「で、今回はマジなもんなんやろな。
がせ掴ませよったら、容赦せんで?」

「相変わらず手厳しいんやな。けど、今回はちゃうで」


深い深い、地下組織。
その深部で言葉を交わす二人。
リーダーの赤毛の青年と、その前で笑みを貼り付けている眼鏡をかけた青年。
くせ毛なのか、整えているのかわからない彼の棘のような髪が、鈍い明かりの下でチラと輝く。
お互い、笑っていはいるが…本心なのかは窺い知る事は出来ない。



「結構な自信やな。
なら。
商談をはじめようか?」



密談と呼ぶにふさわしいこの場所。
そして、商品は極上の機密情報。








長年硬直していた、時の歯車が軋もうとしている…












【流変】









バタバタバタ

複数の足音が響く。
普段はおおよそ聞くことのないその不快な音に、セムは顔をしかめた。
何が起こっているのか、それはすぐに明らかになるだろう。
しかし、それを待つというこの僅かな時間が酷く神経に障るときもあるのだ。

やもあって、セムの目の前の扉が勢いよく開かれる。
それは開き終わらぬうちに、一人の人間を部屋へとほおり投げた。
いや、その人間が飛び込んだといったほうが正しいだろう。

「しっ、失礼します!」

「…騒々しい」

息を乱し、恥も外聞もなく駆け出していたのだろう彼はしかし。
セムのその一言で冷水を浴びせられたような感覚に陥ったらしい。
ビクリと一瞬からだが硬直し、そしてすぐに我を取り戻したのかまっすぐに居直った。

「申し訳ありません!」

「…いい。何事だ」

「ハッ!先ほど、東の棟に侵入者があったとのことです!」

カツッとブーツのカカトをあわせ、彼はマニュアルどおりの受け答えをする。
その視線はセムでなく、その先を見ているようにも思われた。
『侵入者』という言葉に眉尻を寄せ、セムは一つ息を吐く。

「現状報告はそれだけか」

「現在、東の者が侵入者の殲滅にあたっています。
侵入した人数、目的はいまだ調査中であります」

「…」

「応援を用意したほうがよろしいでしょうか」

セムは彼の問いには答えず、すぐさま東の棟の内部構造を脳裏に呼び出す。
東の棟…あそこは狭い通路が多く、出入り口となる窓も少ない。
侵入し、なにかしかをするにはいいが、脱出する経路は極めて少ないだろう。

「応援要請はきていないのだろう。なら必要ない。
敵の目的がはっきりとわかっていない以上、必要以上に一箇所に力が終結するのは危険だ。
それより、D路とその周辺の出口を全て封鎖するんだ」

「ハッ」

「それから、できれば殺さずにとらえろ」

「…は?」

「情報を引き出すいい機会かもしれない」

セムの『殺さず捕らえる』命令に、彼は一瞬ためらいを見せ。
しかし、すぐさまそれを飲み込むと規律をただし顔を上げた。

「了解しました。すぐに伝令いたします」

そして、そう一言。
次の瞬間には振り返り、再びその伝令を伝えるべく廊下へと飛び出していった。
残されるのは静寂の戻りつつある室内と、立ち尽くすセム一人。

「…こんな時期に侵入者だと…?やつら、何を考えている…
読めんな…」

カツカツと狭い室内を円を描くように歩き、視線を落として思考にふける。
床からの振動。そして空気を伝わっての東の棟での状況はとくに悪くはないようだと計算する。
おそらく使用されているのは小規模範囲の爆弾…時限式かもしれない。しかし、あまり性能はよろしくないようだ…
捕らえられるのも時間の問題だろうと、判断し足をとめた。

「よほどの能無しでなければ、侵入者をとりのがすことなどまずないだろう…あの方には、事態が落ち着いてからのほうが…」

思考は言葉となって音を伴い、口から零れていたらしい。
そこまでセムが呟いた時、ふいに目の前の扉が再度開いた。
今度は先ほどよりは静かである。
入ってくる相手も、どうやら落ち着いているようだ。

