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思い返せば その日は焼け付くような暑い日だった… 開放 1 突然手をとられて驚いた。 「なんだ?」 問い返す言葉は至極当然だったように思う。 しかし、取られた腕はそのまま。 彼も無言。 「…ジャック?」 いつもなら煩いほどに喋る彼が、今日はまだ片手で足りるほどしか話していない事実にようやく気づく。 外はまだ夕暮れの薄明かり。 普段よりほんの少しだけ早く閉めた店のその奥で。 年下の彼に、腕を取られた。 「お前、今日は変だぞ…」 つかまれた腕をそのままに、一つため息。 このままでは夕飯の仕度も出来ない。 もっとも最愛の妹が一昨日から外泊でいないため、食事のものは簡単にすませよう。 そんなことを頭の隅で考え始めた、その矢先。 ぴちゃ 「…ッな!?」 ふいの濡れた感触と暖かく触れる何か。 指を口に含まれた。 ぞく それに対し背筋を這い上がる、言葉に表したくない感覚。 「ジャック!!」 一瞬頭が真っ白になったが、次いで混乱しかける思考をなんとか自制して叫ぶ。 ぎ、と睨み付けたのだが。 しかし無体を働いている彼の瞳は伏せられていて、合わない。 それどころか。 ぴちゃ ちゅ っ 「ふ…っ!」 次々と這い上がってくる波。 たかが指をなめられている程度。そう思ってしまいたい。 しかしそれが何より苦しい。 ぞくぞくと体が震え始めるのを止められない。 どうして自分はこんなにも…と誰ともなく当り散らしたく。 それでも。 中指を舐め上げられ、指の隙間にキスを落とされ。 手のひらを強く吸われるともう駄目だった。 「…じゃ……っく…ッ!」 足が体重を支えるのを拒否し、腰からずり落ちそうになる。 バランスを失った背中にまわる腕。 一瞬全身が楽になり。 そして再び失われた腕に、世界が回った。 ゴッ 鈍い音は背中越しに。 打ち付けられた肩甲骨と背骨、反り返った胸から肺に溜まっていた酸素が暴れる。 じんと響く痛みが、皮肉にも気を紛らわせてくれた。 網膜に映っていた映像が脳内でようやく認識される。 見上げた先は、表情の消えた友人の顔。 読めない。 「…ジャック!」 怒気をあらわに低くうめく。それでも現状から抜け出せない。 まだ全身に痛みの後遺症があり、すぐには起き上がれそうにないためで。 駄目押しのようにジャックの左手が右肩に押し付けられており、床に縫い付けられた状態。 まるで標本にされているようだと思い、眉間が険しくなる。 自由になる足で、圧し掛かっている体を蹴り飛ばしてやろうと身じろぎして。 「初めてじゃないんだろ…セム」 言葉に打たれた。 「…なにを」 「昨日…店の奥で男とキスしてたろ…俺知ってる」 見てたから。 ひゅ…と喉が鳴った。 それは紛れもない事実で。ただそれを見られていたなどとは夢にも思わなくて。 リリスも居ないときで、気が弛んでいて。 だからそれをジャックが見ていたなんて。 「あれは昔世話になった人…」 「そんなのどうでもいいんだよ」 説明の言葉は、冷たい声にさえぎられた。 緑の瞳が酷く無機質に見えて。 カチャカチャ… ベルトを外される音に今度こそ耳を疑う。 しかし次いでジッパーの下げられる音が響き、薄い布越しに掴まれたことで全身が拒絶に震えた。 「ふざけるなっ……つッ!」 「本気だよ」 言葉より先に、あるいは同時に。 手の内にあったものをギュッと強く押さえつけられて。 絶えられぬ痛みに言葉が浮いた。 力は緩められることなく、ギリギリと強くなっていく一方。 「痛ぅ…ぐ」 痛みに反応して生理的な涙が溢れ始める。 視界がかすみかけ、それでも目をそらしたりはしない。 さらに力をこめて憎悪にも近く睨む。 伏せたほうが負けなのだ。 ただ、そう意地ははってみたものの痛みが消え去るわけはなく。 それには身を硬くして耐えるのが精一杯で、それゆえに硬直する以外なにも出来なくなってしまう。 左手で床に縫い付けられ、右手で全身を支配されて。 何故こんなことになるのか…痛みで占められた思考は空回りするばかり。 開放されない痛みは指先を白く変色させるに十分だった。 フローリングの板にいく筋もの爪あとが残る。 相変わらず押さえつける手の力はすさまじく、痛みは慣れることなく襲ってくる。 ややあって、爪が割れそうなほど力を込めた指先に、ふいに馴染んだ布の質感が伝わる。 それが身に付けていたズボンであると悟った時には、遠くに投げ捨てられて。 ぱさり、と落ちる音が耳をかすめた。 間を置かず、押さえつけられていた感触が唐突に消える。 開放された。 そう感じ、詰めていた息を吐き出した瞬間に。 「ッあ!!」 体の中心に指をねじ込まれた。 続 |