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ポーン ポーーン 弾む音心地よく。 『青空の下で』 その姿を見つけたとき、最初は練習のメニューの一つかと思った。 テニスコートの裏。 練習している人間からは死角になる場所。 少しだけ開けたそこに、一人の姿。 「…ジロ、こんなとこにおったの」 駆け寄るでもなく、いつもと同じように。 忍足は少し先に立っている慈郎へ歩み寄った。 忍足の声に、慈郎は振り返る。 ふわ、と色の薄い髪が揺れて、裏表のない笑顔があった。 「オシタリーどうしたの?」 手を微弱に動かしたまま、慈郎は忍足に問い掛ける。 それに忍足も笑って応じた。 「跡部が呼んどるよ。今日自分練習試合やないの。朝練んとき言われとったやろ」 「あー…そうだっけ。昼寝して忘れちゃったよ」 へへへと笑う。 まったくいつでも同じような雰囲気に、つられて笑いながら。 忍足は気になっていたことを聞いてみた。 「ジロは寝すぎや。 …なぁ、気ぃついたんやけど、何しとんの。それ」 「へ?これ?」 そういって二人が一度に見たのは、慈郎の手元。 そこには彼の愛用のラケットが握られていて、さらにテニスボールが何度も弾いて飛んでいる。 「新しいメニューなんや?」 「違う違う」 何度となく繰り返される。 それこそ、先刻忍足が来る前からやっていたような自然さ。 ボレーが秀でている慈郎に新しく組まれたメニューだと思っても、なんら無理はない。 しかし、慈郎はその問いかけに首を振った。 そして、ほにゃっと笑うと視線を上げる。 「これはねぇ…空を見てるの」 「そらぁ?」 確かに空はある。常に。上を向けばあるだろう。 しかし、今慈郎がしているのはラケットとボールの着打。 そこにどうして、空を見ているなどという言葉が返ってくるのか、忍足にはそれが理解できない。 理解できなかったから、そのまま返答してしまった。 その声音に、慈郎は眠そうな目を細めた。 「んー…疑ってるデショ…でもねぇ、見えるんだよ。 オシタリもやってみなよ〜?」 はい。とラケットを投げてよこされる。 突然のことに、近距離とはいえ虚を突かれて。忍足は眉を寄せた。 「っと、いきなりは危ないやろ」 「んーゴメンゴメン。ほら、ボールいくよ〜」 「わっ、ちょっ…!」 タンマ!という忍足の言葉は通じず、黄色いボールが放物線を描いて飛んでくる。 咄嗟、いつもの条件反射でそれをラケットの面で滑らせ、勢いを全て飲み込んでから打ち上げる。 ポーンと目上の高さほどまで上がるが、それはすぐに重力に引かれて戻ってきた。 「もっともっと、高くあげなくちゃ」 楽しそうにそう言われて。 忍足は(実はこう見えて、忍足はかなり負けず嫌いでもある)に強くボールを打った。 ぽぉん…ぽぉん… ポーーーーン 黄色い球体は何度も昇降を繰り返した後、一際強い力に押されてまっすぐに空へ吸い込まれるように伸びていく。 どんどんボールが小さくなって。 青い空が目の前いっぱいに広がって、そのなかにぽつんと黄色のコントラスト。 「あ、ほんまや…」 確かに空が見える。 不思議なもの。 ボールを追いかけていたはずなのに、心が空を捉えていた。 白い雲がお飾りのようにのっかった。 青くて広い空一面。 「ね、気持ちイイでしょ」 傍らで慈郎が他意のない笑み。 「そやね」 黄色の点は段々大きくなって、落下・落下。 ラケットに再び下りてきた。 今度は弾くことなく勢いを消して、そのままボールをラケットの上に寝かせる。 コロコロ…コロリと黄色が止まって。 「で、ジロ、跡部のとこ行かなくてええの?」 傍らに視線を戻し。 流れていた話題を引き寄せると。 慈郎の顔が一瞬きょとんとして、それから真顔になった。 「あ!そうだっけ!うー試合試合!」 ジタバタと手足を落ち着きなく動かして慌てるのがまたおかしい。 忍足はラケットを差し出して、うながした。 「はよせんと、跡部に角がはえてまうかもしれんよ」 「それ怖いから!うわーーー!いこいこっ!オシタリもー」 言うが早いか、慈郎は忍足の手を掴むとテニスコートへの最短ルートを辿って走り始める。 急にぐいとひっぱられて、一瞬感じた痛みに顔をしかめてから。 歩調をなんとか慈郎に合わせて走る。 試合への期待からか、鼻歌交じりになっている慈郎の横で。 『なんで手つないどんのやろ?』 なんて、素朴で意外と根深いかもしれない疑問が頭をよぎったりもしたのだが。 考えるだけ無駄と思考を放棄して、斜めに視界に入り込む空を見た。 木立の隙間から。 校舎の横合いから。 同じ色の空。 青い空。 「うん、ええもんやね」 「えー?なんか言ったー?」 「別になんもあらへんよ」 小さな感嘆は空に溶けた。 滋郎は何々?と気にしていたが、こんなことを面と向かっていうのは恥ずかしいもので。 なんとなし誤魔化して、また見上げた空は。 走っていたために少しぶれていたのだけれど。 レンズ越しに、それでも綺麗な青空だった。 耳に、ボールの打ち合う音。そしてみんなの声が聞こえてくる。 了 |