■不満■□
 
 
 
いつものとおり、放課後の部活内での練習試合。
 
それが聞こえた瞬間、心臓がぎゅうっとわしづかみにされるような感覚を覚えた。
 
『あんな球もとれねぇのかよ、天才のくせに』
 
マイナスの感情が凝り固まった一言は忍足の耳に滑り込んだ。
声のしたほうに視線だけで振り向くと、そこには見知った顔が嘲笑と侮蔑と嫉妬を入り混ぜて忍足を見ている。
先月のレギュラー選抜試合で忍足に負けた3年の先輩だった。
その顔はあざけりにまみれて酷く醜い。
 
(なんや、言いたい事があるんなら直接言えや!
けったくそ悪いわ!)
 
内心怒鳴ってやりたい衝動にかられながらそれでも試合中であったと、忍足は意識をコートに戻す。
ふいに飛んできた黄色い球に瞬間反応が遅れる。
運良くそれは多少気の抜けた打球であったため、すんでのところで追いつき相手のコートへ返す事ができたが。
 
ハッ ハッ ハッ
 
息が荒くなる。
まだ5分とたっていない、こんなときに。
不調のように不自然に息を吐き、肩も酷く上下しているような錯覚さえ。
 
その瞬間ふいに。
見えない背後から、誰かが自分の背中を指差して嘲笑しているような。
誰かが罵倒しているような。
この荒い息を見透かされているような、幻聴が。幻視が。
忍足を襲う。
 
 
負けんな!
負けんな!
負けんな!
 
 
なによりも自分を奮い立たせるために。
何度でも何度でも暗示をかけるように、内心で叫ぶ。
 
これは先刻の一言から自分の弱さが作り出した闇だ。
認めなければ、それは現実ではない。見えなければ、無いのと一緒。
 
 
暗いところへ落ちかけた意識を無理矢理手元のラケットに戻し、ぎゅうっと力をこめて握りなおす。
 
 
ボールは黄色い軌道を描いて、容赦なく飛んでくる。
 
太陽は憎たらしいくらいに輝いて、足下に濃い影を作って落とした。