なあ



この手を離さなかったら


いつまでも一緒に いられるかな?









そんなことを考えるほど



貴方がいないと 耐えられない俺がいて















独りの部屋で 二人で逝こう












雨が降っていた。
今の時期に珍しく、雨が降っていた。
雨音は刻々と変化し、朝は音も無く落ちていたそれは、今は窓を叩きアスファルトの路面を打った。
雨粒に歪んだ窓は、室内を現実から引き離し。
部屋の中はぼんやりと明るい。
それが窓の外にある外灯から洩れる明かりであることなど、今はさしたる問題ではなかった。

雑音が聞える。
耳に届く。
酷く耳障りなそれ。
先ほどまでは気にも止まらなかったのに、突然、それこそ鼓膜を突き破るほどに大きく捉える。

この雑音を消さなくては。
そう思い視線をめぐらす。
目に付いたのは、小さな電気部品の集合体。
全体が細かく振動し、液晶の小さな窓が光っている。

ああ、携帯電話だ。
まるで今初めてソレの名前を知ったような感覚だった。
雑音はそこから伝わってくる。
諦めると言う事を知らないのだろうか。
ディスプレイに表示されている名前は、知った物だったが。
取る気にもなれずにいる自分がいた。
それでも一向に鳴り止む気配の無いそれに、次第に押さえようの無い暗い気持ちがこみ上げてくる。

次の瞬間には、冷たい床から立ちあがり、それを掴んでいた。

そのまま歪んだ窓に向かい、窓を乱暴に開くとそれを投げ捨てた。




…カツン

どこかに落ちる音がしたが、その場所を探す意味も無い。
ようやくあの雑音から解放されたのだと。
それだけが今の彼の心を占めていた。



窓を閉めることもせず、入りこんでくる雨をそのままに、先刻自分が触れていた床板に戻る。
広いとは言えない部屋の、中心よりもほんの少しだけ入口から遠い。
そこにまずは指先を触れる。
ひやりとした感触と、木の板独特の継ぎ目をなぞる。
指先、掌。
ゆっくりと上体を傾けて顔を限りなく近づける。

唇を落とし、鼻先をこすり付け、頬擦りをした。


冷たい温もり。



彼のいる場所。

彼のいた場所。





頬をつけて身体を重力に任せたまま、室内を見る。
目の前にある壁。
この右側には彼の蔵書の入った本棚。
左側には何度彼と共に眠ったか知れぬ簡素なパイプベット。

が、あった。

今はもう、灰色の剥がれかけた壁があるのみ。
みんな、無くなってしまった。
持っていかれてしまった。


チャリ。
小さな金属音。
ジャケットのポケットから、掌で包むようにして取り出したのは、銀の鍵。
この部屋の、合鍵。
今の自分にとって、たった1つ彼と自分を繋ぐ物。

目の前で揺らすと、外の明かりを拾って時折輝く。
小さな、小さな。
大切な鍵。
もう1度握り締めて。
けしてこの形を忘れないようにと、刻みこんで。

舌を伸ばす。

金属独特の苦味と硬度を全身で感じ。
そのまま一息に飲みこんだ。

飲みこむには少々大き過ぎる異物は、しかしするりと抵抗も無く消えた。
そのことに満足して、目を閉じる。
けれども鼻先に香る鉄味が消えないことに気付き。
再び目を開けなくてはならなかった。

ふんわりと香るそれは、たった今飲みこんだはずのそれと同じ味。
胃に収めたそれからでも、香る物なのだろうか?


そう考えて、何故か重くとろりとし始めた瞼を動かす。
そして床に広がる色彩に、目を細めた。


赤   朱   アカ 


ねっとりと、彼の周囲に広がった赤い液体。

何故こんなものがここにあるのだろう?
上体を起こし、見まわしてみればいいのかもしれない。
そう思い頭を上げようとして、しかし身体はピクリとも動かない。

おかしいな。
どうしてなんだ?

それなら触れて見ようか。

そう考えて伸ばそうとした指先は、なかった。
正しくは、感じなかった。
ただジクジクと何かが出て行くような感覚があることに気づく。
不思議に思い。
重い頭をなんとかめぐらして見た。


自分の手首が赤く染まっていた。
赤い液体はそこから流れているようだった。
随分先に、どこででも売っているような銀の薄い刃があった。















ああ 死のうと思ったんだ
















ふざけた話だった。
電話があった。
緊張した声だった。
誰だったかは忘れた。
色々話していたようだったが、覚えているのはたった一言だけだった。



「ニクスが死んだ」



これが悪い冗談でなくてなんだというんだろう。
笑い飛ばそうとした、しかし声が無かった。
交通事故だった。
即死だった

だから何だって言うんだ。

きっと全員で俺を担いでるんだ。
だから彼に貰った合鍵で彼の部屋を開けた。
「ばれたか」そう笑う彼がいると思った。
でも。
待っていたのは、何も無くなった部屋だった。

顔も知らない親戚という他人が、少ない彼の持ち物を全て持ち去ってしまっていた。



なにも ない。










一緒だった。
少なくとも数日前までは。

一緒に食べて。
一緒に遊んで。

一緒に寝た。


それが。

独りで食べて。
独りで遊んで。

独りで寝て。



空いてしまった自分の隣り、左側。
左腕が寒くて。

耐えられなくて。








手首を切った。



















雨はまだ降り続いている。
でも雨音はもう聞えない。
なにも耳に届かない。


ただ、耳に響く。


ただ心に届く。













「士朗…ずっと一緒にいような」



















もう聞えない 彼の    声


























一緒に行こう


一緒に 逝こう











貴方の部屋で


貴方の場所で








俺は俺を殺します















そうすれば



貴方と心中したことに なるような気がするから




























とりあえず。
ニクスファンの方にゴメンナサイ。
士朗ファンの方にごめんなさい。
むしろ。
2DXファンの人にごめんなさい。
やっちゃった。もう言い訳できない。

茶で心中の話が出て、つい。
でもこれ違う。
これ違うよ。
しかもこんなのSSのテーマになんてしていい軽いもんじゃないのに。
書きたかったんです。
機分を悪くされた方いましたらすみません。

永遠なんて幻想にすぎないけど、それでも信じていたかった。
そんな士朗の話デス。
つか士朗が弱すぎる。
でもニクスが同じ立場だったら、死は選ばないと思うの。
そして士朗を思いながらも生きていくと思います。
それをできるには士朗は一途過ぎたと、そういうことで。

でも士朗が本当に逝ってしまうのかは曖昧にしてみました。
住む人のいなくなった部屋の窓が、雨なのにあいてるんですよ?
もしかしたら誰かが通りかかって、助かるかもしれない。
心まではわからないけれど。