遠くなる、小さな公園。 「どっちが先に寮につくか、競争だよー!」 笑いながら返すと、忍足はますます怒ったようで。 「自分、それズルや思わんのか!!」 「聞こえないー!」 眠っていた体は乱暴に起こされて、蓄えた力をここぞとばかりに解放する。 気持ちイイ。 このところ、運動より図書館等での勉強が多くなった忍足も同じだといい。 薄暗くなってきた世界。 道の街灯がジジ…と鳴って、光が灯る。 クラクションとどこかで犬の鳴き声。 平凡な、平和な風景。 長い影が二つ、じゃれあうように伸びていった。 了 |