窓と廊下とくだらない話

 
 
白。というには少し色あせた、ペンキの色も年を感じさせる建築。
長い、廊下。
開け放たれた窓からは、時折やわらかな風とそれに乗った花の香り。
窓の枠に肘を着き、体の重みを預けて顔半分を戸外へ出している。
口元にはピンクの風船。
あきらかに自然の食べ物ではありえないマッドな色合いの、フーセンガム。
それをくちゃくちゃと噛みながら、丸井は少し伸びかけの前髪を指で巻いては戻していた。
 
時計も携帯ももっていなかったので、どのくらい時間が過ぎたのかわからなかったが。
ふと、よってくる足音を鼓膜に感じる。
閉じていた瞼を少しだけ震わせた。開いたわけではない。かといって眠いわけでもなかったが。
 
移動教室でもない限りはそうそうは近づかない、特別教室の棟。
その廊下に。
向かってくる足音は、丸井の姿が見えるようになる位置のあたりから迷うことなく向かってきた。
そして、すぐ近くで足音が止まる。
と。
 
「お、こんなところおったんじゃな」
 
頭上からかけられた声。
時代錯誤な喋りなんて丸井の知り合いでは限られている。
声音にも、トーンの落とし方にも覚えがあって。
丸井はようやく瞼を開いた。
そうして、声の方へと振り返る。
 
「ん?」
 
視線の先にいたのは、長め…というよりは邪魔ではないかと思われるほどの長さの前髪を揺らした、仁王だった。
丸井がじっと見ていると、仁王も視線を絡ませる。
そうして、世間話のように切り出した。
 
「ブン、会いに行かなくてええんか」
 
「なにがー?」
 
この場合、『誰に』会いに行くのかを聞いたほうが一般的だが。
良くも悪くも丸井は会話での勘が鋭く、だからこそ『誰か』は聞かなかった。
丸井の口元で、一度へしゃげたガムが再び空気を送り込まれて膨れ上がる。
どぎついピンクの大なり小なり。
丸井の口元は笑っているが、仁王はそれを指摘しない。ただ様子を見て、肩をすくめた。
 
「まあ、そう言うならなんも言わんがな」
 
「仁王はいつも含みが多すぎると思うんだけど?」
 
言葉だけなら問いただしそうな文であったが、生憎丸井の声にはそういった強さは飾り付けられていなかった。
なので、仁王も気にせずに。
 
「おみゃーほどじゃなかよ」
 
「お互い様ってやつ」
 
「まあそのようで」
 
言葉の応酬はそれなりに楽しく。
丸井は窓に体をあずけたまま、仁王は両手をポケットに入れたまま。
が。
ぽつりと、丸井はつぶやく。
 
「仁王こそ、行けばよかったのに」
 
「副部長はいっとるし、柳もおる。俺が行く必要はなかよ。必要以上はわずらわしいだけじゃろ」
 
その言葉に、仁王は動じない。
口端を上げて笑うけれど、瞳は笑っていない。しかしそれを気にする人間はここにはいない。
丸井は賛同を示すように右手を上げて一息に喋った。
 
「右におなーじ」
 
笑うと、丸井のガムは何度でもへしゃげる。
笑うと、仁王の口元にある黒子がちらついた。
 
 
「ああ、今日もえー天気じゃなぁ」
 
「そうだね」
 
 
風がまた一陣。窓を通り過ぎていった。
仁王は窓に背をもたれて、丸井も顎を手のひらにのせて。
窓から覗いた反対側の校舎に、知った顔を見つける。
 
 
「柳生、よく見てみんしゃい」
 
「ジャッカルも目は良いと思うんだけどな」
 
 
二人がおかしそうに呟く。
視線の先に、校舎の中。廊下をキョロキョロと何かを探している二人がいた。
その焦った様子が離れたここからでも、よくわかる。
 
でも。
とりあえず丸井も仁王も、この場を移動しようという気持ちは持ち合わせていないのだった。
 
 
 
 
−−それは、幸村が入院してすぐのときのこと。