「…なんだ」

扉から入ってきたのは、何階級か下の人間。
帽子を目深にかぶり、顔は良く見えない。身に付けているものはセムと同じ形状の服である。

「失礼します、現状を報告にまいりました」

彼は落ち着いた低い声で切り出した。
現状報告ということは、先刻来たものからの伝令かもしれない。

「話せ」

伝える事を赦し、セムは彼と正面に向かい合う。
彼はそれに臆する事もなく、淡々と報告を始めた。

「侵入者は1名。内部霍乱のために侵入した模様です。
これは定かではありませんが、侵入経路などは先日ハッキングにあったものを参考にしたようです。
現在、その1名は東の棟をE路に展開し逃走していると思われます」

「爆発物設置のおそれは」

「ないと思われます。爆発物処理班も現在向かっているとのことです」

「そうか」

彼の報告はハキハキと伝える口調と相まって、非常にわかりやすいものだった。
セムが問う疑問点にもすぐさま答えていく。
彼の伝令で、侵入者の目的が霍乱であったとおもわれること、現在も逃走中ということを理解すると、セムはひとたび彼に背中を向けた。

「報告ご苦労だった」

「ハッ。ではこれで失礼します…」

カツカツという足音と、気配が下がっていくのを背中に感じ。
その足音が扉の前で止まった瞬間。

「まて」

セムが再び声をかける。

「は」

彼もそれに答え、動きを止めた。
ドアノブに置かれようとしていた手も、その途中で浮く。

「お前の所属と、識別番号を答えてみろ」

「それは…」

「貴様が答えられるものならな」

ガチン
鈍い音。
何事もないように話しながら振り向いたセム、その手に握られているのは。
黒光りする拳銃。

「なんのご冗談でしょうか…」

銃口は彼の中心にピタリと合わせられて。
そしてセムが笑う。
酷く、滑稽だとでもいうように。

「あくまでも偽ろうというのか?……ニクス」

『ニクス』とセムが呼んだ瞬間、彼の雰囲気が一変した。

「なんだ、ばれちまったのか。
俺ってば有名人?」

砕けたような口調。緊張感のないしぐさ。
とても先ほどと同じ人物、銃口を向けられている人間とは思えない。

「なんとでもいえ。単身で軍内部まで潜入した事は褒めてやろう。
貴様には聞きたいことがたくさんあるからな」

「…なんで俺の名前を知ってるのか教えて欲しいな。それくらいは、いいだろう?」

飄々と。
緊張しているのはセムだけのよう。
たった一度の引き金で、全てを奪われるとわからないのか。
余裕のある笑みさえ浮かべて。

苛々する。
消したはずの暗い炎が、内部からジリジリと熱をもつようだ。


「貴様は俺の押しつぶした過去の亡霊だ」

「…へぇ」

嫌悪を吐き出すように言葉を捨てる。
苦しい。
ニクスの一挙一動が、セムの神経を逆なでしていく。

対して、ニクスは銃口を向けられているのに関わらず、平静で。



嫌だ

嫌だ

イヤダ



逃げ出したいのは過去。
見えないふりをして、気づかぬように息を潜めて。
そして隠していたものが、溢れそうになる。零れ落ちてしまう。

それだけは、できない。


「独房行きだ…すぐに地獄を見ることになるぞ」

「地獄ならもう見てきたんでね。俺が見たいのは美人さんの笑顔かな」



バタ バタ バタ

遠くから、無数の足音が響いてくる。
目指しているのはこの部屋だろう。





「いきがっていられるのも、今のうちだけだ。
せいぜい、生きるためにあがくんだな」



バタン!

扉が激しい音と共に開かれる。
そしてなだれ込むように、人・人・人。
「中佐!ご無事ですか!!」
口々に叫ぶ、意味のない言葉達。

彼らはすぐさま、かまえていた銃口をニクスへと向ける。
無数の銃口に囲まれて、包囲された彼に逃げ場はない。
ないのに。

彼はうろたえるそぶりもなく。
まして、周囲を見渡す事もなく。
その赤い瞳はただ、セムだけを見つめていた。

カキン…と誰かの引き金の音が響いて。
それを合図に、たちまちニクスは彼らの手により取り押さえられる。
床に押し付けられ、両手を後ろでに拘束されて。
乱闘の激しい音のなかで、もまれて見えなくなっていくニクスの姿。

しかしセムには見えていた。
彼の口が、呟く。
彼の目が、一つの意思を訴える。











「お前は…あがいたのかよ?   セム 」










返すべき答えは、なかった。





















[AM1:07   反乱軍一名を捕縛・投獄す]










end