ハッピーバースデイ トゥー ユー
 
世界で一番大好きな君のために
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ねーオシタリ、携帯かしてー」
 
「は?ええけど、なんに使うねん」
 
「いいからいいからー」
 
「はいはい」
 
 
 
屋上で。
それはもう風が冷たくなってきた、10月の空の下。
今日は生憎の曇り。
ねずみ色の雲がじわじわと広がっている。
ついついクセで昼休み、屋上へとあがってきてしまった事を実は後悔しているなんて。
ちょっと恥ずかしいので、二人とも黙っていた。
黙って、給水塔の壁を背にして座っていた。
あまりの風の冷たさに慈郎は珍しくおきていたし、忍足の手元にあった小説はほんの数ページも進まずに閉じられた。
 
「ねー早く」
 
慈郎が手を伸ばすと、忍足は一つ溜息をついて傍らに置いてあった自分の携帯電話を渡した。
それを軽く握ると慈郎はくるりと背を向ける。
 
「なにしとんの」
 
「秘密!見ちゃダメだよ」
 
「俺のなんやけど…」
 
「いいから、秘密!」
 
「まあ、ええけど」
 
背中をまるめて、慈郎は何も忍足には見せようとはしない。
秘密と言い張る慈郎、その子供のような言い草に(というか中学三年といえばまだまだ子供だと思うが)。
忍足は諦めて手元にあった小説をもう一度開いた。
拍子に、クローバーのしおりがコンクリートの上に落ちた。
しおりを揺らす風が、冷たい。
 
ピッピッとボタンを操作する音が時折耳を通り過ぎる。
しかしそれもしばらくすると、フツリと止んだ。
終わったのかと思ったが、慈郎の背中は相変わらず丸まったままであったし彼の手元もせわしなく動いている。
おそらくはマナーモードにしたのだろうと見当付け。
忍足は吹きつける風に、息を吐いた。
 
 
 
「おーわった!」
 
「はいはい、お疲れさん。で、もう返してもらってもええ?」
 
「いいよー」
 
どーぞ、と携帯を渡される。
それを受け取って、画面を見てみるがなんら変ったところはない。
待ちうけ画面もそのままだ。
一体慈郎は何をしていたのだろうかと、首を傾げる時。
隣から衣ずれの音。
顔をむけると、慈郎がポケットから自分の携帯を出してなにやら操作している。
もともと、終始マナーモードになっている慈郎の携帯からは、操作の際の音は聞こえてこない。
2つ3つ慈郎がボタンを押して。
 
沈黙。
 
「?」
 
と、忍足の携帯に電話が入った。
先刻慈郎にマナーモードにされたままだったので、着信音はない。
バイブレーションが床と合わさって、小さな雑音を起こすだけ。
忍足が着信を報せ続ける携帯を取ろうとしたとき、指先がほんの少し触れた程度の瞬間。
これまた唐突に電話が切れた。
そうして、その着信時間の短さをいぶかしみ、着信履歴を確かめようとした忍足の手は空を切った。
 
「ジロー?」
 
「たんま!」
 
「は?」
 
慈郎の手には、忍足の携帯。
横からかすめとったのだ。
何をするのかと理由を聞こうと思ったら、真剣な顔で制された。
ので、口をあけたまま再び待つ事になる。
慈郎は一つのボタンを押すと、安堵して携帯を返してきた。
 
「なあ、さっきからなんなん?」
 
「いいから」
 
「はー」
 
忍足が問い掛けても、慈郎は再び自分の携帯に視線を落としている。
仕方ないので先ほどの着信履歴でも見ようと画面を覗いた時。
 
…♪!
 
「え?」
 
携帯から突然、聞き覚えのあるメロディが流れてきた。
そして画面に、【着信・忍足おめでとう!】の文字。
 
「はぁ?なんや?」
 
鳴り響いた音は、忍足の携帯の着信音だった。
音は止まることなく流れている。
全く知らない、つけたつもりのない着信相手の名前、【忍足おめでとう!】。
(というか人名でないし)
もしやと思い、忍足が隣の慈郎を振り返ると。
 
「ハッピーバースデイ、オシタリー!」
 
予想通りの笑顔がそこにあった。
イタズラが成功した時のような、明るい笑顔が。
 
「おおきに」
 
その表情につられて、忍足も笑う。
 
 
 
 
 
雲の隙間から見える空に。
電子音のバースデイソングが響き渡った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
世界で一番大好きな君のために
 
心をこめて届けます
 
(ほんの少しの悪戯心と一緒に)
 
 
 
ハッピーバースデイ トゥー ユー !
 
 
 
 
 
 
 
 
オワリ