目の前をチラチラと横切る。
ゆれている。

「痛っ」

「ああ、すみません」

右手にからむ灰色に色を落とした髪。
斜めに振り向く裏の見えない視線。

「なんじゃい、柳生。やぶからぼうに」

「いえ、視界に入ったので」

「…ふぅん」

「痛かったですか?」

聞きながら、まだ柳生の手は髪にからんだまま。
それをよしともあしとも思っていないのか。
そのまま歩を進めるには無理な体勢で、廊下で立ち止まる。
直前まで会話があったのかすら、記憶に無い。

「痛かったかと聞かれたら、痛いやな」

離せとは言わないが。

「そうですか」

返す言葉にけれど指は離れない。
わずかに引かれる引力反発力。
階下で明るい笑い声。
通り過ぎる顔見知り。

窓。
外は曇り。

するりと、唐突に手の中から重みが消えた。


「まだまだ甘いの、柳生」

声にはっとして視線を窓からはがすと、寸前まで近くにあった姿はすでに離れて遠く。
笑う声は背中から響くので、表情は見えなかった。
そして背中に垂れている筈のものがなくなっていることに気付き、指先に残る感触をみやれば。

結わえられた赤い紐からダラリと流れる灰色の髪束がひとつ。
所在なげに手に在った。

「さすがは詐欺師…ですね」

とりあえずは放課後の部活まで、預かっておきましょう。
呟く声音は、どのような韻をふんでいたのか。
おりしも人気の無い瞬間。


誰も知りはしない。